大橋むつおのブログ

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大人ライトノベル・志忠屋繁盛記・8『気の利いた日本語講座』

2013-08-08 13:04:27 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・8
『気の利いた日本語講座』
      


 志忠屋のマスター・タキさんは日常会話において河内弁以外口にしないことを信条としている。

 その割には、交友関係が広く、亡くなった勝新太郎や中村勘三郎さんなどとも、たまたま飲み屋でいっしょになっただけで、友だちのように喋ってしまい、店の二三件は軽く梯子し、嘘か誠か、勘三郎さんからは「大阪のニイサン」とまで言われた。
 国際的にも付き合いの幅は広く、アメリカ人、フランス人をはじめ国籍不明までを含めると十数カ国の友人が居る。
 東日本大震災のおりには、東京方面から大挙して外国人の皆さんが非難してきて、ひところの志忠屋は、そういうタキさん曰く「不良外国人」のたまり場のようになった。
 外国人の方々の名誉のために申し上げておくが、彼らはけして不良ではない。正しくは、タキさんから不良のような言動を、しゃれた言葉や身のこなしと教えられ、あちこちで不良と間違われた方々である。

 大阪への疎開生活にも飽きてきたころ、ミシュランの重役をやっているジョルジュ氏が、禁断の質問をした。

「タキさん、なにか気の利いた日本語教えてくれないかい?」
 目の奥底を光らせながら、タキさんは聞いた。
「どんなシチエーションで、使う言葉やねん?」
「職場の若いスタッフが、なにか失敗したときに、カマスような……それから、パーティーなんかで、食べ物ちょっと落としただけで捨ててしまう、もったいないときとか」

 タキさんは、ニンマリ笑って二つの言葉を教えた……。

 ある日、ジョルジュ氏の会社の女の子が遅刻してきた。彼女は山手線で通っているが、この山手線のラッシュ時の混みようは、他の日本人でも理解しがたい。ドアのあたりに立っていても、開くのが反対側のドアであれば降りられないことがある。
 彼女は、会社の最寄り駅の三つ前の駅で、反対方向へ押し込まれ、最寄りの駅で降りることができず、三十分遅刻してしまった。
 彼女は、上司であるジョルジュ氏の机の前に立ち、わびと共に頭を下げた。
 ジョルジュ氏は、ここだと思った!

「※※!」

 周囲は、一瞬固まり、女の子はグッと口を一文字に結び、深々と頭を下げ、足早に自分のデスクに付いた。
 ジョルジュ氏は、クールに決まったと思うと同時に、何とも言えない違和感をスタッフが発しているのを感じた。

 なんと、明くる日彼女は辞表を出した。

 驚いたジョルジュ氏は、知りうる限りの日本語と、彼女との共通言語である英語を駆使して慰留に努めた。
 で、やっと辞表を撤回させたジョルジュ氏は、滝川に電話した。
「大変だったよ。あれ、ほんとは、なんて意味!?」
「普通やで、わしら、仲間が失敗しよったら『ボケ!』の一言で収まる」

 ジョルジュ氏は、会社で自分より日本語に堪能なドイツ人のシュルツに聞いた。
「それは、大阪の、ごく一部じゃ信愛のこもった言葉だけど、他のところじゃ、英語の『※※!』にあたる」
 そう言われて、ジョルジュ氏は卒倒しかけた。

 しかし、ジョルジュ氏は、タキさんに悪意がないことが分かったので(ジョルジュ氏は、かなりの親日家で、タキさんの毒には不慣れであった)次の言葉をパーティーで使ってみた。

 日本の自動車メーカーのエライサンたちが大勢くる気の抜けないパーティーで、なんとかソフトに、かつクールに決めてみようと思った。

 で、チャンスが巡ってきた。

 日本のエライサンがローストビーフを取りこぼし、床に落としてしまった。ジョルジュ氏は、あっさりと落ちたローストビーフをつまみ上げ口に放り込んだ。
 またしても、周囲は一瞬固まった。で、ジョルジュ氏はかました。

「な~に、死にゃあせん」

 日本人のエライサンは、そのジョルジュ氏のセンスとユーモアの感覚に思わず声を出して笑った。
「そうだ、死にゃせん! ビジネスにも、この感覚は大事ですなあ!」
 そこへ、件のドイツ人のシュルツがやってきてたしなめた。
「そんな、下品な日本語使うんじゃないよ!」
 ジョルジュ氏は、シュルツが理解できないフランス語で早口で、かつ笑顔で、こう言った。
「ケツの穴からホウキ突っこんで突っ立ってるドイツ野郎め♪」
 フランス語の分かるスタッフが真っ青になった。

 それから、数年後、ジョルジュ氏の次男が、周囲の反対を押し切って自衛隊に入ろうとした。

 日本では、お気楽な自衛隊であるが、国際感覚では立派な軍隊で、フランスの親類はもとより、日本人のお母さん、滝川のオッサンまでが、動員されて説得にまわった。

 ジョルジュ氏の次男は、ニッコリ笑ってこう言った。

「なあに、死にゃせんよ♪」


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