北越雪譜 吹雪(ふゞき)の章
ブックデター: 鈴木牧之により天保6~7(1835年~36)年に書かれた、雪国百科全書。
美しく舞い散る雪も、ここ北国塩沢(越後魚沼市塩沢)の地ではすざましい
自然の驚異となり人々の暮らしを圧迫し続ける。
著者鈴木牧之(1770-1842)は雪とたたかい、雪と共に生き、雪の中に死ん
でいく里人の風俗習慣や生活を、雪国の動物と人間のかかわりや雪中の幽霊
のような奇現象とともに、珍しい挿絵を交えて紹介している。(表紙紹介文参照)
岩波文庫 1936年第一刷 1978年第22刷改版 2004年第59刷発行
庭の梅の木にメジロが訪れ、虫をついばんでいる。
小さな庭にムクドリ、ヒヨドリ、スズメなどが餌をついばみに来る。
春はまじかと思う毎日。だが地域によっては異常寒波の襲来で、
例年にない雪の多さに戸惑う住民や交通機関の混乱がテレビから流れてくる。
雪の少ない地域では、久しぶりの雪に少しの迷惑と、
新鮮な雪景色を鑑賞する小さな喜びを感じる。
しかし、雪国では雪は生活の一部であり、戦いの対象として捉えられる。
屋根に積もった雪は家を押しつぶし、除雪をしなければ道路は閉鎖されてしまう。
毎日が雪との闘いになる。
先に紹介した「北越雪譜」から「雪吹」についての記述を紹介します。
雪吹は樹などに積もりたる雪の風に散乱するをいふ。
其状優美(そのすがたやさしき)ものゆゑ花のちるを是に比して花雪吹といひて古哥(こか)にもあまた見えたり。
地吹雪が二人を襲い、是東南寸雪の国の事也、
(雪が風に乗って散乱するさまを吹雪というが、その舞い散る様子は優美で、花吹雪などといわれ、
昔の歌にもよく詠まれている。このような雪の降る様子は、雪の少ない国の話なのだ……、)
北方丈雪(じょうせつ)の国我が越後の雪深(ふかき)ところの雪吹は雪中の暴風雪を巻騰飈(まきあぐるつちかぜ)也。雪中第一の難義これがために死する人年々なり。その一ツを挙げてここに記し、寸雪の雪吹のやさしきを観人(みるひと)の為に丈雪の雪吹の愕眙(おそろしき)を示す。
(北国の私の国越後の雪深い地域では、吹雪というは、荒れ狂う風が降り積もる雪を蹴散らすその様をいい、「暴風雪を巻騰飈(まきあぐるつちかぜ)」)と表現しています。吹雪にはとても苦しめられ、毎年このために死んでしまう人もいる。
雪国の辛さ苦しさを知らない人に、吹雪がどんなに怖ろしいかを、百姓夫婦が吹雪に襲われ、その中にとじこめられ、互いに名を呼び合い雪に埋もれて命を落としていく悲しい物語を紹介している。
(農人夫婦逢雪吹図・)
初孫を見せに妻の実家に帰る二人に、地吹雪が二人を襲う。晴れ間を縫っての出発だったが、天候の急変に乳飲み子を抱かえた二人は、必死にこの吹雪の中から脱出しようと試みる。雪笠は風に飛ばされ、樹々たちは風雪に荒れ狂う。握り合った手と手もいつしか引き裂かれ、互いを呼ぶ声さえ切れ切れに強風に飛ばされていく。渦巻く雪が二人の命を無情に飲み込んでいく。
命のかぎりなれば夫婦声をあげほういほういと哭叫(なきさけべ)ども、往来の人もなく人家にも遠ければ助る人なく、手足凍へて枯れ木のごとく暴風に吹僵(ふきたお)され、夫婦頭を並べて倒れ死しけり。此雪吹その日の暮れに止み、次の日は晴天なりければ近村の者四五人此所を通りかかりしに、かの死骸は雪吹に埋められて見えざれども赤子の啼く声を雪の中に聴きければ、人々大いに怪しみおそれて逃げんとするも在りしが、剛気の者雪を掘りてみるに、まづ女の髪の毛雪中に顕(あらわ)れたり。
哀しい雪国の物語は、親が子を守るために注いだ命を賭けた「愛」の物語となって幕を閉じます。
さては昨日の雪吹倒れならん、皆あつまりて雪を掘り、死骸を見るに夫婦手を引きあひて死居(しゝゐ)たり、児は母の懐(ふところ)にあり、母の袖児頭を覆いたれば、児は身に雪おば触れざるゆえにや凍死(こごえしなず)、両親の死骸の中にて又声をあげてなきけり。
雪中の死骸なれば生きるがごとく、見知(みしり)たる者ありて夫婦なることをしり、我児(わがこ)をいたはりて袖をおほひ夫婦手をはなさずして死(しゝ)たる心のうちおもいやられて、さすがの若者らも泪をおとし、児は懐にいれ死骸は蓑につつみ夫(おっと)の家に荷(にな)ひゆきけり。
男の実家では若夫婦は、孫を抱かえて嫁の実家に里帰りをしているものと思っていた。
帰宅した二人を見て言葉もなく、物言わぬ二人に抱きつき、頬を摺り寄せて泣き叫んだ。
「見るも憐(あわれ)のありさま也」
と記述し、
一人の男懐(ふところ)より児をいだして姑(しゅうと)にわたしければ、悲(かなしみ)と喜(よろこび)と両行(りやうかう)の涙を落としけるぞ。
哀切極まりない話しを紹介し、「花吹雪」などと軽い気持ちで表現するのは、雪の少ない暖地の人々だ。と述べ「雪国の難義暖地の人おもひはかるべし」と戒めている。
今日も地域により、大雪の予報が流れている。
「一晩の降雪で車が雪に覆われ、排気ガスで50代の男が亡くなった」とテレビは伝える。
かの地の雪との闘いを思い、かの地の苦労を思いながら本を閉じる。
※ 「北越雪譜」についてはgooブログ 123qweaz 斉藤野人の斉藤野語「コトノハとりっく」さんの
1/9 23付にもアップされています。興味のある方はご覧ください。
(2018.02.06記) (読書案内№120)
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