「上意討ちの討手をなぜ断れなかったのか」と、
母の以瀬(松原智恵子)は、朔之助をなじり、
兄妹が刀を交えるかもしれない不運を激しく嘆く。
「藩命じゃ。朔之助が申す通り、もはや拒むことはできん」
父・忠左衛門(藤竜也)は、静かに言う。
のっぴきならない状況を目前にして、忠左衛門も朔之助も藩命を受け止め、武士の道を、「義」に生きようとする。
しかし、以瀬は執拗に言う。
「妹の田鶴が斬りかかってきたときは、どうするつもりなのか」と、
朔之助を詰問する。
理不尽な「藩命」から、以瀬は我が娘を守ろうとする。
森衛も剣客だが、女とはいえ田鶴にも剣の心得がある。
「そのときは斬れ」
我が娘を斬れと、こんな激しい思いが、この静かな老人のどこん潜んでいるのか。家長として、藩公に仕え、家を守ってきた武士としての矜持が、忠左衛門を意思の強い人間にしているのでしょう。
情に流され息子朔之助を責める母・以瀬。
決然と「斬れ」と言葉少なに父・忠左衛門は言う。
家を守るためには理不尽でも主命に従うざるを得ない。
家長としてのこの言葉は重い。
「義」に生きざるを得ない忠左衛門と朔之助、
「情」に翻弄される以瀬と田鶴。
以瀬と忠左衛門を演じる松原智恵子、藤竜也が深みのある演技で物語に厚みを加えている。
映画は朔之助と子飼いの若党・新蔵が討手として下総に向かう旅の部分に多くの時間を割いている。
道中の美しい風景を、朔之助の「義」に生きる生き方と対比して描いている。
何事もなかったように淡々と旅を続ける二人の背景に、自然あふれる景色が流れていく。
「急ぐこともあるまい、ゆるりと参ろうではないか」。
朔之助の心情を、たった一言の台詞(せりふ)で表現してしまう原作者・藤沢周平はさすがです。
(つづく)
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