雨あがりのペイブメント

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東京駅で消えた 夏樹静子

2017-12-08 20:00:00 | 読書案内

読書案内「東京駅で消えた」 夏樹静子著
             徳間文庫 2016.11刊 1989年中央公論社より初出

 2012年、開業100周年を二年後に控えて丸の内駅舎が創建当時の姿に復元された。
スティションホテル、オフィス、商業施設などが集約され、あたかも小さな街を思わせる様相だ。
小説の舞台は、改修前の開業70周年を迎えたころの東京駅を舞台にしているが、巨大化した駅という  点では変わりない。
                                     (復元された東京駅) 

 夫が定刻になっても帰ってこない。
判で押したように帰宅する夫は次の日の朝になっても帰ってこない。
大手ゼネコン帝都建設取締役の曽根寛の痕跡は東京駅で消えていた。
無断で一晩家を明けるくらいそう珍しいことでもないのだろうが、
夫に限っては考えられないことだった。
「事故か」、「失踪か」。
だが、曽根寛は意外なところから死体で発見された。
東京駅のめったに使用されない地下道に設置された「霊安室」のベッドで、
他殺死体で発見されたのだ。
この発見場所が奇想天外で、興味をひかれる。
(駅員の限られた者しかその存在を知るものはいない。暗くかび臭い霊安室は、列車事故で亡くなったり突然死をしたものを収容する部屋だ)。
丸の内口と八重洲口との行き来は複雑で、
田舎者の私には苦手な駅の一つである。
霊安室のベッドに人知れず横たわる他殺死体という意外性が
冒頭から読者を惹きつけていく。

第二の殺人は駅構内にあるホテルの非常階段で発見される。
駅構内をめぐり第三、第四の殺人が起き、被害者の接点を求めて捜査は進む。
ナイロンストッキングによる絞頸、
駅構内の殺人現場という二つの共通項は犯人が同一人であることを示している。
やがて浮かんできたのは
大手ゼネコンの施工した東京駅新幹線工事の施工ミスが浮かんでくる。
発注者である国鉄の現場責任者と当時現場の責任者を務めていた曽根の間に何があったのか。
関係者の過去を探る過程で現れてくるサラリーマンの悲哀が浮き彫りになる。

 人知れずその存在さえ知る人の少ない「霊安室」、
車椅子で新幹線ホームまで行ける「地下通路」、
皇室関係者が緊急時に利用できる「避難通路」、
ほとんどの人が足で踏んで素通りしてしまう中央階段には、六角形の銘坂がある。
昭和5年時の首相浜口雄幸がモーゼル銃で狙撃された場所を示すプレートだ。
大正10年には、日本初の平民宰相・原敬が短刀で胸を一突きされた場所にもプレートが埋め込まれているそうだ。
東京駅にまつわる様々なエピソードが語られる。

 東京駅は大正3年の開業だから、
その長い歴史の中で、
様々な人々の数えきれない出来事が起き、
時の流れに流されていったに違いない。

 この小説に登場し、
命を奪われた人、
そしてその加害者もかけがえのない人生の1ページをこの東京駅に刻んだに違いない。
 最後の文章は次のように書かれて、小説は終わる。
 自分を圧し包んでいる静寂の底から、たくさんの人声が湧き出してきた。この東京駅の長い歴史の流れに身を投じていった人々の、歓びや哀しみ、狂気や怨嗟の声が、今もこのドームの空間に息づいている……。

   
著者について
 1938年東京生まれ。慶応大学在学中からミステリーを書き始め、1970年『天使が消えていく』で作家デビュー。1973年『蒸発 ある愛の終わり』で日本推理作家協会賞、1989年『第三の女』は仏訳されフランス犯罪小説大賞を受賞、2007年に女性初の日本ミステリー文学大賞を受賞。代表作に『Wの悲劇』『量刑』『花の証言』シリーズ作品「検事 霞夕子」「弁護士 朝吹里矢子」等。「東京駅で消えた」は1989年中央公論社より初出

       (2017.12.7記)  (読書案内№116) 










 


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