くノ一その一今のうち
声さえ出さなければソックリ!
まあやの代役とスタントの仕事は増えてきた。
それまでは、アップでまあやの演技を撮っていて、そこで倒れるとか落ちるとかの危ない演技になる時は、カメラが切り替わる。
切り替わって、カメラがロングになったり、後姿になるとかして、倒れるとか落ちるとかする、つまり代役の仕事。
ところが、ソックリになってきたので、台詞が終わった時に入れ替わって、そのままアップで倒れたり落ちたり。
昨日なんか、暴漢に火を点けられ、苦しみながら川に飛び込むなんて、忍者でなければ不可能な吹替までやった。
「いやあ、あはは、まあやの人気は天井突き破ってしまったわ!」
マネージャーさんは手放しの喜びよう。
金持ちさんに聞いたら「マネージャーのギャラ倍になったそうよ」だった。
マネージャーのギャラが上がるんなら、むろんまあや本人のギャラも上がってるわけで、当然わたしのギャラも上がるはずで、わたしのギャラが上がれば事務所の収入も増える……ことにはならなかった。
「いやあ、今のところ、そのちゃんのことは秘密だからね。いきなりギャラあげられないのよ、表向きはまあやが自分でやってることになってるから、そのちゃんの立場は付き人兼代役でしかないのよ。へたにギャラに反映させたらさ、ネットの時代でしょ? すぐに足が付いて、そのちゃんの存在に気付かれてしまうからね。いや、ネット民恐るべしなのよ! いずれは、身の立つように考えるって社長も言ってるし、ごめん、もう少し辛抱してね!」
弱小事務所の駆け出しアルバイトでは、それ以上言うことはできない。
自分のことはいい。生活費と、お祖母ちゃんに渡すだけのギャラがもらえるんだったらね。
でも、社長と金持ちさんの期待を裏切ることになるのは辛い。徳川物産に入って、会社の支出は減ったけど収入が増えるわけじゃないからね。
まあやが気を遣って手を合わせる。
「ごめんねぇ、後でそのちゃんの口座教えて」
「え?」
「わたしのギャラから、いくらかは回せるようにしとくから」
まあやの嬉しい気遣い。
「それはダメだよ。まあやの口座なんて、全部事務所が把握してる。変なお金の流れとかあったら、すぐに分かってしまう」
こういうことも金持ちさんから教わっている。お金の流れはクリアーにしておかないと政務署がうるさい。
今は、ただただ辛抱の時なんだ。仕事自身は十分楽しいしね。
「ごめん、助けると思って『うん!』て言って!」
会うなりマネージャーさん。
「え、どうしたんですか?」
「じつは、ダブルブッキングしてしまって(^皿^;)!」
「ダブルブッキング?」
「うん、吠えよ剣のリハーサルと、一日警察署長の仕事が重なってしまって……」
「え、そんなことってあるんですか?」
「コンピューター管理してるから起きるはずないんだけどね、入力ミスとシステムエラーが重なったとかでね……リハの方を代わってもらうわけにはいかないでしょ?」
そりゃそうだろ、わたしがリハに行って、まあやが本番だけってやれるわけないし、だいいち声出したらバレバレだし。
「だから、一日署長の方をね……にこやかに手を振ってりゃ済む話だからさ……」
「ウウ……事務所の方には話しといてくださいね」
「もちろん! 任しといて!」
いっしゅんでマネージャーさんは元気になって、スマホを持って廊下に出て行った。
☆彡 主な登場人物
- 風間 その 高校三年生 世襲名・そのいち
- 風間 その子 風間そのの祖母
- 百地三太夫 百地芸能事務所社長 社員=力持ち・嫁持ち・金持ち
- 鈴木 まあや アイドル女優
- 忍冬堂 百地と関係の深い古本屋 おやじとおばちゃん
- 徳川社長 徳川物産社長 等々力百人同心頭の末裔
- 服部課長代理 服部半三