真凡プレジデント・21
ゴンはひどいんだ!
小さな声だが、吐き捨てるように言った。
見かけは大人しそうな小学生が「あ、ぺス!」と叫ぶと、上目遣いでわたしに訴える。
柳沢に押し付けられた子犬を抱いて、三丁目の畑中さんちに来ている。
ドアホンに用件を伝えると、おずおずと出て来たのがこの小学生。畑中さんちの子なんだろうけど、子供らしからぬ憎しみが籠っている。
「ペスっていうんだね、この子。えと、うちの学校の生徒についてきちゃってね……」
付いてきたとはいえ、よそ様の飼い犬だ、事情は話さなきゃいけないと切り出した。
「事情は分かってるよ、あのニイチャン、ゴンを投げ落として、事故を防いだんだよね」
基本分かっているようなので、話は早いと思った。さっさと子犬を渡して帰ろう。
「ちょ、来てよ、こっちこっち……」
男の子は隣の家を警戒しながら、隣の家からは陰になる庭に、わたしたちを誘った。
「大きな声じゃ言えないんだけどね、ゴンはペスをイジメるんだ。ほら、あちこちに傷跡があるでしょ、みんなゴンにやられたんだ」
「え、そうなの!?」
四人とも驚いたんだけど、男の子はみずきとなつきの顔を交互に見ている。
「ペスも分かってるんだ、あのニイチャンがゴンをやっつけてくれたこと。だから、うちの前を通りかかった時、嬉しくって道路に飛び出していったんだ」
「え、ほんと!?」
なつきは、こういう話には弱い。そういう同調的なリアクションのせいか、男の子は、ますますなつきとみずきにすり寄って、肝心のペスを抱いたわたしをシカトする。
「ゴンが入院してる間に、ペスを知り合いに預けようって出たところだったから」
「そっか、じゃあ、これから、その知り合いに預けに行くんだ」
はっきり声を掛けたのに、ガキは聞こえないフリをする。
いいんだけどね、他の女子と一緒にいると九分九厘、わたしは注目されない。いいんだよ、それは、慣れっこだから。でもね、わたしはプレジデントで、当のペスを抱っこしてるんだよ!
あ、居たあ!
道路の方で声がした。振り返ると生け垣の向こうに綾乃と柳沢。
「あ、ニイチャ……と……美、美少女だあ( ゚#Д#゚)!」
ガキは完全に柳沢に10%、綾乃に90%の関心を奪われ、瞳孔と口を開きっぱなしにしやがった!
それからは、なつきもみずきもシカトされ、柳沢と綾乃を相手に話が進む。
「そうか、偶然とは言え、俺はペスの敵を討ったというわけか……」
腕組みしながら感心する柳沢は綾乃と共に、その場の主役になってしまう。なつきとみずきも脇役で、わたしは舞台の書き割り以下に成り下がる。
その後帰って来たガキの母親が加わり「そんなに懐いているんだったらぜひ預かってもらえないでしょうか?」という話に発展、犬嫌いの柳沢は目の前に壁を塗るようにして拒絶したが、綾乃の親切だか意地悪だか分からないトークによって引き受けざるを得なくなった。
「柳沢君、気持ちの表現がメチャクチャ苦手なんですけど、ペスの事はすっごく嬉しいはずです、責任もってお預かりします(*^▽^*)」
ドラマの締めくくりみたく笑顔でお辞儀する綾乃。エキストラのわたしたちは、ただただ調子を合わせるのみ。
ああ、こういう時に前に出なきゃプレジデントの意義はない。
ま、なったばかりのプレジデント。
次回、いずれの機会には挽回しよう!
とりあえず、このニュース、お姉ちゃんには『伝えない自由』を行使することにする。
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡 ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 柳沢 琢磨 対立候補だった ちょっとサイコパス
- 北白川 綾乃 モテカワ美少女の同級生 書記
- 橘 なつき 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き 会計
- 橘 健二 なつきの弟
- 福島 みずき 生徒会副会長
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問