鳴かぬなら 信長転生記
ぬふふふ……
扶桑(転生国)と三国志の間に蟠る大森林を前にして、自然に笑いがこみ上げてくる。
「キモ……」
リュドミラの侮蔑の呟きも気にならない。
なんといっても、中華文化の宝庫である三国志に、大手を振って入れるのよ。
唐三彩、景徳鎮、青磁、白磁、灰釉、黒陶……茶器に通じる焼き物だけでも目が回るほどの種類と数がある。
彫物、金細工、螺鈿、翡翠などの装飾品にも目が離せない。
そもそも、扶桑文化の種は、大陸の中華文化にこそある。茶器を中心とする我が国の文化の源流と言ってもいい。それが凝縮、昇華されたものが三国志文化。
へうげ者、古田織部の面目躍如でしょ! 野に放たれた虎よ!
活動資金も生徒会からもらったし、諜報の表題さへ付けば、どこへ行こうと、誰と会おうと自由だもんね。
おまけにリュドミラなんて、名うてのガードまで付けてもらって……もう武者震いが止まらない。
ブルブル
しかし、急いては事を仕損じる。
美を求める心は隠しようもないものだけど、少しは地に足をつけなければ、どんな失敗をするかもしれない。
信長の使いで信貴山城に行った時は、松永久秀に読まれてしまって、平蜘蛛の茶釜ごと爆死されてしまった。
久秀の命も信長の調略もどうでもよかったけど、あの平蜘蛛を爆砕されてしまったのは一生の不覚!
焦る心は押さえなくちゃね。
「ちょっと、休憩しよう」
「ああ」
ロシア女は大人しく路肩の岩に腰を下ろすと懐からクルミの実を取り出して、グリグリもてあそぶ。
「それって、指の鍛錬なんだよね?」
「ああ、銃を出すわけにはいかないからな」
「まあ、落ち着こうよ。こっちのクルミはどう?」
「ん、クルミ団子か。いただく」
「お握りでは芸がないし、お茶に合うかと思ってね」
「うん、美味しい」
「よかった」
「……さっきは、思わず言ってしまった。ごめん」
「ああ、いいよ。キモイのは自覚してるから」
「そ、そうか」
ひとしきり団子を食べる。
「ひとつお願いがあるんだけど」
「なに?」
「ガードをやってもらって、こんな注文するのは僭越なんだけど、あんまり銃はぶっ放さないでね」
「なぜ?」
「あ、いや、リュドミラって、こんど生まれかわったら3000人の願掛けしてるんでしょ? 前世じゃ309人しか殺れなかったから」
「まあな」
「ということは、腕を上げたいわけでしょ? 腕を上げるためにはバンバン撃たなきゃならないわけでしょ? あたしたちスパイだから、あんまり目立つのは、ちょっとね……」
「そうだな……でも、いまのわたしは少し違う」
「違う?」
「わたしはモスクワで生まれたんだけど、ウクライナ人だ」
「ウクライナって、ロシアでしょ?」
「ちがう、いや、そう思っていたけどちがう」
「ちがう?」
「ああ、いま、ロシアがウクライナを侵略している」
「あ、ああ……」
近ごろニュースでやっているのは知っている。
「フン、日本人の認識はその程度だ、まあ、いいけどな。今度のことで、自分はウクライナ人なんだと、しみじみ思った。生前は、ほとんど意識しなかったから大きなことは言えないがな」
「そうなんだ」
「織部は、美術以外のことはどうでもいいんだろう」
「あ、いや……」
「いいよ、責めているわけじゃない。織部みたいないい加減そうな奴の方が諜報に向いていることも承知している。わたしも軍隊生活が長かったからな」
「あはは……」
「わたしは、ほんとうに戦いを停めようと思ってるんだ。たとえ、ロシアとウクライナでなくともな……だからガードを引き受けた。いまは、そんな気持ちだ。これでいいか?」
「じゃあ、3000人達成は……」
「やるよ、侵略者は容赦しない、あの時代に戻ったら3000人を目指す。それと……」
「なによ?」
「この森でもクルミが採れそうだ」
「あ、ああ、そうだな、採っていけば、まずは物々交換の種になるか。物々交換が商いの第一歩だよね」
「あ、いや、クルミ饅頭も美味しいだろうと思ってな。織部は茶人だろ、茶人なら饅頭ぐらい作れるだろ?」
「あ、そうか、饅頭にした方が商品価値が上がるか」
「いや、取りあえず食べたいだけなんだが」
そうだ、扶桑からの商人という触れ込みなんだ。そう思いなおすと次の行動は早かった。
一時間ほど大森林でクルミ狩りをやって、とりあえず皆虎の街を目指す二人だったよ。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん