原発を詠う (2) 汚染水
やっとたどり着いた10年目の春なのに…
(写真・朝日新聞 北村玲奈氏)
「関係者の理解なしには、いかなる処分も行わない」
東電が2015年に福島県漁連に回答した文書である。
にもかかわらず、4月13日、政府は福島原発の処理水を海洋放出することを決定した。
国の放出基準は1㍑あたり6万ベルク。
この数値は、70歳になるまで毎日約2㍑飲み続けても、
国際的に許容されている基準におさまるレベルらしい。
福島第一原発では、法定基準の40分の1まで薄めて放出するらしい。
実際の放出は2年後になるのだが、
この決定には、「ここで判断しなければ、タンクでの保管は難しくなる」
という、トイレなきマンションといわれている原発運営の危機的状況を抱えているからだろう。
「期限ありきの放出」という魂胆がありありと見える海洋放出決定だ。
福島の魚業は原発事故後10年の長い時をかけて、
4月から本格操業への「移行期間」に入ったばかりで、
魚業関係者にとっては「出鼻をくじかれた」格好になってしまった。
そこには、漁業関係者の納得もなければ、
政府や東電との「信頼関係」も存在しない強引な決定である。
このような状況の中で、「風評被害」を克服できるのだろうか。
10年の時の流れが、
福島県産品に抵抗感のある消費者は8%まで減少してきた矢先の海洋放出です。
日本の農水産物・食品の輸入規制は未だに15の国・地域で続いています。
15の規制の中には、本当に原発事故の影響で、食品への放射能汚染を心配する国もありますが、
自国、あるいは現政権の思惑で、表現は悪いが政権の人気取りで輸入規制を掛けたり、
対日本への政治的・経済的圧力として規制をかけていると思われる国もあります。
「絶対に許せない措置だ」と批判し、国際海洋法裁判所への提訴も辞さないと、
態度を硬化させた韓国の文在寅(ムンジェイン)政権(4月19日朝日)は、
一ヵ月も経たない5月16日には、処理水の海洋放出に関して、
二国間協議の開催を打診してきた。
態度を軟化させたのか、どんな政治的駆け引きがあるのか。
不安の波紋が広がっている。
朝日新聞歌壇から、汚染水処理に関する短歌を選んでみた。
福島の幻の魚になるも惜し請戸(うけと)の海の「どんこ」の煮付け
…… (国立市) 半杭螢子
福島県浪江町の請戸漁港に水揚げされる「どんこ」や「シラウオ」は、「常磐もの」といわれ
高値で取引される。美味である。「どんこ」の煮付けや「どんこ汁」が美味しい。
シラウオは春告げ魚ともいわれ、原発事故以来10年目にして解禁になったばかり。海洋放出に
より、待ちわびた福島の魚を、幻の魚にしてはいけない。
手に負えぬものを作りし人間の後始末する母なる海よ
…… (大津市) 秋山一美
手に負えないモンスターを人間は作ってしまった。母なる海に後始末を任せてしまう。
人間の身勝手さ……。
うろくずの黒きまなこは見ています海へ流れてくるものすべて
…… (福島市) 美原凍子
もの言わぬ魚の黒いまなこは、人間の身勝手で海を汚すものを見ている。
目に見えぬ汚染水に含まれるトリチュウだって、体を目にして見つめている。
「うろくず」は魚のこと。
それほどに安全ならば初めから海にながしていれば良かったのに
…… (さいたま市) 吉田俊治
モリカケもサクラも水に流す世は「汚染水」まで海に流すか
…… (京田辺市) 本郷宏幸
吉田さん、本郷さんの歌。「水に流すという」言葉にひそむ、人間の身勝手さが浮かんでくる。
参考:過去ログ2016.6.5 原発を詠う(1)
(2021.5.22記) (人生を謳う)
トリチウムに関する科学的論点をまとめていただき大変勉強になりました。
そして、科学的考察が無害、或いはその排出量が
国際的に容認されている量だとしても、風評被害に不安を抱く人たちがいること。こういう人たちにとっては、どんなに安全を説明しても、論点は対立したまま、相合理解にこぎつけるには多くの時間と親切な説明か必要と思われますが、これらの点も
Unknownさんは的確にとらえ、さてそれではどうしたらよいかと論理を展開されています。
分かりやすく、丁寧で論理的なコメントありがとうございます。原発に関する諸問題に反対の声が上がるのは、原発神話が1Fの事故で覆された不安感が
互いの信頼関係を崩壊させた点にあり、一度失われた信頼関係を取り戻すには、大変な時間と労力を要することを、電力会社関係者は肝に銘じるべきだと思っています。現実的には不祥事の隠蔽や頻繁に起こる作業ミスや職員や作業員の緊張感の欠如した行為などが、信頼関係の回復を大きく阻害しているのではないかと考えています。
Unknownさんの論理の展開の明快さが、とても参考になりました。ありがとうございました。
人為的につくられるトリチウムについて
地球温暖化のように、人間活動は地球規模で環境に影響を及ぼしています。1960年代には、核実ました。下のグラフは、東京と千葉に降る雨にふくまれていたトリチウムの含量を示したものですが、核実験が盛んだった1960年代にはトリチウムが100ベクレル/Lにも達した年もありました。その後は核実験が禁止されたことから、徐々に減少し、現在は自然発生する量とほぼ近い水準まで下がっています。1960年代にもトリチウムによる害は観察されていませんので、現在のレベルのトリチウムが、環境や人間に深刻な影響を及ぼすとは考えられません。
子力発電所を稼働させると、トリチウムが発生します。すべての原発はトリチウムを、海か空に排出しています。それらの総量は経産省がまとめた資料にあります。現在、福島原発には1000兆ベクレルのトリチウムが存在すると考えられています。これらを毎年22兆ベクレル程度ずつ排出していく計画ですが、それとは桁外れの量のトリチウムが世界中で、環境中に排出されていることがわかります。これらの排出は、特に問題視されていないし、実際に問題が発生していません。また、近年の世界のトリチウム濃度が上がっていないことからも、環境中にどんどん蓄積していくような量ではないことがわかります。福島原発の事故によって、短期間の内に3400兆ベクレルのトリチウムが環境中に放出されましたが、すでに検出できない水準になっています。
トリチウムはなぜ除去できないのか?
福島原発の処理水をALPSという装置で放射性物質の除去を行っています。ALPSで処理をする前と後の核種の量を比較したのが下の図です(引用元)。縦軸の告示濃度比は、法律で決められた排水の濃度上限との比を示していて、赤線よりも下なら排水可能と言うことになります。ストロンチウムやセシウムなどの核種は、排出限界を大幅に下回り、処理後の青い棒グラフがほとんど見えないようなレベルまで除去できています。しかし、トリチウムだけは、殆ど減少していません。なぜ、トリチウムは除去できないのでしょうか。
セシウムやストロンチウムは、これらの物質が吸着しやすい素材を用いて、取り除くことができます。放射性のセシウムや放射性のストロンチウムを選択的に取り除くのではなく、放射性ではない普通のセシウムやストロンチウムも一緒に除去しています。水から不純物を取り除く処理をすることで、他の核種を取り除いているのです。
トリチウム水の場合、放射性ではないトリチウム水はすなわち水ですから、他の核種を分離した手法は適用できません。トリチウムを分離するには、放射性の水とそうでない水を分けることになり、物質そのものを除去すれば良かった他の核種と比較して、技術的なハードルが段違いに高いのです。
超高性能の遠心分離機を利用すれば、分子の重さの違いを利用して、水とトリチウム水を分離することは可能です。ただ、コストも時間もべらぼうにかかります。カナダは原発由来のトリチウムの純度を高めて販売しているのですが、1グラムあたり300万円と高価です。分離されたトリチウムは、水素爆弾の材料なので、核拡散禁止条約によって、日本はそのような設備を持つことが許可されていません。いろいろな意味で現実的とは言えません。
トリチウムは生物濃縮をしない。その理由は?
水とトリチウム水を分離するのが技術的に困難であるということは、生物濃縮が起こりづらいことを意味します。生物濃縮は、生物が特定の物質を捉えて放さないので起こります。トリチウム水の場合は、普通の水と性質の違いが殆どありませんから、トリチウム水だけを選択的に蓄積するような生物は見つかっていません。トリチウム水は、普通の水と一緒に吸収され、普通の水と同じように排出されるので、生物のトリチウム水の濃度は、環境の濃度とほぼ等しくなります。
トリチウムを濃縮する生物が見つかったら、世紀の大発見です。その生物がトリチウム水を集めるメカニズムを解明して、海水からトリチウムを集める方法が確立できれば、水の中からエネルギーを無尽蔵に取り出すことができるようになるかもしれません。
トリチウムの海洋放出は、他国から非難されるようなことなのか?
トリチウム水を海に流すのは、海に塩を撒くようなものだと筆者は考えます。そもそも環境に大量に存在するものを低濃度で流したところで、影響が出るとは思えません。他国も当たり前のようにやっていることですし、それによって国際的な非難をあびるような事で無いはずです。中国や韓国が日本を非難しているのは、純粋に政治的な理由によるものでしょう。本当にトリチウムの排出が問題だと考えているなら、まず、自国の原発を止めているはずですから。
他国の人は、日本で大騒動が起こっているので、何かとんでもないものを流そうとしていると勘違いしているのかもしれません。世界中で認められているトリチウムの排水で大騒ぎしているとは、普通は思わないでしょうから。科学を無視した日本国内の騒動が国際的な誤解を招いているのかもしれません。
風評被害か、実害か?
トリチウム排出において、唯一起こりうる問題は、風評被害であると筆者は考えます。風評とはいえ、経済的な被害や、精神的な負荷といった実害を伴うので、無視することはできません。
風評被害の原因は、放射性物質ではなく、人の心の中の不安や不信です。トリチウム水そのものではなく、日本政府や東京電力への不信感が風評被害を引き起こし、科学的な根拠も無く「危ない、危ない」と騒ぐ、メディアや特定政党の政治家がそれを増幅しているのです。
不正確な情報で危機を煽る人たち。正義感に駆られてそれを拡散する人たち。よかれと思ってそのような行動をとっているのかもしれませんが、やっていることは火の無いところに煙を立てて、人々の不安を煽り、一次産業従事者を苦しめて、原発事故の処理を妨害して、近隣諸国との間に不要な摩擦を引き起こしているように私からは見えます。
対派の言い分について検討してみよう
1)綺麗だというなら飲んでみろ
反対派から「安全性に問題ないなら飲んでみろ」という要求がしばしばなされます。民主党政権時代には、フリーのジャーナリストから「飲んでみろ」と詰め寄られた政務官が、処理水を飲んだこともあります。そんなことをしても、安心感は得られません。だから、現在もこのような問題が繰り返されているのです。
そもそも飲料水の基準と、環境排出基準は全く別物です。この瞬間も多くの河川の水が海に流れ込んでいますが、それらの水のほとんどは飲料水としては不適格です。「飲めるかどうか」と「海に流して良いか」は別問題なので、論点をすり替えるべきではありません。これは排出推進派にも言えることで、「飲めると聞いている」などといって、安全性をアピールするのは、賢いやり方ではありません。あくまで、環境に流しても問題が無いかどうかを論点にすべきです。
)問題ないなら、処理水を東京湾で排出すべきである
べつに東京湾に排出したところで、何も起きません。税金を使って、わざわざ水を運んでも、問題が解決するとも思えません。そもそも反対をする人たちが、それぐらいのことで納得するとは思えないからです。やりたければ、やれば良いけど、時間とお金の無駄でしょう。
3)他の核種も混じっているのではないか
これは重要な論点です。東電のデータを見る限り、トリチウム以外の核種の除去には問題がなさそうです。技術的にも十分可能だと思われます。近年は、福島県の一次産品はほぼすべて基準値以下になっており(下図)、トリチウム以外の核種を大量にばらまくとすぐに明らかになるでしょう。そういうリスクを冒してまで、東電が他の核種をこっそり排出するとは考えづらいです。
とはいえ、「国や東京電力が都合の悪い情報を隠してごまかしているのではないか」という疑問を持つこと自体は、無理からぬことだと思います。国や東電を信用できないからと言って、原発事故の処理を止めるわけにいきません。そこで、透明性をどのように高めていくかが重要な課題です。福島県沖の水質や生物のモニタリング結果を見ていれば、大きな変化があるかどうかはわかります。また、国際団体のIAEAが人を派遣して監視をすることになっています。IAEAが原発推進団体であることを問題視する人もいますが、外部の団体をいれるのは重要です。今後は、漁業関係者や第三者を交えながら、透明性を持って監視をしていく仕組みの構築が必要になるでしょう。
最後の二行、全く同感です……。
過激な表現になってしまう気持ちも充分に理解でき
ます。でも……。
賢明なるエゾ中村様なら「でも……。」
と躊躇する小生の真意ご理解いただけるのではないかと思います。中村様の過激さにはおそらく、「あえて言わせていただくなら…」という条件が付いているのではないかと思います。
余談になりますが、原発神話が翳りを帯びてきた時期、広瀬隆氏は「東京に原発を!」というノンフィクションを1983年に単行本で刊行し、1986
年には集英社文庫になり、ベストセラーになりました。35年も前の話になります。
1979年 スリーマイル島原発事故
1986年 チェリノブイリ原発事故
原発神話が崩れ始めた時期、「東京に原発を!」
は、実にタイムリーな刊行でした。原発の危険性に警鐘を鳴らした書と認識しておりました。
詳細なデータと写真や図表を示した内容に、小生は広瀬氏同様に、そんなに原発が安全なら、「東京に原発を」作ったらいいと、本気で思った時がありました。広瀬氏の一貫した反原発論はその後、どんどん過激化していきました。『東京が壊滅する日 フクシマと日本の運命』『原子炉時限爆弾』など過激化がエスカレートしたために、フクシマ以降の反原発の評論やノンフィクションからは、読者から乖離してしまったような感さえありました。
「正しいこと」で心のなかでは「そうだ」と納得できても、現実的には、その過激さゆえに、「そうだ」と思いながらも「……」と一抹の躊躇を覚えるのかも知れません。
エゾ中村様のコメントを契機に、以上のような内容を書かせていただいたことに深く感謝いたします。
日本の技術で、解決できるのか? 世界中が、事故処理を見守っています!
溜まりに溜まった「汚染水」は、どの様にするのか?
人体に影響を及ぼすレベルではないので、海洋放出したいと政府は勝手に判断しています。
しかし、事故を起こした原発の汚染水は、稼働中の原発の処理水とは、明らかに違います。
政府が放出を決めても、世界が許さないのは当然です。
「モンスター:原発」のリスクとして、福島の汚染水を永遠に蓄積するのが、人道的な対応だと思います。
「原子力の平和利用」そんな考えは、‟絵にかいた餅” です。
少々過激なコメントになりました。 今後ともよろしくお願いいたします。