読書案内「山の霊異記 霧中の幻影」
安曇潤平著 角川書店 2016.6初版
日常生活の中で、見えないもの、聞こえないものを感じる時がある。
特異体質と言うのだろうか。
一般には、「感が強い」などと言われている。
旅先(主として山行きの過程)で体験した不思議なもの、
不気味なもの話を16の短編にまとめた第4冊目の本。
何かを感じる。
山道を歩いているとそんな感覚に襲われることが時々ある。
じわりと鳥肌が立ってくる。
駆け出したい。
得体のしれない感覚から逃げ出したい。
だが、駆け出してしまえば、
こちらの感じている穏やかならざる心境を得体のしれないものに悟られてしまう。
なんてったって得体のしれないものなのだから、
駆け出したいのは山々なのだが、
せいぜいできることはこちらの気配を消し、
そ知らぬふりをしながら逃れる。
古来より人間は自然に対して畏敬の念を持っている。
特に、日本では自然界のあらゆるものに例の存在を認めている。
いわゆる、「精霊」の存在だ。
第一話 命の影
燕岳(つばくろだけ)。
ポピュラーな山で、10年ほど前に私も登った山だ。
情景描写は具体的(どの短編にも共通していえる)なので、
信憑性があり読者の心をすぐにとらえてしまう。
「こんにちは」と挨拶をすれば、必ず「こんにちは」と返事が返ってくる。
山のルール―だ。
だが、不愉快なことが起こった。
かけた相手から挨拶が帰ってこない。
そればかりか、挨拶をかけた相手は、不思議そうな表情をして、足早に言ってしまう。
行き交う登山者は、
彼が挨拶をすると一様に不思議そうな表情をして、
逃げるように立ち去ってしまう。
岩の上に腰掛けて休んでいる男は、俺に言った。
「周りにいる登山者たちには君の姿は見えないんだよ」
「このまま登りつづければ、君はこの山で命を落とすことになる」
「とにかく、周りの人間にわずかに声が聞こえているうちに、君はこの山を降りるんだ」。
登るごとに、命の影が薄くなっていく、
これ以上登山を続けると俺の命は消えてなくなってしまう。
猛烈な悪寒を感じた俺は来た道を蹴るように駆け下りた……
不思議で、
気味の悪い話だが、
あり得ない話ではない。
山の精霊が、
登山者の命を吸い取って、
山の静逸さを維持しているとしたら……。
そんな怖ろしいスポットが山にはあるらしい。
その精霊にとらえられた登山者は、
いつの間にかルートを外れて、
遭難。
目撃情報も皆無。
遺体は発見されず、
彼は永遠に山で眠ることになる。
(つづく)
(2016.12.12記) (読書案内№92)