読書案内「火垂るの墓」(2) 少年と少女の命
「火垂るの墓」は原作がアニメになりヒットしたために、
多くの人に共感と感動を与え、戦争の悲劇を「少年と少女の哀しい死」を通して描いている。
三宮駅構内の柱にもたれかかり清太は、
痩せこけ、尿と糞にまみれ、生きるエネルギーをすべて体内から吐き出したような状態で死ぬ。
「野垂れ死に」である。
終戦から一か月と六日後の、昭和二十年九月二十一日の深夜のことである。
たった一つの所持品のドロップの罐を駅員が清太の遺体のポケットから取り出し、放り投げる。
その衝撃で罐のふたがとれ、中からちいさい骨の欠片が転げ落ちた。
白い骨は清太の妹、節子、八月二十二日西宮満池谷横穴防空壕の中で死に、死病の名は急性腸炎とされたが、実は四歳にして足腰立たぬまま、眠るようにみまかったので、兄と同じ栄養失調症による衰弱死。
生きて、4歳の妹の命を守るのには、少年には重すぎる役目だった。
野菜泥棒、空襲で無人になった家に忍び込み泥棒をする。
妹と二人生き延びるためには仕方のない生き方なのだろう。
頼る者のいない、なさけをかけてくれる隣人のいない孤立無援の兄妹の防空壕の中の生活を、作者は淡々と描いていく。
このような状態の中で、節子は栄養失調で衰弱死する。
清太が衰弱死する丁度一か月前のことだ。
八月二十二日昼、清太が壕に戻ると、節子は死んでいた。
骨と皮にやせ衰え、その前二、三日は声も立てず、大きな蟻が顔にはいのぼっても払い落とすこともせず、ただ夜の、蛍の光を眼でおうらしく、「上いった下いったあっとまった」低くつぶやき
節子は独りで死んでいった。
あどけない4歳の少女が衰弱していく過程は、無駄のない抑制された文章で描かれ、
少年は節子の命を守るため、父や母の役目を必死で担う。
夜には、蛍が飛び交い、二人にとってはささやかな命の灯がともるひとときでもあったのだろう。
清太は壕の暗闇にうずくまり、節子の亡骸膝にのせ、うとうとねむっても、すぐ眼覚めて、その髪の毛を手でなでつけ、すでに冷え切った額に自分の頬おしつけ、涙は出ぬ。
荼毘にふされ、燃えつきた白い骨が残り火の中にほのかに浮かび上がり、蛍の群れが飛び交い、
誰も居ない荼毘の場所で今は白い骨になった節子に話しかける。
「蛍といっしょに天国へいき」。
最後の二行は、小説の冒頭の清太の描写になる。
昭和二十年九月二十二日午後、三宮駅構内で野垂れ死にした清太は、他に二、三十はあった浮浪児の死体と共に、布引の上の寺で荼毘に付され、骨は無縁仏として納骨堂へ納められた。
一切の感情を排除し、平凡すぎるほど平凡な終わり方が、少年と少女が生きられなかった切なさを、際立って浮かび上がらせている。
最近の小説は、あまりにも読者に迎合しすぎ、読後の余韻を楽しめない者が多い中で、
野坂氏の小説は想像力を働かせ、読後の余韻を味わうには十分な小説である。
評価 ☆☆☆☆☆(5/5) (2015.12.22記)
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