[ 歴史好きの平凡な女性 張暁は、ある日突然タイムスリップしてしまう。そこは康熙帝が支配する18世紀の中国、『宮廷女官―若曦』として新しい人生を始めた彼女と、王位を争う美しき9人の王子、彼らの運命を知る彼女の心は大きく揺れる。歴史は変わるのか?現代に帰れるのか?]
TVドラマは、第35話に至る毎回、この前口上で始まります。
張暁(チョウショウ)は恋人が他の女性と仲良くしたことを知り、両者は激しい口ケンカとなる。口論は、工事用高圧電線が敷かれた路上に及び、ペットボトルからこぼれた水で濡れたためであろう、電線を踏んで感電・電気ショックを受けるとともに、車にはねられて気を失う。
気がついて見ると、病院の看護師にしては異様な衣装を着た人影がぼんやりと目に入る。起きて周りを見渡すと豪壮な宮廷の一室、腑に落ちない。‘ドッキリか?ドッキリカメラ’はどこに隠してあるの?と、部屋中を走り騒ぎたてる。
頭には包帯が巻かれていて、額部に赤い血痕が滲んでいる。意識は正常に働きながら、身体は、康熙帝(コウキテイ; 在位1661-1722)の清の世界にタイムスリップしていたのである。その部屋は、八賢王第八皇子の側室、馬爾泰(バジタイ)若蘭(ジャクラン)の住まいの一室でした。
巧慧(コウケイ)と呼ばれる若蘭の侍女が「お嬢さん」と呼んで親しげに話しかけ、また若蘭が傍に来て「若曦(ジャクギ; ruòxī、ルオシー)!私はあなたの姉よ」と話しかける。しかし張暁は、どうも事情が呑み込めず、話が噛み合わない。
巧慧と若蘭の話から、張暁は、“今は清の康熙帝の世で、自分は‘若曦’という名の若蘭の妹、半年後に予定されている‘妃選び’に加わるよう3か月前に宮廷に入った”ことを知らされる。
「事故に遭い、まる一日寝込んで、すっかり記憶が失われたようネ」と、若蘭は顔を曇らせる。ここでいう事故とは、‘階段から転げ落ちた’のであると説明される。以後、巧慧は、若曦の侍女であるかのように身の周りの面倒を見るとともに、良き話し相手となる。
若蘭の住まいでの食事で第八皇子、第九皇子、第十皇子と知り合う機会を得る。華やかな宮廷内の内情やしきたりを学び、経験をつんでいく。一方、胸の内では‘如何にして現代に帰るか’を絶えず模索する葛藤の日々を過ごします。
“今一度階段を転げ落ちるなら、記憶がよみがえるのでは”と思い、転げ落ちたという階段の所に来る。階段を上がり、最上段から見下ろし、徐々に歩を進めて、今にも飛び出そう としたその時、巧慧が目の前に立ちはだかる。
ある時、賑やかな大通りに出かけた。偶然、先の工事現場で見た工人と瓜二つの顔で、陣笠を被った男を見かける。人ごみの中を追っていき、取り押さえたところに2頭の馬が駆けてきた。危機一髪、馬は跳ねて頭上を飛び越していった。第四皇子と第十三皇子であると、巧慧から教わる。
“馬にはねられ、衝撃を受ければ、現代に帰れるのでは”と再び大通りに出て、馬の来るのを待つ。やがてパカパカパカと馬の蹄の音が聞こえてきた。馬が来るや、目を閉じ両手を広げて仁王立ち。馬は手綱さばきよく止まり、馬の鼻が目の前で止まっていた。やはり第四皇子と第十三皇子であった。
若曦は、本気で死ぬ気でやっているわけではなく、ショックを受けることにより、現代に帰ることができるのではないか との想いから身を挺している風であった。
日差しが明るく、温もりを感ずるような平穏なある日。若曦は、ベランダで書物『宋詩』を片手に、「梧葉(ゴヨウ)蕭蕭(ショウショウ)として寒さを伝え、江上の秋風慕情を運ぶ…」と漢詩を吟じます。やがて飽きて、書は投げ出して、石の上のアリに見入っている。
この漢詩は、南宋 (1127-1279) の詩人、葉紹翁作の「夜所見を書す」と題する詩です。漢詩については、末尾に読み下しと現代訳を挙げました。葉紹翁は、江南・銭塘の西湖のほとりに長い間隠棲していたようですが、生没年は不詳のようです。
この詩の情景を想像するに、草むらに覆われた庭の向こうに柴垣がある。旅先の旅籠か? 煌びやかな宮廷の情景とは程遠いように思える。しかし若曦の胸の内にある心象風景がピッタリと表現されているのではないでしょうか。
葉紹翁は、秋を報せるアオギリの葉音に故郷への想いしきりである。故郷を遠く離れて久しいのでしょう。夕暮れどきコオロギと遊ぶ子供、夜更けて仄明るく垣根を照らす一燈の提灯を見る。
すなわち、旅先で故郷を慕う作者・葉紹翁の心情は、タイムスリップして300年以上前の時に身を置いていて、2011年の現代に帰りたいと強く切望する若曦の心情と重なって見えます。
以後、若曦は、美しき皇子たちとの交友や恋、また皇子たちの王位争いとの関わりなど、清時代の“現実”の中で、楽しみ、喜び、悲しみ、苦しみ……、あらゆる“人生経験”を積んでいきます。
ドラマの導入部で現れたこの詩は、以後全編にわたって、“2011年に帰りたい”という強い想いを持った“張暁”が、“現実”清時代に身を置く“若曦”に影絵として寄添っていくであろうことを暗に示しているように思われます。(以上、ドラマ第1話および第2話)
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夜書所見 夜 所見を書す 葉紹翁
蕭蕭梧葉送寒声, 蕭蕭(ショウショウ)として梧葉(ゴヨウ) 寒声(カンセイ)を送る,
江上秋風動客情。 江上の秋風 客情(カクジョウ)を動かす。
知有児童挑促織, 知る有り 児童 促織(ソクシキ)に挑(イド)む,
夜深籬落一灯明。 夜深かくして籬落(リラク)に一灯明。
<語釈> 蕭蕭:もの寂しく感じられるさま; 梧葉:アヲギリの葉; 客情:旅行中故郷を想う情; 促織:コオロギ、秋に鳴く声が、冬着の機織りを促すように聞こえるところから; 挑:捉える; 籬落:竹または柴などで編んだ垣
<現代訳>
蕭蕭としてアオギリの葉音が秋の到来を報せる、
江上を渡ってきた秋風に故郷が思い出されてならない。
(夕暮れて)子供はコオロギを捉えて遊んでいるようだ、
夜更けて、一燈の提灯が籬に影をおとしている。
TVドラマは、第35話に至る毎回、この前口上で始まります。
張暁(チョウショウ)は恋人が他の女性と仲良くしたことを知り、両者は激しい口ケンカとなる。口論は、工事用高圧電線が敷かれた路上に及び、ペットボトルからこぼれた水で濡れたためであろう、電線を踏んで感電・電気ショックを受けるとともに、車にはねられて気を失う。
気がついて見ると、病院の看護師にしては異様な衣装を着た人影がぼんやりと目に入る。起きて周りを見渡すと豪壮な宮廷の一室、腑に落ちない。‘ドッキリか?ドッキリカメラ’はどこに隠してあるの?と、部屋中を走り騒ぎたてる。
頭には包帯が巻かれていて、額部に赤い血痕が滲んでいる。意識は正常に働きながら、身体は、康熙帝(コウキテイ; 在位1661-1722)の清の世界にタイムスリップしていたのである。その部屋は、八賢王第八皇子の側室、馬爾泰(バジタイ)若蘭(ジャクラン)の住まいの一室でした。
巧慧(コウケイ)と呼ばれる若蘭の侍女が「お嬢さん」と呼んで親しげに話しかけ、また若蘭が傍に来て「若曦(ジャクギ; ruòxī、ルオシー)!私はあなたの姉よ」と話しかける。しかし張暁は、どうも事情が呑み込めず、話が噛み合わない。
巧慧と若蘭の話から、張暁は、“今は清の康熙帝の世で、自分は‘若曦’という名の若蘭の妹、半年後に予定されている‘妃選び’に加わるよう3か月前に宮廷に入った”ことを知らされる。
「事故に遭い、まる一日寝込んで、すっかり記憶が失われたようネ」と、若蘭は顔を曇らせる。ここでいう事故とは、‘階段から転げ落ちた’のであると説明される。以後、巧慧は、若曦の侍女であるかのように身の周りの面倒を見るとともに、良き話し相手となる。
若蘭の住まいでの食事で第八皇子、第九皇子、第十皇子と知り合う機会を得る。華やかな宮廷内の内情やしきたりを学び、経験をつんでいく。一方、胸の内では‘如何にして現代に帰るか’を絶えず模索する葛藤の日々を過ごします。
“今一度階段を転げ落ちるなら、記憶がよみがえるのでは”と思い、転げ落ちたという階段の所に来る。階段を上がり、最上段から見下ろし、徐々に歩を進めて、今にも飛び出そう としたその時、巧慧が目の前に立ちはだかる。
ある時、賑やかな大通りに出かけた。偶然、先の工事現場で見た工人と瓜二つの顔で、陣笠を被った男を見かける。人ごみの中を追っていき、取り押さえたところに2頭の馬が駆けてきた。危機一髪、馬は跳ねて頭上を飛び越していった。第四皇子と第十三皇子であると、巧慧から教わる。
“馬にはねられ、衝撃を受ければ、現代に帰れるのでは”と再び大通りに出て、馬の来るのを待つ。やがてパカパカパカと馬の蹄の音が聞こえてきた。馬が来るや、目を閉じ両手を広げて仁王立ち。馬は手綱さばきよく止まり、馬の鼻が目の前で止まっていた。やはり第四皇子と第十三皇子であった。
若曦は、本気で死ぬ気でやっているわけではなく、ショックを受けることにより、現代に帰ることができるのではないか との想いから身を挺している風であった。
日差しが明るく、温もりを感ずるような平穏なある日。若曦は、ベランダで書物『宋詩』を片手に、「梧葉(ゴヨウ)蕭蕭(ショウショウ)として寒さを伝え、江上の秋風慕情を運ぶ…」と漢詩を吟じます。やがて飽きて、書は投げ出して、石の上のアリに見入っている。
この漢詩は、南宋 (1127-1279) の詩人、葉紹翁作の「夜所見を書す」と題する詩です。漢詩については、末尾に読み下しと現代訳を挙げました。葉紹翁は、江南・銭塘の西湖のほとりに長い間隠棲していたようですが、生没年は不詳のようです。
この詩の情景を想像するに、草むらに覆われた庭の向こうに柴垣がある。旅先の旅籠か? 煌びやかな宮廷の情景とは程遠いように思える。しかし若曦の胸の内にある心象風景がピッタリと表現されているのではないでしょうか。
葉紹翁は、秋を報せるアオギリの葉音に故郷への想いしきりである。故郷を遠く離れて久しいのでしょう。夕暮れどきコオロギと遊ぶ子供、夜更けて仄明るく垣根を照らす一燈の提灯を見る。
すなわち、旅先で故郷を慕う作者・葉紹翁の心情は、タイムスリップして300年以上前の時に身を置いていて、2011年の現代に帰りたいと強く切望する若曦の心情と重なって見えます。
以後、若曦は、美しき皇子たちとの交友や恋、また皇子たちの王位争いとの関わりなど、清時代の“現実”の中で、楽しみ、喜び、悲しみ、苦しみ……、あらゆる“人生経験”を積んでいきます。
ドラマの導入部で現れたこの詩は、以後全編にわたって、“2011年に帰りたい”という強い想いを持った“張暁”が、“現実”清時代に身を置く“若曦”に影絵として寄添っていくであろうことを暗に示しているように思われます。(以上、ドラマ第1話および第2話)
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夜書所見 夜 所見を書す 葉紹翁
蕭蕭梧葉送寒声, 蕭蕭(ショウショウ)として梧葉(ゴヨウ) 寒声(カンセイ)を送る,
江上秋風動客情。 江上の秋風 客情(カクジョウ)を動かす。
知有児童挑促織, 知る有り 児童 促織(ソクシキ)に挑(イド)む,
夜深籬落一灯明。 夜深かくして籬落(リラク)に一灯明。
<語釈> 蕭蕭:もの寂しく感じられるさま; 梧葉:アヲギリの葉; 客情:旅行中故郷を想う情; 促織:コオロギ、秋に鳴く声が、冬着の機織りを促すように聞こえるところから; 挑:捉える; 籬落:竹または柴などで編んだ垣
<現代訳>
蕭蕭としてアオギリの葉音が秋の到来を報せる、
江上を渡ってきた秋風に故郷が思い出されてならない。
(夕暮れて)子供はコオロギを捉えて遊んでいるようだ、
夜更けて、一燈の提灯が籬に影をおとしている。
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