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秋田市を中心に青森県津軽・動植物・旅行記などをご紹介します。

無意味な訓練?

2014-05-27 23:57:07 | 地震
秋田県民(と津軽地方など隣接県日本海側住民)にとって5月26日は、9月1日と3月11日と並んで忘れてはならない日である。
1983年5月26日11時59分57秒にマグニチュード7.7の「日本海中部地震」が発生。津波により各地で合わせて100名が亡くなった(津波以外の死者は4名)。
秋田県では、この日を「県民防災の日」に定め、避難訓練などを実施する機関や組織も多く、今年も報道された。

JR東日本秋田支社では、列車運行中に津波警報が出た想定で、乗客の避難誘導訓練を羽越本線・桂根駅付近で実施。
全社的な取り組みで、秋田でも以前から実施していた。今回の訓練では、乗客役に高齢者の姿が目立った(従来はJR社員ばかりだったはず)。秋田市の自主防災組織の関係者のようだが、ハシゴで車両から降りたり、急傾斜を上ったりしなければならないから、より実情に即しているだろう。
JR東日本では、東日本大震災の津波で被災した列車はあったが、そのすべてで乗客を避難させており、人的被害はなかった。こういう日頃の積み重ねが功を奏していることになる。
それでも、ワンマン運転だったら1人で誘導しないといけないし、避難に都合のいい場所に停車できるとも限らないけれど。

秋田県庁は自衛隊なども参加して「図上訓練」を実施。
「図上訓練」とは、最近、国土交通省が水害対策などでよく使う言葉だが、要はシミュレーションということだろう。
実際にやってみたら違うこともあるだろうけれど、日頃から想定して頭に入れておくだけでも効果はあるし、安くつくし、意味はある。



一方、報道を見る限り、何をやりたいのかよく分からない訓練があった。
秋田市新屋町(いわゆる向浜)にある県立武道館から秋田カントリー倶楽部の高台へ、中学生を避難させる訓練。避難にはバスを主に使い、誘導は警察官が行っていた。

まず、NHK秋田放送局や秋田魁新報の報道では、「誰が」主体となって実施した訓練なのかがあいまい。(5W1Hは基本でしょ)
朝日新聞秋田版と読売新聞秋田版では「秋田中央警察署」が実施した訓練ということが明確に分かる表現。(読売では「中学校と合同で」としている)
つまり、市でも県でも武道館でも、県警全体でもなく、1所轄署内の訓練らしい。

訓練の想定や内容は、報道機関によってはしょられているものもあったが、読売が詳しい。
「午前10時20分、秋田沖を震源とするマグニチュード8・9、最大震度6強の地震が発生し、海抜5メートルの県立武道館に競技中の生徒約200人がいるとの想定」
「署員約40人と(秋田市立山王中学校の)2年生約200人が参加」

「2階観客席の生徒約150人は署員の誘導で大型バスに乗り込み、約2キロ離れたゴルフ場駐車場に避難」
秋田魁新報では「160人」が「バス4台」に乗った。
NHKの映像では、中央交通の大型路線バス2台が映っていた。1台はノンステップのエルガ「977」、もう1台はナンバーが見えなかったけれど、富士重工ボディで窓枠が茶色で行き先表示が幕式(社名を表示)だったので、おそらくノースアジア大学送迎バス専属車両(が珍しく別用途に使われた)。どちらも秋田営業所の車。

「倒壊した武道館に取り残された柔道部員ら50人は、約300メートル離れた海抜15メートルのゴルフ場に斜面を駆け上って避難」
体育着のほか、剣道の袴姿(→だったら剣道部員じゃないの?)で参加した中学生もいて、斜面を上っていた。

津波到達想定までの時間は25分。避難完了は魁によればその「5分前」だが、NHKは「8分前」、朝日は「17分後」=8分前としている。
中央警察署の警備課長という人がテレビや新聞のインタビューに答えていて、魁には「署員間の連携不足でバスの出発が遅れるなどの課題」もあったと言っている。


上記を見た素人としては、突っ込みどころが満載。
・どうして中学生200人?
映像では、武道館の客席はガラガラだった。大道場の観客席だけで2510もあるそうだから、最悪の場合、今回の10倍超を避難させないといけない。
また、今回は素直で身軽で体力があり、学校という集団単位で参加した中学生だけを避難させれば済んだ。しかし実際には、もっと誘導に苦労させられたり、避難に時間がかかる人を避難させたりしなければならないこともあるだろう。JRの誘導訓練のように高齢者がいるなど。

・どうしてバスで?
バスで遠くの場所へ避難というのなら分からなくもない、ただ今回は、バスでも徒歩でも避難先は同じ勝平山の上。
徒歩で避難した人もいたように、武道館のすぐそばが勝平山のふもと。しかし、バスで車道を通って行くには、山の反対側(こまちスタジアムの通り)をぐるりと回りこまなければいけない。
体の不自由な人などは車で運ぶしかないかもしれないが、そうでない人は、津波警報発令後、できるだけ早く、自力で斜面を上って早く避難させるほうがいいのではないか。のんきにバスを待っているほうが危険なのではないか。

・ほんとにバスで?
当然、地震が起きてから、バス会社に連絡してバスを手配することになる。これはまどろっこしい。
今回の想定規模の地震なら、バスの車庫から武道館までの道路が陥没や建物倒壊で通行できなかったり、事故・渋滞によって機能しなかったりして、間に合わない可能性が高いのではないか。
仮に間に合ったとしても、避難場所へ向かう途中の道が避難渋滞や道路障害で立ち往生してしまえば、そこを津波が襲うという惨劇になってしまう。
やっぱり可能な限り、できるだけ早く、自力で避難させるべきではないだろうか。

なお、今回の訓練では秋田営業所のバスだったが、立地としては臨海営業所のほうが近い。
これに関しては、バス会社の都合や中学校-武道館の送迎もあるだろうから、仕方ないか。

・どうして勝平山に?
わざわざバスを呼んでまで勝平山へ避難させたわけだが、他にも避難場所はある。
「秋田市津波ハザードマップ」によれば、武道館から秋田運河と国道7号線を渡った「秋田県青少年交流センター駐車場」が津波避難場所に指定されているし、その辺りは津波被害が想定されていない。
700メートルほどの距離で高低差はあるが、多くの人が徒歩で津波到達前に避難できるはず。新港大橋と横断歩道橋が損壊していなければの話だけど(橋が壊れたらバスも来られないか…)。

また、バスで避難するにしても、ゴルフ場より若干近い「向浜運動公園内旧運転練習場」も津波避難場所になっている。

・奇跡! 倒壊したのに無事?
今回の想定では、恐ろしいことに県立武道館が倒壊した。
その中にいた50人が斜面を上ったわけだが、あの巨大な武道館が倒壊したとして、その中にいた50人全員がうまい具合に助かって、中から抜け出して津波到達までに避難できるのだとすれば、奇跡だ。

・というか倒壊する?
そもそも、2004年に完成したばかりの武道館が1度の震度6で倒壊するだろうか。
武道館が倒壊するのなら、他の多くの建物も倒壊するはずで、市内は壊滅的な被害となるはず。やはりバスでの避難など不可能ではないか。
武道館倒壊は、あくまで今回限りの想定上だとしても、相当強引で無理がある。

・どうして警察が?
武道館は不特定多数が訪れる公的施設とはいえ、ひとつの施設から避難させるために、わざわざ秋田中央警察署からお巡りさんが助けに来てくれるのだろうか?
基本的には、お客は施設管理者やそのイベントの主催者が避難誘導するものではないだろうか。
他にも県立スケート場とかこまちスタジアムとか、不特定多数が津波に遭遇する場所もあるだろうに、警察はその1つ1つで同じことをしてくれるのだろうか。

・間に合う?
さっきのバスの手配もそうだが、それ以前に警察官が武道館に到着できるだろうか。
秋田中央警察署は武道館から道のりで5キロ離れた秋田市中央部にある。そこから武道館まで来るのだってタイムロスが大きい(むしろ県警本部から来たほうが近い)し、道路状況で間に合わない可能性も高い。
到着前に利用者たちが自主的に避難を始めたり、済ませたりしてしまっているかもしれない。

・ほかにやるべきことは?
大きな地震が起きれば、停電するかもしれないし、道路障害や交通事故が発生するなど、交通整理が必要な事態になる可能性がある。
交通整理は警察官でなければできない。

警察官の人数だって限られているのだし、道路がごちゃごちゃでは、けが人の搬送や消防車出動などにも影響を及ぼす。
津波の避難誘導なんて、個人や各施設に任せて、警察は交通整理に力を注ぐべきではないか。
※「警備課」の業務の1つとして、災害救助も含まれてはいる。

・警察だけでやる?
仮に今回の想定のような災害になれば、警察だけでなく消防も出動するだろう。
だったら、消防と連携して(合同で)訓練したほうがいいのではないだろうか。それに武道館側は関与しないのだろうか。

・実際のところ武道館は安全
今回は哀れにも倒壊させられてしまった県立武道館だが、実際には倒壊はしないだろう。倒壊しなければ、武道館の屋上などに避難すれば、津波から逃れられるようだ。20メートルほどの高さがある。
※武道館公式サイトの資料:http://www.akisouko.com/budokan/new/escape3.pdf


以上、巨大地震が起きて武道館は倒壊したけれど、他の建物や道路は無事で、バスはすぐに来てくれて、避難させる客はあまり多くなくてほとんどバスに収まって、倒壊した建物の中にいた人も元気に出てきてくれて、武道館や消防の人は来なくて警察の“一人舞台”で活動できて、他の避難者で道路が混乱することもなく…と、警察にとってかなり“都合のいい”想定の訓練、もっと言えば“甘い”設定だ。

それなのに「署員間の連携不足でバスの出発が遅れる」とは、心もとない。ましてマスコミに公開しては、恥さらしじゃないだろうか。
警備課長は「今後も訓練を繰り返していきたい」と言っているが、こんな低レベルな訓練に動員させられて巻き込まれる学校やバス会社の身になってほしい。まずは警察内部だけで充分に検討してから実際にやるべきだ。それこそ「図上訓練」。
「机上の空論」と言うけれど、それよりもむなしい、「実際やったのに無意味な訓練」ではないだろうか。

武道館にしても、自分の所が倒壊するなんて事実無根でイメージダウンにつながる想定の話を、よくも引き受けたもんだ。
中学生にとっては、何か役に立ったのだろうか。単なる頭数として駆り出されたのなら時間の無駄だ。お巡りさんたちが右往左往するのを見て、「自分の身は自分で守らなきゃ」と思えたのなら、多少は役に立ったかな。
付き合わされた中学校、バス会社、武道館はごくろうさんでした。


日本海中部地震前は、秋田では津波が襲うという認識は低かったという。その後、さらに東日本大震災もあって、このような動きがあること自体は良いこと。
津波も大事だけど、個人的には、日本ならどこでも起こり得るとかいう直下型地震への備え、つまり建物や道路、ライフラインの備えや復旧体制と住民の啓発が足りていないと思う。極端な話、津波は地震後に海から遠くへ逃げて、逃げ切れればとりあえずは大丈夫だが、突然起きる直下型地震から逃げるのは難しい。
コメント (3)
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