明神男坂のぼりたい
朝から雪……積もったらいいのになあ。
保育所のころ雪が降って園庭にいっぱい積もったことがある。
保育所のみんなで遊んだ。
雪合戦したり、雪だるまこさえたり。
関根先輩も、ただのマナブくんだった。美保先輩はミポリンだった。
今だから言えるけど、マナブくんだった関根先輩と、その雪でファーストキスしてしまったんだよ(#^_^#)!
雪合戦してたら、こけてしまって、マナブくんに覆い被さるように倒れた。
するとモロに唇が重なってしまって、あどけなかったマナブくんは真顔で、こう言った。
「赤ちゃんできたらどうしよう!?」
「え、赤ちゃんできるの!?」
「キスしたら、できるて、レッドカーペットで言ってた」
マナブくんの赤ちゃんなら生んでもいいと思った。
いや、シメタと喜んだ。
「そうなったら、ぼく責任とって、アスカのことお嫁さんにするからな!」
もう天にも昇る気持ちだった。
だけど、夢は一晩で消えてしまった。
明くる日マナブくんは、こう言った。
「キスだけだったら、赤ちゃんできないんだって。なにか、他にもしなくちゃならないらしいけど、大きくならないと神さまが教えてくれないんだって」
「それって、いつ教えてもらえんの?」
「さあ、いつかだって……」
そこまで言うと、マナブくんはトシくんによばれて、園庭に走りにいった。
昨日の雪は溶けてしまって、雪だるまも頼りなく溶けていた。
あれからだ、マナブくん……関根先輩のことずっと好き。
あたしは一途な女。
今は、もう赤ちゃんの作り方は、しっかり知ってる。
関根先輩、美保先輩と……ダメだあああ、妄想してしまう!
気を取り直して本を読む。で、雪が積もるようだったら、雪だるまこさえよ♪
「まどか 乃木坂学院高校演劇部物語」の最初のページを開く。
ドンガラガッシャン、ガッシャーン……!!
タソガレ色の枯れ葉を盛大に巻き上げ大道具は転げ落ちた。一瞬みんながフリ-ズした。
「あっ!」
講堂「乃木坂ホール」の外。中庭側十三段の外階段を転げ落ちた大道具の下から、三色のミサンガを付けた形のいい手がはみ出ていた。
「潤香先輩!」
わたしは思わず駆け寄って、大道具を持ち上げようとした。頑丈に作った大道具はビクともしない。
「何やってんの、みんな手伝って!」
フリ-ズの解けたみんなが寄って、大道具をどけはじめた……。
ドラマチックな描写から物語は始まる!
主人公まどかの乃木坂学院高校演劇部は27人も居る大規模常勝演劇部。それが、コンクールで破れたことやら、クラブの倉庫が火事になったりで部員がゴッソリ減り、顧問の貴崎マリ先生も責任を問われて学校を去っていく。クラブは存亡の危機にたたされ、ほとんど廃部になりかける。
あくまで、演劇部を続けたいまどかと夏鈴と里沙は、廃部組とジャンケン勝負で勝って、たった三人で演劇部を再興して、春の演劇祭で、見事に芝居をやりとげる。そして、大久保クンいう彼氏もゲット!
文章のテンポがいいし、どんでん返しやら、筋の運び方が面白いので、昼過ぎには読み終えてしまった。
演劇部を辞めたばっかしのあたしには、ちょっと胸が痛い。だけど、まどかには、頼りないけど夏鈴と里沙いう仲間が居る。
あたしは残ってもまるっきりの一人。やっぱし、あたしの決断は正しいと思う。まだ二年ある高校生活無駄にはしたくない……。
読み終えて、ベランダから外を見ると、雪はすっかり止んでピカピカの天気……にはなってなかったけど、ドンヨリの曇り空。
雪だるまはオアズケ。
「お母さん、お昼なんかあったかなあ……」
そう言いながら階段を降りたら、お父さんが一人で生協のラーメン食べてる。
「お母さんは?」
「なんか、石神井のお婆ちゃんが骨折して入院だって出かけていったぞ……明日香にも声かけてただろ」
思い出した。
乃木坂の演劇部が潰れそうになったあたりで、なにかお母さんの声がした。
あたし、適当に返事してたような……。
乃木坂のまどかが、すごい偉い子に思えてきた……。
※ 主な登場人物
- 鈴木 明日香 明神男坂下に住む高校一年生
- 東風 爽子 明日香の学校の先生 国語 演劇部顧問
- 香里奈 部活の仲間
- お父さん
- お母さん
- 関根先輩 中学の先輩
- 美保先輩 田辺美保
- 馬場先輩 イケメンの美術部
- 佐渡くん 不登校ぎみの同級生