オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
40『引き取りにきてちょうだい』
注目されたのは、音楽部のスタンウェイのピアノと演劇部のミイラだった。
ピアノは、きちんと手入れすれば一千万円くらいの価値がありそうで、学校には何件もの問い合わせが来ている。
「一割くらいもらわれへんねやろか」
解体の手始めに窓やドアを外され骸骨のようになった部室棟を眺めながらミリーが呟いた。
「一割て……百万円か!?」
SNSに書かれている予想売価から計算して啓介が目を丸くする。
「世の中そんなに甘くないわよ、一千万もする学校備品の売却って法律的にすっごく難しいのよ」
「せめて修理とかはできないんですかね」
千歳は、自分で発見したこともあって、思い入れが強い。
「ピアノって、調律するだけでも十万くらいするからね。あれだけ古いグランドピアノだったら、その一ケタ上だろうね」
「望み薄ですかー」
「じゃ、あのピアノはどうなっちゃうんでしょう」
「とりあえず保管されて、二三年もしたら忘れられて、また校舎の建て替えかなんかで発見されて、SNSとかで評判になって、そんでもって、とりあえず保管されて、二三年もしたら忘れられて……」
「ループしてますよ」
「それに、なんか厭世的ですねえ、先輩」
「梅雨やからでしょ、日本にきて五年目やけど、梅雨のジトジトと夏の暑さはかないません」
「ミリーはそうだろうね、あたしは……」
「あたしは……なんですかあ?」
「ううん、なんでもない」
六回も三年生やってりゃね……と愚痴が出そうになり、アンニュイな笑顔で須磨はごまかした。
六月の最終週になって連日の雨。それまでが空梅雨気味だったので、湿っぽく繰り言みたいな会話になってしまう演劇部である。
「シケた演劇部ねえ」
四人が振り返ると、開け放したドアのところに瀬戸内美晴が腕組みして立っている。
「生徒会副会長……」
ミリー以外の三人が凹んだ眉になる。美晴が演劇部にやってくるときはロクな話がなかったからだ。ミリーは日が浅いので、美晴のオーラには反応しない。
「あんたらパブロフの犬か? せっかく廃部を免れたんでしょ、ちっとは演劇部らしいことしようと思わないの?」
「あーー同化の訓練中」
「同化あ?」
「梅雨時の空気に同化して、アンニュイを自分の中で作ってみる基礎練習、そ、同化の基礎練習」
「同化あ? どうかしてるわよあんたたち」
「えーーー」
「「「アハハハ」」」
「で、今日は、どんなご用件で?」
「警察からブツが返ってきたから引き取りにきてちょうだい」
「「「「ブツ?」」」」
「美少女ミイラよ」
「「「「え!?」」」」
あれが返されてくるとは思いもしなかった演劇部だった。
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