愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題76 飛蓬 漢詩を詠む-14 ― 杜甫:飘蓬

2018-05-30 16:28:07 | 漢詩を読む

本稿の副副題“飛蓬”をめぐる話題で、似たような意味の“飘蓬”が出てくる詩を読みます。前回紹介した李白の詩と対をなす杜甫の詩です。“飛蓬”に対して、“飘蓬”の意味合いの違いがよく出た詩ではないかと思われ、取り上げました。

李白・杜甫共々、現山東省曲阜の辺りを放浪していた際に作られた杜甫の七言絶句「李白に贈る」です。現代語訳を含めて下に示しました。ひょっとすると、李白に“ケンカ”を売っているか?とも読み取れる詩ですが。

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贈李白。
秋來相顧尚飄蓬, 秋來(シュウライ) 相顧(アイカエリ)みれば尚(ナオ)飄蓬(ヒョウホウ),
未就丹砂愧葛洪。 未(イマ)だ丹砂(タンシャ)を就(ナ)さず 葛洪(カツコウ)に愧(ハ)ず。
痛飲狂歌空度日, 痛飲(ツウイン) 狂歌(キョウカ) 空(ムナ)しく日度(ワタ)り,
飛揚跋扈為誰雄。 飛揚(ヒヨウ) 跋扈(バッコ) 誰が為に雄(ユウ)なる。
註]
丹砂:水銀と硫黄の化合物(HgS)で水銀を作る原料。ここでは不老不死の薬の意
度:過ごす、暮らす
葛洪:(283~343);西晋・東晋時代の道教研究家・著述家;
飛揚跋扈:(四字成語)勝手きままに振る舞うこと

<現代語訳>
年も暮れ近い秋となり、お互い顧みれば、今なお風来坊で、
不老不死の妙薬も出来上がることなく、葛洪に顔向けができない。
毎日深酒、放歌して、空しく日を過ごしており、
ほしいままに振る舞い、勇ましくしているが、一体誰の為なのだ。
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“飛蓬”と“飘蓬”は、ともに“あてどなく彷徨う旅人”に喩える表現であるが、後者には「落ちぶれて……」という意味合いがあるようである と前回述べました。

この詩を一読すると、李白と杜甫が、一方は官職を追われ、他方は求めども未だ官職を得ず、それでいて、痛飲、放歌に明け暮れて、自由気ままに過ごしている様が想像されます。やはり“飘蓬”なる用語が相応しいのでは と頷けるようです。

李白は、若い頃から、神仙思想を好み、仙人の世界に憧れて隠者と親交を深めたことは、すでに述べました(参照 閑話休題68)。この旅にあっても、ある道士のもとに入門していたようです。杜甫はむしろ儒教的な思想の持ち主でしょう。

したがって、第二句(承句)は、明らかに李白に対して、想いをぶつけたもののようです。また李白の行状を勘案すれば、転句・結句ともに李白を念頭にした表現のように思われます。

ただ、起句中、「相顧:お互いに顧みれば……」と詠い込まれています。すなわち、詩全体としての趣旨は、「李白よ!貴君は……」ということではなく、「貴君も自分も、お互いに……」と理解すべきように思われます。

杜甫とて、酒席での発言とは言え、十一歳も年配で、しかも高名な大先輩に対しての発言には自ずと節度は弁えているでしょう。自分にも向かった表現なら、敢えて厳しい表現をすることは、有りうることと思われます。

というわけで、杜甫が李白に対して“ケンカ”を売っている とは思えないが、如何でしょうか。放浪の旅も終わり、別れるに当たっては、李白は、「魯郡の東……」を詠み、“飛蓬各自遠、且尽林中盃。と、別れを惜しんでおります。

なお杜甫には、別の「贈李白」と題する五言古詩があります。744年初夏、李白は都を追われて山東に向かうが、途中洛陽に立ち寄ります。その折、杜甫は、李白に逢い、すっかり好意を抱き、同行を申し出ます。

杜甫は、継母廬氏の母が亡くなったため、その葬儀を終えて後、李白の後を追い、初秋8月に現開封市で合流します。この「贈李白」では、合流した後の李白と旅する喜びが詠われています。

余談ながら、現開封市では高適(コウセキ)も合流し、ともに近辺を放浪した由。同市には、明代に建てられたという、古代夏王朝の初代禹王を祀る禹王廟があります。その中には三賢祠として、李白・杜甫・高適の塑像が祀られている由である。
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