読書案内「紙の月」角田光代著
どこにもいない自分
お金で買えるものが自分を自分らしくするのか
(ハルキ文庫・2014年10刊 第6刷) 柴田錬三郎賞受賞
2014年宮沢りえ主演で映画化された。映画は41歳になる梅澤梨花(宮沢りえ)に焦点を当て、横領事件を起
こす 過程を執拗に追いかける。原作となった小説は梨花を取りまく人々を描くことにより、梨花の生き方を浮き
彫りにしていく。現実の横領事件で、億の金を男に貢ぎ話題になった。しかし、この小説は若い男に貢ぎ、その
ために堕ちていく女を描いたものではなく、もっと奥が深い。どうやらそれは、「紙の月」という小説の題名に
も関係がありそうだ。
銀行の契約社員だった梅澤梨花が、顧客から預かった金の中から1万円を拝借したが、すぐに戻した。
だが、顧客からの預かり金をたとえ一時にしろ、流用することは許されない行為だ。
ほんの小さな隙間から水が漏れるように、梨花の人生は徐々に狂っていく。
41歳の梨花。
夫との会話もすれ違いばかりで、梨花はさみしい思いをする。
子どもいなく、希薄な夫婦関係。
若い恋人との情事に溺れていく。
小説では梅澤梨花を中心に物語は進んでいかない。
横領犯・梨花が失踪したニュースを見た、
徹底した節約を生活をする同窓生の主婦、
裕福だった妻の異常ともいえる経済観念に悩む元彼、買い物依存症の料理教室の同僚等を通して、
梨花がどんな人間だつたのか次第にあぶり出されてくる。
ここに登場する人物の誰一人として、特異な人間はいない。
ごく普通の人間が、日常生活のふとしたいざこざやすれ違いからつまずいていく。
正義感の強い梨花がなぜ巨額の横領事件を引き起こしてしまったのか。
不倫関係にある若い恋人に金を要求されたわけでもない。
金で恋人を縛ったわけでもない。
なんのために顧客の金を横領し、
湯水のように使ってしまったのか。
横領の果てにあるものは破滅なのだが、そんな事には無頓着に金を使っていく。
破滅に向かって落ちていく梨花の姿が哀れだ。
彷徨(さまよ)うために、堕ちていくために梨花は横領した金を使い続ける。
(2017.01.21記) (つづく)