「アローン操体法」について区切りがついたところで、読者の方から “体操法のビデオがあれば….”との複数のコメントを頂いています。
コメント氏の仰る通りで、からだの動きを記述するのも難題ですが、ましてや記述を基に体現することもなお大変です。実際にビデオ映像をアップできるよう工夫したいと考えております。しばらく時間を頂戴したく思います。
話を本題に戻します。
中国などのTVドラマや映画を観ていると、時に漢詩に出くわすことがあります。最近目にとまった例を思いつくまま紹介します。
此処ではドラマの解説はさておき、引用された漢詩(全体またはその一部)が、ドラマの展開にどのような効果をもたらしているか、垣間見ることができればとの思いで、筆を進めていきます。
筆者は、特にTVを好んで観るほうではなく、TVドラマなどについても周りの人々の“面白いぞ”とのお薦めで観ているのが実情です。ですからその守備範囲は自ずと狭くなります。大体再放送を観ている場合が多い。
最近、BSで中国(香港)映画、『十面埋伏』を観ました。邦題は“Lovers”で、日本では2004年に公開されたもののようで、十年以上前の作品です。でも古さは感じられませんでした。
この映画で最も印象深かったのは、画面の色彩が鮮やかなことです。特に映画が始まって間もなく現れる、遊郭・牡丹坊のシーンです。豪華な建物の大広間に華やかな大道具小道具が揃えられていました。
盲目の美女が、周りの華やかさに、さらに彩を添えて、嫋やかなからだで妖艶に踊ります。二胡が奏でるメロデイーも耳に残ります。その踊りの歌詞の部分が今回話題にしようとする漢詩です。その歌詞は、
北方に佳人あり
絶世にして独り立つ
一たび顧みれば人の城を傾け
再び顧みれば人の国を傾く
…….
そうです、美人、中でも城や国を衰亡させる原因となる美女のことを言い表す“傾城・傾国”の出典となる漢詩「佳人の曲」でした。その詞全体を、その読みと現代訳を添えて末尾に示しました。参考にしながら、以下、読み進めて下さい。
この詩の作者は、李延年(り えんねん)という人で、漢の武帝(前156-前87、第7代皇帝)の頃の人です。若い頃、悪事を働いたらしく宮刑を受け、宦官の歌手として武帝に仕えていた。
作詞・作曲、さらに踊りをよくして、武帝のお気に入りのようでした。実は、延年には美しい妹がいて、武帝の前で踊りながら、この詩と曲を作ったという。つまり妹を武帝に薦める目的の詩でした。
李延年は、現在の河北省定州市、昔中山国と呼ばれていた北國の出身でした。詞の中の“北方”とは、この出身地を指しているのでしょう。
武帝は、詩を聞いて、「こんなに美しい女性がいるのか?」と興味を示し、後に一目見るなり、「ウーン、かんな美人がいたか!!」と唸ったとのことです。武帝は、本妻の衛皇后との関係が疎遠になるころでした。直ちに、李延年の妹を後宮にいれ、李夫人として寵愛した と。
李延年もとんとん拍子に出世していき、その兄を含めて厚遇された由。李夫人が亡くなると、武帝の思し召しも薄れていったようです。また末年になると、何かのお咎めがあったらしく、李延年ばかりでなく、家族ともども誅殺されたとのことです。
ところで映画『十面埋伏』の背景は、859年の唐の時代と紹介されていました。唐の玄宗皇帝(第9代)が楊貴妃を寵愛していたころの話です。政治中枢の腐敗が甚だしく、世が乱れて、多くの反乱分子が徒党を組んで各地で騒いでいたようです。
映画で「佳人の曲」を挿入した裏には、観客に対して、踊り子“小妹”(チャン・ツイイー 章子怡) と傾城・傾国の美女楊貴妃とを重ねて見るよう仕向ける意図もあったのでしょうか。現代の感覚では“小妹”の方が、写真で見る西安近郊の楊貴妃像よりはるかに麗しいように思われますが。
映画では、朝廷が“飛刀門”という最も強い反乱勢力の一派を撲滅するよう図る。お互い内偵者を忍び込ませて争いが進む。それに“小妹”、実は、“飛刀門”の一味 を巡って、内偵者の男性同志(金城武とアンデイ ラウ)の命を懸けた恋の鞘当てが始まる。
因みに、漢詩「佳人の曲」の最後の2句では、“このような傾城・傾国の美女は、二度と現れませんよ”との趣旨で武帝に薦めています。しかし、映画の字幕では、“たとえ城を傾け国を傾けても、手に入れずにはいられない”と強い調子で邦訳されていました。
頭初に、この映画の主題が命を懸けた恋の鞘当てであることを暗示しているようです。邦題を『Lovers』とした意図が読み取れます。
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佳人曲 佳人の曲 李 延年
北方有佳人 北方に佳人有り
绝世而独立 绝世にして独立す
一顧倾人城 一たび顧みれば人の城を倾け
再顧倾人国 再び顧みれば人の国を倾く
寧不知倾城興倾国 寧(なん)ぞ倾城と倾国を知らざらんや
佳人難再得 佳人 再びは得難し
現代語訳
北の方の麗しい人
世にならびなく独り際立つ
流し目一つで町は傾き
流し目二つで国も傾く
町じゅう、国じゅうが夢中になる人を知らずにおられようか、
かくも麗しいひとは二度と見つからない
新編『中国名詞選』(上) 川合康三 編訳 2015 岩波文庫 から転載
(注)本書中、漢詩の題は「李延年の歌」です。
[蛇足]
題名考:中国、日本、米国の三国三様、目の付け所が異なっていって、面白いので記しました。
○元の題名「十面埋伏」とは、“待機させた十隊の伏兵の中に、囮の兵を繰り出して敵兵をおびきよせて戦う”という計略のこと。『三国志演義』中、曹操と袁紹の戦で、曹操軍が用いたとされていますが、史実ではないようです。
○米国での題名は「House of Flying Daggers」。Daggersとは、短刀、懐剣の意ですから、“飛刀門”の英訳です。
コメント氏の仰る通りで、からだの動きを記述するのも難題ですが、ましてや記述を基に体現することもなお大変です。実際にビデオ映像をアップできるよう工夫したいと考えております。しばらく時間を頂戴したく思います。
話を本題に戻します。
中国などのTVドラマや映画を観ていると、時に漢詩に出くわすことがあります。最近目にとまった例を思いつくまま紹介します。
此処ではドラマの解説はさておき、引用された漢詩(全体またはその一部)が、ドラマの展開にどのような効果をもたらしているか、垣間見ることができればとの思いで、筆を進めていきます。
筆者は、特にTVを好んで観るほうではなく、TVドラマなどについても周りの人々の“面白いぞ”とのお薦めで観ているのが実情です。ですからその守備範囲は自ずと狭くなります。大体再放送を観ている場合が多い。
最近、BSで中国(香港)映画、『十面埋伏』を観ました。邦題は“Lovers”で、日本では2004年に公開されたもののようで、十年以上前の作品です。でも古さは感じられませんでした。
この映画で最も印象深かったのは、画面の色彩が鮮やかなことです。特に映画が始まって間もなく現れる、遊郭・牡丹坊のシーンです。豪華な建物の大広間に華やかな大道具小道具が揃えられていました。
盲目の美女が、周りの華やかさに、さらに彩を添えて、嫋やかなからだで妖艶に踊ります。二胡が奏でるメロデイーも耳に残ります。その踊りの歌詞の部分が今回話題にしようとする漢詩です。その歌詞は、
北方に佳人あり
絶世にして独り立つ
一たび顧みれば人の城を傾け
再び顧みれば人の国を傾く
…….
そうです、美人、中でも城や国を衰亡させる原因となる美女のことを言い表す“傾城・傾国”の出典となる漢詩「佳人の曲」でした。その詞全体を、その読みと現代訳を添えて末尾に示しました。参考にしながら、以下、読み進めて下さい。
この詩の作者は、李延年(り えんねん)という人で、漢の武帝(前156-前87、第7代皇帝)の頃の人です。若い頃、悪事を働いたらしく宮刑を受け、宦官の歌手として武帝に仕えていた。
作詞・作曲、さらに踊りをよくして、武帝のお気に入りのようでした。実は、延年には美しい妹がいて、武帝の前で踊りながら、この詩と曲を作ったという。つまり妹を武帝に薦める目的の詩でした。
李延年は、現在の河北省定州市、昔中山国と呼ばれていた北國の出身でした。詞の中の“北方”とは、この出身地を指しているのでしょう。
武帝は、詩を聞いて、「こんなに美しい女性がいるのか?」と興味を示し、後に一目見るなり、「ウーン、かんな美人がいたか!!」と唸ったとのことです。武帝は、本妻の衛皇后との関係が疎遠になるころでした。直ちに、李延年の妹を後宮にいれ、李夫人として寵愛した と。
李延年もとんとん拍子に出世していき、その兄を含めて厚遇された由。李夫人が亡くなると、武帝の思し召しも薄れていったようです。また末年になると、何かのお咎めがあったらしく、李延年ばかりでなく、家族ともども誅殺されたとのことです。
ところで映画『十面埋伏』の背景は、859年の唐の時代と紹介されていました。唐の玄宗皇帝(第9代)が楊貴妃を寵愛していたころの話です。政治中枢の腐敗が甚だしく、世が乱れて、多くの反乱分子が徒党を組んで各地で騒いでいたようです。
映画で「佳人の曲」を挿入した裏には、観客に対して、踊り子“小妹”(チャン・ツイイー 章子怡) と傾城・傾国の美女楊貴妃とを重ねて見るよう仕向ける意図もあったのでしょうか。現代の感覚では“小妹”の方が、写真で見る西安近郊の楊貴妃像よりはるかに麗しいように思われますが。
映画では、朝廷が“飛刀門”という最も強い反乱勢力の一派を撲滅するよう図る。お互い内偵者を忍び込ませて争いが進む。それに“小妹”、実は、“飛刀門”の一味 を巡って、内偵者の男性同志(金城武とアンデイ ラウ)の命を懸けた恋の鞘当てが始まる。
因みに、漢詩「佳人の曲」の最後の2句では、“このような傾城・傾国の美女は、二度と現れませんよ”との趣旨で武帝に薦めています。しかし、映画の字幕では、“たとえ城を傾け国を傾けても、手に入れずにはいられない”と強い調子で邦訳されていました。
頭初に、この映画の主題が命を懸けた恋の鞘当てであることを暗示しているようです。邦題を『Lovers』とした意図が読み取れます。
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佳人曲 佳人の曲 李 延年
北方有佳人 北方に佳人有り
绝世而独立 绝世にして独立す
一顧倾人城 一たび顧みれば人の城を倾け
再顧倾人国 再び顧みれば人の国を倾く
寧不知倾城興倾国 寧(なん)ぞ倾城と倾国を知らざらんや
佳人難再得 佳人 再びは得難し
現代語訳
北の方の麗しい人
世にならびなく独り際立つ
流し目一つで町は傾き
流し目二つで国も傾く
町じゅう、国じゅうが夢中になる人を知らずにおられようか、
かくも麗しいひとは二度と見つからない
新編『中国名詞選』(上) 川合康三 編訳 2015 岩波文庫 から転載
(注)本書中、漢詩の題は「李延年の歌」です。
[蛇足]
題名考:中国、日本、米国の三国三様、目の付け所が異なっていって、面白いので記しました。
○元の題名「十面埋伏」とは、“待機させた十隊の伏兵の中に、囮の兵を繰り出して敵兵をおびきよせて戦う”という計略のこと。『三国志演義』中、曹操と袁紹の戦で、曹操軍が用いたとされていますが、史実ではないようです。
○米国での題名は「House of Flying Daggers」。Daggersとは、短刀、懐剣の意ですから、“飛刀門”の英訳です。
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