鳴かぬなら 信長転生記
学校まで二キロという三叉路で迎えが来ていた。
「ご苦労でした!」
かけた眼鏡を振り落としそうな勢いで頭を下げたのは織部だ。
「うむ」
「出迎えありがとう。やけんど、学院の正門前じゃなかったが?」
乙女会長が微笑みながら声を掛ける。武蔵と市は、面識がないせいか馬を停めただけで前を向いている。
不愛想という点では引けを取らない俺だが、こういう場合は、最低でも「うむ」とか「ああ」とかぐらいはあってしかるべきだろ……と、思ったら、二人とも学園に通じる西の方の道の向こうに首を向けた。武蔵はカラコンも外して、いつもの三白眼で脇差の柄に手を掛けている。
そこに至って、俺も気づいた。
道路わきの茂みから微弱ながら殺気を感じる。
「リュドミラ、出てきなさい。あんたは身を隠いちゅーだけで殺気を発するがやき」
乙女が声を掛けると、おずおずと茂みから出てくる学園の制服。
プラチナブロンドに通学カバンを背負った姿は、まるでリコリスリコイルのキャラみたいだ。
「まあ、あんただったの! 意外なお出迎えだけど、嬉しい。ありがとね!」
市は、以前カラミティー・ジェーンから銃を借りて遊んでいたのだが、その銃が、このリコリコ女だ。
同じ転生学園、あれから仲良しになったのか? 馬から下りて、旧交を温める妹、相手はいささか持て余し気味なのもおかしい。
たしか、フルネームはリュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ。名うてのスナイパーだぞ。
「任務を帯びました、みなさんの帰還を確認したのち任地に向かいます」
市を引きはがして、リュドミラは乙女に正対する。
「任務? うちは知らんが」
乙女が首をかしげる。学園の任務なら生徒会長の乙女が承知していないはずがない。
「緊急なので、巴(巴御前)副会長の指示です」
「ああ、会長不在時の緊急マニュアルかぁ……やけんど、そこまで緊急というがはどういうことなが?」
「うちの今川会長からの要請です」
織部の眼鏡が光る。
「義元の要請だと」
「はい、織田姉妹が帰還されるので、諜報の間隙を作ってはならぬとおっしゃっておられました」
「であるか」
こちらの報告も受けずに、次の偵察隊というのは、ちょっと面白くないが。全体の指揮を執るものなら、ありうる判断だ。
「むろん、お二人のお迎えをやったうえでということなので、このようにお待ち申し上げておりました」
「是非も無し」
「では、行ってまいります」
「リュドミラ!」
「なに?」
不登校だった娘の久々の登校、それを見送る母親のように最後の一言を伝える乙女。
いささかくどい気がしないでもないが、脱藩する龍馬を見送る時も、このようであったのだろう。英雄の周囲には、このように情の厚い者がいるものだ。
俺は……市も無事だった。まあ、良しとしておこうか。
さあ、甘いものを食って風呂に入ることにしよう。
☆彡 主な登場人物
- 織田 信長 本能寺の変で討ち取られて転生(三国志ではニイ)
- 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
- 織田 市 信長の妹(三国志ではシイ)
- 平手 美姫 信長のクラス担任
- 武田 信玄 同級生
- 上杉 謙信 同級生
- 古田 織部 茶華道部の眼鏡っこ
- 宮本 武蔵 孤高の剣聖
- 二宮 忠八 市の友だち 紙飛行機の神さま
- リュドミラ 旧ソ連の女狙撃手 リュドミラ・ミハイロヴナ・パヴリィチェンコ
- 今川 義元 学院生徒会長
- 坂本 乙女 学園生徒会長
- 曹茶姫 魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長) 曹操・曹素の妹
- 諸葛茶孔明 漢の軍師兼丞相
- 大橋紅茶妃 呉の孫策妃 コウちゃん