オフステージ(こちら空堀高校演劇部)55
『夏の部活は図書室で(*^-^*)』
部活を図書室でやるようになった。
文芸部でもないのに、なんで図書室かというと、二つ理由がある。
一つは、部室に使っているタコ部屋にエアコンが無いから。
以前使っていた部室棟は戦前からの木造建築で、大阪の酷暑にも耐えられる……とまではいかないけど、暑気払いの工夫があちこちにしてあったらしい。さすがは、ひいひい祖父ちゃんであるマシュー・オーエンの設計ではある。
「ぜんぜんちゃうでーー」
唯一、部室棟での夏を知っている啓介が言う。なんせ、演劇部は、この春までは啓介一人っきりの演劇部だったんだもんね。
それで、放課後も冷房が効いている部屋で、なおかつ生徒が自由に使える場所ということで図書室が選ばれた。
二つ目は、演劇部が静かな部活だから。
うちの演劇部は、演劇部とは看板だけで、放課後をマッタリとかグータラ過ごしたいというのがコンセプト。人には言えないけどね。
だから、図書室に居ても他人様に迷惑をかけるようなことはない。
須磨先輩は、六回目の三年生の貫録、ひたすらエアコンの冷気を浴びて寝ている。
器用なことに目を開けて寝ている。
「すごいね、須磨先輩」
千歳に言うと、クスっと笑う。
「傍によって見てみるといいです」
お言葉に従って、隣の席に移動して様子を見る。
「あ…………」
声を押えて驚いた。
なんと、目蓋の上に目のシールが貼ってある。
多分、自分の目を写真に撮ってプリントアウトしたやつ。ちょっと離れると見分けがつかない。
でも、こんなことをやるんなら、サッサと家に帰って寝ればいいと思うんだけど、こうまでしても人の中に居たいという気持ちは天晴だと思う。
「いつもという訳じゃないんですよ」
千歳の解説が続く。
「司書室にいるでしょ」
手鏡を出して司書室を映して見せる。直接見ては差し障りがあるみたい……
「あ、八重桜……!」
国語の先生で、たしか図書部長をやってるオバサン先生。
敷島という苗字があるのに『八重桜』と呼ばれているのには理由がある。
明石家さんまみたいな反っ歯で、鼻よりも歯の方が前に出ているので『八重桜』。
分かるわよね、八重桜っていうのは花が咲く前に葉が先に芽吹く……鼻より前に歯が出る……それで、いつのころからか『八重桜』というニックネームが付いている。八重桜先生は、図書室で喋ったり居ねむったりということにやかましい先生であるようなのね。
「あ、え?」
気づくと机に伏せて本格的に寝ている。
そっと司書室を見ると八重桜の姿が無い。須磨先輩は居ねむりながらもレーダー波を発しているのか、人知れずGPSを仕掛けたのか、八重桜の出入りを把握しているらしい。
須磨先輩は、三年生を六回もやっているというツワモノ。なにか八重桜に含むところがあるんだろうなあ。
千歳は機嫌よく本を読んだり、器用に車いすを操作してパソコンに向かったりして知的好奇心を満たしている。
「千歳って、学校辞めるためのアリバイ入部だったんだよね?」
「エヘヘ、だったんですけどね」
イタズラっぽく笑う。
「このマッタリ感が捨てがたくって……」
呟きながらラノベを読んでいる。
タイトルを覗くと『エロまんが先生』とある。机の上には『冴えない彼女の育て方』『中古でも恋がしたい』なんかも積んである。
この三つのラノベの共通項は『エロゲ』だったよね?
エロゲと言えば啓介。
さすがにノーパソ持ち込んでエロゲをやるわけにはいかないので、一人部室に残ってやっている。
区切りがいいところまでやっては図書室にやってきて涼んでいる。
こいつも家で心置きなくやればいいと思うんだけど、この環境でやることが、やっぱり醍醐味のようなんだ。
「いやいや、もう一つ醍醐味があるねんで」
こっそり理由を聞くとニンマリして言う。
「暑さにバテかけのときにコンビニの冷やし中華を食べる、この美味さは、この環境でないと味わわれへん!」
そうなんだ、こいつは冷やし中華フェチだった。
「でもね、わたしの髪の毛見ながらヨダレ垂らすのは止めてくんない?」
こいつは、わたしのブロンドの髪を見て食欲がわくという変態さんでもある。
髪をブラウンとかに染めたら焼きそばフェチに転向するかなあとか思ってしまう。
わたしは……というと、部室棟が解体修理されるのを観察している。
入部したのも、ひいひいお祖父さんが設計した部室棟が生まれ変わるのを、一番のロケーションで見ていたいから。
図書室からだと、部室ほどにはよく見えないんだけど、冷房の恩恵を考えるとやむなし。
その解体作業が、この一週間停まったままなんだけど……。