宇宙戦艦三笠
「……遼寧が撃沈されたの」
クレアから聞いてもあまり驚かなかった。まだ20年の仮死から覚めきっていないのかもしれない。
遼寧……ウレシコワにとってはヴァリヤーグの撃沈は、その拠り所の喪失を意味する。つまり、ヴァリヤーグの船霊(ふなだま)としては存在できないことになるんだ。
日本の船は実在する神社の御神体を分祀する。だから、船が無くなっても、それぞれの神社に帰れば済む話だが、ウレシコワは、ヴァリヤーグが出来上がるにしたがって現れた船霊なので、船が無くなると居場所が無い。
一瞬三笠の艦首にメーテル姿のウレシコワが見えたような気がしたが。それは遼寧に成り果てたヴァリヤーグに居場所が無くなって三笠にやってきたときの彼女の残像。三笠に来てからは、ニコニコとサモワールを沸かして機嫌よくお茶を淹れてはみんなに振舞っていたけど、いろいろ無理をしていたんだ。自分の船を離れた船霊が楽しいわけがない。
どうも、二十年の眠りから覚めて、スッキリするよりはセンチメンタルになっているのかもしれない。早く切り替えなきゃな。
遼寧は、無謀にも虚無宇宙域ダルの外縁に展開していたグリンヘルドの大艦隊に飛び込んでいった。三分も持たなかったそうだ。
戦艦大和の水上特攻のように思えて胸がふさがったが、ミカさんの話は違った。
「遼寧には、党の指導が入っていたみたい。党は三笠もアメリカの艦隊も足踏みしたのをチャンスだと判断したのね。ここで出し抜いて、グリンヘルドに突撃させ、一番槍の栄誉を獲ろうとね……乗っていた子たちは大半がカプセルで脱出。あらかたはグリンヘルドの捕虜になったみたい」
「あまり嬉しそうじゃないね、ミカさん。ウレシコワは残念だけど、人の命が助かったのなら、ミカさんの気性なら喜びそうなものなのに」
「そんなことないわ。少しでも生存者の可能性があることは喜ばしいことだわ」
日本の神さまは正直だ。ミカさんの顔には当惑とも悲しみともつかない色が滲んでいた。俺には、それがウレシコワの消失によるものなのか、それとも、俺には言いにくい別のことによるものなのか区別がつかなかった。
あくる日には、樟葉と天音が覚醒した。
トシのことは伏せて、ウレシコワのことだけを伝えた。二人ともウレシコワのことを悲しんだが吹っ切るのは早かった。
「クレア、前よりきれいになったんじゃない?」
天音も樟葉も、クレアの新しい生体組織に興味を持った。女の子は、居なくなった者よりも、生きて変化を遂げている者に興味のある薄情な生き物かと思った。
が、違った。二人とも、すぐに三笠の状態をチェックし、発進の準備と周囲の警戒に没頭した。過ぎ去ったことよりも、これからのことに意識を集中しなければならないという決意の現われだったんだ。
「航海長、機関は万全です。エネルギーも充分で、ダルを脱出しても15%の余裕があります」
「了解。いよいよね!」
樟葉は気づいていなかった。トシが今まで名前で呼んでいたのを航海長と呼んだことを。クレアの変化には気付いたのに……一瞬思ったが、これから先のことに軸足を置いているのなら、役職で呼称することが自然なんだろう。
俺は、あらかじめ知っていたせいか、トシのクローンには違和感があった。
「ワープ到達域に障害物なし。一気にダルを抜けるわよ!」
「機関長、前進強速。一気にワープ!」
「ワープカウント、30秒前!」
「対ショック、閃光防御!」
そう命じながらも、オリジナルトシとウレシコワの喪失感がせきあげてくる。ゴーグルを直すふりして涙を拭いた。
ゴーグルの装着ぐらい一発で決めろ的に天音、いや砲術長の視線が飛んできた。
その砲術長の後ろではネコメイドたちのVサイン。ドンマイの意味なんだろうけど、ゴーグルの下の口が強調されてチェシャ猫めいて見える。
そして。
ワ――プ!
三笠は20年の眠りから覚めて、グリンヘルドもシュトルハーヘンも予測だにしなかったダルからの脱出を果たそうとしていた。
☆ 主な登場人物
修一(東郷修一) 横須賀国際高校二年 艦長
樟葉(秋野樟葉) 横須賀国際高校二年 航海長
天音(山本天音) 横須賀国際高校二年 砲術長
トシ(秋山昭利) 横須賀国際高校一年 機関長
レイマ姫 暗黒星団の王女 主計長
ミカさん(神さま) 戦艦三笠の船霊
メイドさんたち シロメ クロメ チャメ ミケメ
テキサスジェーン 戦艦テキサスの船霊
クレア ボイジャーが擬人化したもの
ウレシコワ 遼寧=ワリヤーグの船霊
こうちゃん ろんりねすの星霊