音声を録音再生するカセットテープ(正式な規格としては「コンパクトカセット」)。今も、高齢者(歌を聞いたり、お稽古ごとなど)や愛好家には親しまれているようだけど、一般的にはすっかり過去のものになってしまった。その全盛期、昭和末期の機器の思い出。
カセットテープの録音再生によく使われた機器は、テープレコーダー(カセット録音再生装置)にラジオ受信機が一体化して持ち運びできる「ラジカセ」。
ラジカセにも時代ごとに傾向があって、昭和50年代初め頃は、今から見れば無骨で頑丈なもの。ステレオでなくモノラルのものも多かった。
昭和50年代後半頃には、小さくカラフルでおしゃれなボディが普及。ステレオ化はもちろん、カセットテープを2つセット(ダブルデッキ)して、片方からもう一方へダビングできる「ダブルラジカセ」も広まった。
平成に変わる前後には、CDプレーヤーも搭載したCDラジカセが登場。バブル期ならではの重装備と仰々しいデザインで、21世紀では「バブカセ」と称して収集する愛好家もいる。
さて、半年ほど前、秋田市内のとある閉店した店(?)の前に、ラジカセが放置されているのを見つけた。
道路ギリギリのところに置かれていたのを幸いに、勝手に撮影させていただいた。しかも、後からまた通ると向きが変わっており、裏面も確認できた。※以下、つま先くらいは敷地に入っているけれど、手は触れていません。
昭和のラジカセ!
上記、昭和50年代初めのものよりは洗練され、後半ほどおしゃれではなく、その中間頃の製品っぽい。
スピーカーが大きく、「竹の子族」が踊る時に音楽を流していたラジカセがこんなのか。
天面のラジオのチューニング目盛りの透明カバーが濁っているほかは、外見上の破損はない。ひさしがあるとはいえ屋外に放置では、きっと動作はしないだろうけど。
濁った部分の中に、メーカー名の表示があって「SANYO」とある。今はパナソニックに吸収されてしまった、三洋電機(創業者が松下幸之助の義弟でもある)。ロゴマークは末期の「N」の縦線がはみ出て割れたものではなく、1986年まで使われていたという旧ロゴマーク。
このダブルラジカセ。見覚えがある。
小学校に備品としてあったのが、間違いなくこの機種だ。
当時通っていた小学校では、テレビは各教室に1台あったものの、ラジカセはそうではなく、自前でラジカセを用意したり、音楽の授業にポータブルレコードプレヤー(ナショナルの赤くて横長のやつ。やはり自前か?)を使う先生もいらした。
そんな中、クラスや学年で必要に応じて都度借りる、学校共有のラジカセがこれだった。竹の子族じゃないけれど、屋外での学校行事(大森山少年の家での宿泊研修など)に持っていくこともあった。
1度、持ったこともあって、大きいだけにけっこう重いなと感じた(見た目通りの重さとも言える)。
改めて細部を観察させてもらい、ラジカセの記憶と重ねてみる。
まず、裏面の表示。
製造番号は消えてしまった?
上の旧SANYOロゴは懐かしいけれど、下の明朝体の「三洋電機株式会社」は見覚えがない書体。
当時は当たり前だったであろう「日本製」。昭和最末期頃から、安い機種は東南アジアなど海外で製造されるようになり、やがて多くの家電がそうなっていく。
型番は「MR-W10」。大きいわりに消費電力は12W。でも乾電池は単一型×8本!(持って重かったのはこの分も大きそう)
正面から見て右面は未確認だが、他の面には、電源コード口が見当たらない。電池ボックスの中から出ていたような気もする。でも、それだといろいろと不都合そうだけど…【追記参照↓】
【2022年5月7日追記・電源コードについて】
MR-W10の電源コードは、本体側はつながったまま抜き差しできないものだったようだ。ケーブルを折りたたんで、本体・電池ボックス内の右側にあるくぼみに収納する方式らしい。扇風機では同じ方式のがあるが、ラジカセでは初めて知った。
1970年代辺りでも、家庭用ラジカセの電源コードは、本体側も抜き差し可能な、いわゆる「メガネケーブル(2020年代でも各種家電で珍しくない)」が採用されていたはず。MR-W10は大型だからか、メーカーの方針か、珍しいのではないだろうか。
なお、1980年代にコンパクト化されると、しばらくはACアダプター(本体を小さくした分、コードは巨大化した)が主流になったが、平成に入る頃には、再びメガネケーブル主流に戻ったと思う。(以上追記)
正面には「MR W 10」と見覚えあるロゴ
ネット上には、この機種の情報は断片的なものがちらほら。
正確な製造時期は分からなったが、1982年頃ではないかと推測される方もいらした。
また、例えばMR-W20みたいな明確な後継機種はなさそうだが、「WMR-D6」という機種があり、ネットオークションでちらほら取り引きされている。ボディが黒く、ボディ形状やボタン類の配置はMR-W10とそっくり。後述のミキシングマイク端子がD6は2つ(ステレオ)、W10は1つという違いはあるようだが、他の違いは不明。
サンヨーでは、同時期にコンパクトでカラフルな「おしゃれなテレコ」を発売していた(うちにもあった)。その1つで大ヒットした(のだそう)ダブルラジカセ「MR-WU4」は1982年に4万6800円で発売されたそうだ。MR-W10は、機能としてはあまり変わらなそうだけど、いくらだったのだろう?
ボディはカキッとした箱型で、スピーカーが大きく、天面にはラジオのダイヤルとバンド切り替えスイッチしかない。小さいラジカセでは天面にこそボタンやスイッチが多いのと対照的。
スピーカーが大きいから前面にスペースが大きく、前に操作部分を集中させたということかな。
後のラジカセでは、スピーカー周辺全体を網や布で覆うデザインも出たが、これはスピーカーのコーン部分だけに明確に網。当時としてはこれが普通でかっこよくもあった。
スピーカーは大きいのと別に、小さいものもある。「ツイーター」という高音部用のスピーカーか。語源はツイッターと同じだ。
左右スピーカーのそばに、横長の金属板がある。左右とも「マイク」と書かれたスリットがある。内蔵マイクである。
当時のラジカセでは、本体だけで周りの音を録音できるのが当たり前で、それ用。左右にあるから、ステレオ録音できる。後の廉価機種では、スピーカーはステレオでも内蔵マイクはモノラルだったり、マイクが省略されるものも。
そのスリットの隣は左右で異なり、左は「電源」ボタン。
後~現在の音響映像機器からすれば当たり前だけど、当時のラジカセで電源ボタンがあるのは珍しいかも。ラジカセというものは、電源ボタンなど意識せずとも、いきなり再生ボタンやラジオスイッチを入れれば、音が出るものが普通だった。小学校で使った時、電源の存在を知らずに操作ボタンを押して動かず、戸惑う先生もいらした。
右は「ミキシングマイク」という穴。これは外部マイクロホンをつなぐ端子。ミニプラグではない大きいプラグ(ヘッドホン端子も)。「マイクミキシング」という回転ツマミもあり、そこで調整してカラオケやナレーションを録音する用途なのだろう。当時でも家庭ではあまり使わなかったかな。拡声器のように、マイクでしゃべった音を同時にスピーカーから鳴らすことはできなさそう。
別に裏面には、左右に分かれたミニプラグの「外部マイク」端子もあり、外付けマイクでより高音質にステレオ録音することもできた。
カセットデッキや操作部。
コンパクトカセットというものは、テープが露出する側を下にするのが正しい向きらしい。しかし、普及型のラジカセでは、上下逆さまにセットするのが圧倒的多数だった。上記の通り、天面にスイッチを置き、それを押しこめばヘッドが下降するというシンプルな構造にするためだったのか。
しかし、MR-W10では、本来の向きにセットし、操作ボタンはその下。ピアノの鍵盤のように押し下げるボタン。
ダブルラジカセでは、左右にテープデッキが並び、片方が再生専用、もう一方が録音再生両用というのが普通で、それぞれ「デッキA」「デッキB」と呼称するものが多かった。
MR-W10はA・Bなど呼称はなく、「再生」「録音/再生」とズバリ表示。
デッキの間には、音の大きさ(再生だけでなくおそらく録音時も)に合わせて、棒グラフ状にLEDが縦に点滅する「レベルメーター」。これは上位機種ならではの装備。
FMステレオ、録音中、電源入、バッテリーの表示もここで行なうが、きれいに日本語表記でそろえている中、「電池」じゃなく「バッテリー」なのがおもしろい。電池で駆動している時に点灯し、消耗すると薄くなるのかな。
各デッキの操作ボタンは、左から(録音・)再生・巻戻し・早送り・停止/イジェクト・一時停止。
テープの入れ方が上下逆であるせいかのか、なじみのある配列と左右反対。(上下逆にセットするサンヨーのおしゃれなテレコでは、ボタンもこれと逆順だった)
停止ボタンとイジェクト(テープ取り出し=フタオープン)ボタンを兼ねるのはごく一般的だったが、当時は特になじみがないであろう「イジェクト」と英語表記しているのもおもしろい。
録音ボタンは、メーカーや機種によっては、再生ボタンも同時に押さないといけないものもあったが、これは1つだけでいい(連動して再生ボタンも下がる)ようだ。フタに「ONE PUSH RECORDING」とあるから。
そして、巻戻し・早送りボタンの上に書いてあるものが、左右のデッキで異なる。【12日補足】これは、再生ボタンを押している状態で、重ねて巻戻し・早送りボタンを押した時に動作する機能を示している。メーカーや機種によっては、同じ操作をすると、再生ボタンが勝手に跳ね上がって解除され、単に巻戻し・早送りになるものもあった。
再生専用のほうは「AMSS」、録再側は「レビュー」と「キュー」。
AMSSはフタとロゴ部分に「AUTOMATIC MUSIC SELECT SYSTEM」とある。これ、おしゃれなテレコにも付いていて、記憶がある。要するに曲の頭出し機構。サンヨー独自のものなんだろうか。
早送り・巻き戻し中に曲間の無音部分を検知して、そこを曲の頭とみなしてそこから再生するもの。おしゃれなテレコでは、デジタルで9曲前または先まで指定して送れたが、それがないMR-W10では1曲ずつだったのだろう。
レビューとキューは「CUE & REVIEW」。これはたいていのラジカセでできた気もする、再生状態で巻き戻し・早送りすると、きゅるきゅると音がして、なんとなくテープの位置が分かるというもののこと。たぶん。
録再デッキの上には3桁の数字と「テープカウンター」。テープの進みに合わせて、000から999までの間で増減して、黒いボタンを押せば「000」にリセットされる。【12日補足】秒に連動するなど精密なものではなく、テープ部分と歯車でつながっていて、その回転に応じて数字の表示板が動くという、アナログなしかけ。
今のCDや録画機器では、何時間何分何秒と具体的に、曲や番組、あるいはディスクのどこを再生しているのかが分かるが、当時のカセットテープではそれがなく、その代わりのアイテム。【12日補足】後の廉価機種では、カウンターを省略するものもあった。
基本的には、録音を始める時に000にして、録音が終わって最初に戻って聞く時に、000を目指して巻き戻すという使い方。多くのメーカーで採用していたと思うが、カウンターが動く速度は統一されていないから、曲の頭出し用途には向かない。
MR-W10は右側だけにカウンターがあるから、やはり再生用ではなく、録音用だったのだろう。
上のツマミ類。右のマイクミキシングは上述。
「音量」はもちろんボリューム。普通は0から10までだろうに、10倍の100までが珍しい。そして、0から60までに「オートラウドネス」とある。これもおしゃれなテレコに付いていた。たしか、低音部や高音部の音も聞き取りやすいように、自動的に(というか半ば強制的に?)調整する機能。
「バランス」は、左右のスピーカーの音の配分調整。後年の廉価機種では省略されているが、今もテレビなどでおなじみ。これは左右とも1から10。
「音質」は数字なしの低から高。バブル期頃には、「グラフィックイコライザー」といって、低音から高音までをいくつかに分け、それぞれの強さを調節できるものがあった(今のテレビでは、低音と高音2つに分けている)が、これは1つ。再生するテープによっては、高にすると「サー」というノイズが気になるんだよね。
この3つは、当時のラジカセでは標準的。
「切替」という、3点スイッチ。
上から「マイク録音」「ラジオ」「ダビング/テープ」とある。これは独特で、小学校の時、電源ボタンとともに戸惑う先生がいらした。
なぜなら、マイク録音が独立したモードになっているから。内蔵マイクで録音する時は上にして、それを確認するため巻き戻して再生する時は、下に切り替えないといけない(さらに録音し直す時は、また上にしないと)。下の位置で録音ボタンを押しても、マイクは働かず無音が記録されてしまう。また、上の位置では、再生ボタンを押してもテープは進むが音は出ないと思われる。
ちなみに、ラジオの電波帯を切り替えるツマミは、天面のダイヤルの横。「FMモノ」「FMステレオ」「AM」の3区分。FMでも強制的にモノラルで聞けるようにしてあるのは、電波状態によって使い分けるためか。
当時は、FMの右側に延長してテレビのVHF1~3チャンネル(もちろん地上波アナログ)の音声を聞ける機種もわりと存在し、これも対応。テレビ音声はモノラル限定かな。昭和最末期になると、別バンドでVHF12チャンネルあるいはUHFまで対応とか、テレビ音声もステレオ・副音声対応、という機種も出ていた。
それから、写っていないが向かって左側面に2段切り替えの小さなスイッチがある。「ビートキャンセルスイッチ」だと思う。AMラジオでは、条件(周波数が近い局がある時など?)によっては雑音が入ることがあり、スイッチを切り替えることで、雑音を少なくできたそうだ。
以上、当時のラジカセとしては必要十分な機能だったと思う。
思いつくもので、MR-W10が装備していないのは、スリープ機能とテープポジション切り替えくらいか。
スリープとは、オフタイマーのことだけど、当時のラジカセは、後年のラジカセのように時計が内蔵されているものではない。オフタイマーを働かせたい時間の長さのテープをセットして、スリープモードにして再生状態にすれば、ラジオが作動し、テープが末端まで来れば停止してラジオも止まるというシロモノ。カセットテープの長さを利用した、ラジオ専用のオフタイマーだったのだ。
テープポジションは、カセットテープの磁性体の違いへの対応。ハイポジションとかメタルポジションとか高音質なテープが数種類したが、機器側での対応が必要で、切り替えスイッチがあった機種も存在した。
ほかには、テープの裏表を入れ替えなくてもいいオートリバースや、倍速ダビングなんかは、一般化するのはバブル期以降頃か。ダビング時に両デッキが同時に動き始めるシンクロダビングもなさそうだけど、それもまだ早かったのか。
このラジカセ、いつの間にか姿を消してしまい、現在はもう見られない。懐かしく貴重なものをありがとうございました。
【9日追記】昔は、特定の家電メーカーの製品だけを売る“町の電気屋さん”が多かったが、それが減って家電量販店が増えつつあったのが、バブル前後。
サンヨーを扱う町の電気店というのはほとんどなかったはずで、総合スーパーや家電量販店が勢力を拡大するとともに、知名度やシェアを増したメーカーだと思う。もちろん、おしゃれなテレコなどサンヨー自身の製品開発の努力もあっただろうけど。
また、当時の秋田市立学校で購入する電化製品・音響機器は、松下電器(ブランド名ナショナル、現・パナソニック)か日本ビクター(現・JVCケンウッド。当時は松下系列)がほとんどで、東芝や日立でさえ、まず購入されなかったと思う。それなのに、わざわざMR-W10を選んだのが興味深い。他社で代替製品がなかったのだろうか。
カセットテープの録音再生によく使われた機器は、テープレコーダー(カセット録音再生装置)にラジオ受信機が一体化して持ち運びできる「ラジカセ」。
ラジカセにも時代ごとに傾向があって、昭和50年代初め頃は、今から見れば無骨で頑丈なもの。ステレオでなくモノラルのものも多かった。
昭和50年代後半頃には、小さくカラフルでおしゃれなボディが普及。ステレオ化はもちろん、カセットテープを2つセット(ダブルデッキ)して、片方からもう一方へダビングできる「ダブルラジカセ」も広まった。
平成に変わる前後には、CDプレーヤーも搭載したCDラジカセが登場。バブル期ならではの重装備と仰々しいデザインで、21世紀では「バブカセ」と称して収集する愛好家もいる。
さて、半年ほど前、秋田市内のとある閉店した店(?)の前に、ラジカセが放置されているのを見つけた。
道路ギリギリのところに置かれていたのを幸いに、勝手に撮影させていただいた。しかも、後からまた通ると向きが変わっており、裏面も確認できた。※以下、つま先くらいは敷地に入っているけれど、手は触れていません。
昭和のラジカセ!
上記、昭和50年代初めのものよりは洗練され、後半ほどおしゃれではなく、その中間頃の製品っぽい。
スピーカーが大きく、「竹の子族」が踊る時に音楽を流していたラジカセがこんなのか。
天面のラジオのチューニング目盛りの透明カバーが濁っているほかは、外見上の破損はない。ひさしがあるとはいえ屋外に放置では、きっと動作はしないだろうけど。
濁った部分の中に、メーカー名の表示があって「SANYO」とある。今はパナソニックに吸収されてしまった、三洋電機(創業者が松下幸之助の義弟でもある)。ロゴマークは末期の「N」の縦線がはみ出て割れたものではなく、1986年まで使われていたという旧ロゴマーク。
このダブルラジカセ。見覚えがある。
小学校に備品としてあったのが、間違いなくこの機種だ。
当時通っていた小学校では、テレビは各教室に1台あったものの、ラジカセはそうではなく、自前でラジカセを用意したり、音楽の授業にポータブルレコードプレヤー(ナショナルの赤くて横長のやつ。やはり自前か?)を使う先生もいらした。
そんな中、クラスや学年で必要に応じて都度借りる、学校共有のラジカセがこれだった。竹の子族じゃないけれど、屋外での学校行事(大森山少年の家での宿泊研修など)に持っていくこともあった。
1度、持ったこともあって、大きいだけにけっこう重いなと感じた(見た目通りの重さとも言える)。
改めて細部を観察させてもらい、ラジカセの記憶と重ねてみる。
まず、裏面の表示。
製造番号は消えてしまった?
上の旧SANYOロゴは懐かしいけれど、下の明朝体の「三洋電機株式会社」は見覚えがない書体。
当時は当たり前だったであろう「日本製」。昭和最末期頃から、安い機種は東南アジアなど海外で製造されるようになり、やがて多くの家電がそうなっていく。
型番は「MR-W10」。大きいわりに消費電力は12W。でも乾電池は単一型×8本!(持って重かったのはこの分も大きそう)
正面から見て右面は未確認だが、他の面には、電源コード口が見当たらない。電池ボックスの中から出ていた
【2022年5月7日追記・電源コードについて】
MR-W10の電源コードは、本体側はつながったまま抜き差しできないものだったようだ。ケーブルを折りたたんで、本体・電池ボックス内の右側にあるくぼみに収納する方式らしい。扇風機では同じ方式のがあるが、ラジカセでは初めて知った。
1970年代辺りでも、家庭用ラジカセの電源コードは、本体側も抜き差し可能な、いわゆる「メガネケーブル(2020年代でも各種家電で珍しくない)」が採用されていたはず。MR-W10は大型だからか、メーカーの方針か、珍しいのではないだろうか。
なお、1980年代にコンパクト化されると、しばらくはACアダプター(本体を小さくした分、コードは巨大化した)が主流になったが、平成に入る頃には、再びメガネケーブル主流に戻ったと思う。(以上追記)
正面には「MR W 10」と見覚えあるロゴ
ネット上には、この機種の情報は断片的なものがちらほら。
正確な製造時期は分からなったが、1982年頃ではないかと推測される方もいらした。
また、例えばMR-W20みたいな明確な後継機種はなさそうだが、「WMR-D6」という機種があり、ネットオークションでちらほら取り引きされている。ボディが黒く、ボディ形状やボタン類の配置はMR-W10とそっくり。後述のミキシングマイク端子がD6は2つ(ステレオ)、W10は1つという違いはあるようだが、他の違いは不明。
サンヨーでは、同時期にコンパクトでカラフルな「おしゃれなテレコ」を発売していた(うちにもあった)。その1つで大ヒットした(のだそう)ダブルラジカセ「MR-WU4」は1982年に4万6800円で発売されたそうだ。MR-W10は、機能としてはあまり変わらなそうだけど、いくらだったのだろう?
ボディはカキッとした箱型で、スピーカーが大きく、天面にはラジオのダイヤルとバンド切り替えスイッチしかない。小さいラジカセでは天面にこそボタンやスイッチが多いのと対照的。
スピーカーが大きいから前面にスペースが大きく、前に操作部分を集中させたということかな。
後のラジカセでは、スピーカー周辺全体を網や布で覆うデザインも出たが、これはスピーカーのコーン部分だけに明確に網。当時としてはこれが普通でかっこよくもあった。
スピーカーは大きいのと別に、小さいものもある。「ツイーター」という高音部用のスピーカーか。語源はツイッターと同じだ。
左右スピーカーのそばに、横長の金属板がある。左右とも「マイク」と書かれたスリットがある。内蔵マイクである。
当時のラジカセでは、本体だけで周りの音を録音できるのが当たり前で、それ用。左右にあるから、ステレオ録音できる。後の廉価機種では、スピーカーはステレオでも内蔵マイクはモノラルだったり、マイクが省略されるものも。
そのスリットの隣は左右で異なり、左は「電源」ボタン。
後~現在の音響映像機器からすれば当たり前だけど、当時のラジカセで電源ボタンがあるのは珍しいかも。ラジカセというものは、電源ボタンなど意識せずとも、いきなり再生ボタンやラジオスイッチを入れれば、音が出るものが普通だった。小学校で使った時、電源の存在を知らずに操作ボタンを押して動かず、戸惑う先生もいらした。
右は「ミキシングマイク」という穴。これは外部マイクロホンをつなぐ端子。ミニプラグではない大きいプラグ(ヘッドホン端子も)。「マイクミキシング」という回転ツマミもあり、そこで調整してカラオケやナレーションを録音する用途なのだろう。当時でも家庭ではあまり使わなかったかな。拡声器のように、マイクでしゃべった音を同時にスピーカーから鳴らすことはできなさそう。
別に裏面には、左右に分かれたミニプラグの「外部マイク」端子もあり、外付けマイクでより高音質にステレオ録音することもできた。
カセットデッキや操作部。
コンパクトカセットというものは、テープが露出する側を下にするのが正しい向きらしい。しかし、普及型のラジカセでは、上下逆さまにセットするのが圧倒的多数だった。上記の通り、天面にスイッチを置き、それを押しこめばヘッドが下降するというシンプルな構造にするためだったのか。
しかし、MR-W10では、本来の向きにセットし、操作ボタンはその下。ピアノの鍵盤のように押し下げるボタン。
ダブルラジカセでは、左右にテープデッキが並び、片方が再生専用、もう一方が録音再生両用というのが普通で、それぞれ「デッキA」「デッキB」と呼称するものが多かった。
MR-W10はA・Bなど呼称はなく、「再生」「録音/再生」とズバリ表示。
デッキの間には、音の大きさ(再生だけでなくおそらく録音時も)に合わせて、棒グラフ状にLEDが縦に点滅する「レベルメーター」。これは上位機種ならではの装備。
FMステレオ、録音中、電源入、バッテリーの表示もここで行なうが、きれいに日本語表記でそろえている中、「電池」じゃなく「バッテリー」なのがおもしろい。電池で駆動している時に点灯し、消耗すると薄くなるのかな。
各デッキの操作ボタンは、左から(録音・)再生・巻戻し・早送り・停止/イジェクト・一時停止。
テープの入れ方が上下逆であるせいかのか、なじみのある配列と左右反対。(上下逆にセットするサンヨーのおしゃれなテレコでは、ボタンもこれと逆順だった)
停止ボタンとイジェクト(テープ取り出し=フタオープン)ボタンを兼ねるのはごく一般的だったが、当時は特になじみがないであろう「イジェクト」と英語表記しているのもおもしろい。
録音ボタンは、メーカーや機種によっては、再生ボタンも同時に押さないといけないものもあったが、これは1つだけでいい(連動して再生ボタンも下がる)ようだ。フタに「ONE PUSH RECORDING」とあるから。
そして、巻戻し・早送りボタンの上に書いてあるものが、左右のデッキで異なる。【12日補足】これは、再生ボタンを押している状態で、重ねて巻戻し・早送りボタンを押した時に動作する機能を示している。メーカーや機種によっては、同じ操作をすると、再生ボタンが勝手に跳ね上がって解除され、単に巻戻し・早送りになるものもあった。
再生専用のほうは「AMSS」、録再側は「レビュー」と「キュー」。
AMSSはフタとロゴ部分に「AUTOMATIC MUSIC SELECT SYSTEM」とある。これ、おしゃれなテレコにも付いていて、記憶がある。要するに曲の頭出し機構。サンヨー独自のものなんだろうか。
早送り・巻き戻し中に曲間の無音部分を検知して、そこを曲の頭とみなしてそこから再生するもの。おしゃれなテレコでは、デジタルで9曲前または先まで指定して送れたが、それがないMR-W10では1曲ずつだったのだろう。
レビューとキューは「CUE & REVIEW」。これはたいていのラジカセでできた気もする、再生状態で巻き戻し・早送りすると、きゅるきゅると音がして、なんとなくテープの位置が分かるというもののこと。たぶん。
録再デッキの上には3桁の数字と「テープカウンター」。テープの進みに合わせて、000から999までの間で増減して、黒いボタンを押せば「000」にリセットされる。【12日補足】秒に連動するなど精密なものではなく、テープ部分と歯車でつながっていて、その回転に応じて数字の表示板が動くという、アナログなしかけ。
今のCDや録画機器では、何時間何分何秒と具体的に、曲や番組、あるいはディスクのどこを再生しているのかが分かるが、当時のカセットテープではそれがなく、その代わりのアイテム。【12日補足】後の廉価機種では、カウンターを省略するものもあった。
基本的には、録音を始める時に000にして、録音が終わって最初に戻って聞く時に、000を目指して巻き戻すという使い方。多くのメーカーで採用していたと思うが、カウンターが動く速度は統一されていないから、曲の頭出し用途には向かない。
MR-W10は右側だけにカウンターがあるから、やはり再生用ではなく、録音用だったのだろう。
上のツマミ類。右のマイクミキシングは上述。
「音量」はもちろんボリューム。普通は0から10までだろうに、10倍の100までが珍しい。そして、0から60までに「オートラウドネス」とある。これもおしゃれなテレコに付いていた。たしか、低音部や高音部の音も聞き取りやすいように、自動的に(というか半ば強制的に?)調整する機能。
「バランス」は、左右のスピーカーの音の配分調整。後年の廉価機種では省略されているが、今もテレビなどでおなじみ。これは左右とも1から10。
「音質」は数字なしの低から高。バブル期頃には、「グラフィックイコライザー」といって、低音から高音までをいくつかに分け、それぞれの強さを調節できるものがあった(今のテレビでは、低音と高音2つに分けている)が、これは1つ。再生するテープによっては、高にすると「サー」というノイズが気になるんだよね。
この3つは、当時のラジカセでは標準的。
「切替」という、3点スイッチ。
上から「マイク録音」「ラジオ」「ダビング/テープ」とある。これは独特で、小学校の時、電源ボタンとともに戸惑う先生がいらした。
なぜなら、マイク録音が独立したモードになっているから。内蔵マイクで録音する時は上にして、それを確認するため巻き戻して再生する時は、下に切り替えないといけない(さらに録音し直す時は、また上にしないと)。下の位置で録音ボタンを押しても、マイクは働かず無音が記録されてしまう。また、上の位置では、再生ボタンを押してもテープは進むが音は出ないと思われる。
ちなみに、ラジオの電波帯を切り替えるツマミは、天面のダイヤルの横。「FMモノ」「FMステレオ」「AM」の3区分。FMでも強制的にモノラルで聞けるようにしてあるのは、電波状態によって使い分けるためか。
当時は、FMの右側に延長してテレビのVHF1~3チャンネル(もちろん地上波アナログ)の音声を聞ける機種もわりと存在し、これも対応。テレビ音声はモノラル限定かな。昭和最末期になると、別バンドでVHF12チャンネルあるいはUHFまで対応とか、テレビ音声もステレオ・副音声対応、という機種も出ていた。
それから、写っていないが向かって左側面に2段切り替えの小さなスイッチがある。「ビートキャンセルスイッチ」だと思う。AMラジオでは、条件(周波数が近い局がある時など?)によっては雑音が入ることがあり、スイッチを切り替えることで、雑音を少なくできたそうだ。
以上、当時のラジカセとしては必要十分な機能だったと思う。
思いつくもので、MR-W10が装備していないのは、スリープ機能とテープポジション切り替えくらいか。
スリープとは、オフタイマーのことだけど、当時のラジカセは、後年のラジカセのように時計が内蔵されているものではない。オフタイマーを働かせたい時間の長さのテープをセットして、スリープモードにして再生状態にすれば、ラジオが作動し、テープが末端まで来れば停止してラジオも止まるというシロモノ。カセットテープの長さを利用した、ラジオ専用のオフタイマーだったのだ。
テープポジションは、カセットテープの磁性体の違いへの対応。ハイポジションとかメタルポジションとか高音質なテープが数種類したが、機器側での対応が必要で、切り替えスイッチがあった機種も存在した。
ほかには、テープの裏表を入れ替えなくてもいいオートリバースや、倍速ダビングなんかは、一般化するのはバブル期以降頃か。ダビング時に両デッキが同時に動き始めるシンクロダビングもなさそうだけど、それもまだ早かったのか。
このラジカセ、いつの間にか姿を消してしまい、現在はもう見られない。懐かしく貴重なものをありがとうございました。
【9日追記】昔は、特定の家電メーカーの製品だけを売る“町の電気屋さん”が多かったが、それが減って家電量販店が増えつつあったのが、バブル前後。
サンヨーを扱う町の電気店というのはほとんどなかったはずで、総合スーパーや家電量販店が勢力を拡大するとともに、知名度やシェアを増したメーカーだと思う。もちろん、おしゃれなテレコなどサンヨー自身の製品開発の努力もあっただろうけど。
また、当時の秋田市立学校で購入する電化製品・音響機器は、松下電器(ブランド名ナショナル、現・パナソニック)か日本ビクター(現・JVCケンウッド。当時は松下系列)がほとんどで、東芝や日立でさえ、まず購入されなかったと思う。それなのに、わざわざMR-W10を選んだのが興味深い。他社で代替製品がなかったのだろうか。