歴歩

歴歩 歴史は歩く。ゆっくりと歩く。それを追いかける。

明日香村・甘樫丘東麓遺跡 現地見学会6/21

2009年06月11日 | Weblog
甘樫丘東麓遺跡(飛鳥藤原第157次調査)現地見学会開催のお知らせが、奈良文化財研究所から発表されました。

【日時】 平成21年6月21日(日) 11時~15時  ※小雨 決行
【場所】 高市郡明日香村大字川原 (国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区内) 発掘調査現場



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

沖縄県恩納村塩屋地区・塩屋貝塚 6000年前の爪形文土器などが出土

2009年06月11日 | Weblog
 塩屋貝塚(注1)でこのほど、約6000年前の爪形文土器(注2)を含む、1800年前までの土器片などが発掘された。同遺跡ではこれまで1800年前の遺物が確認されていたが、それより古い出土物は初めて。
 今回見つかった遺物は、6000年前の爪形文土器片1点、3000年前の縄文土器、1800年前の甕形や壺形の弥生土器など計2000点以上のほか、1800年前のジュゴンや動物の骨、貝殻(注3)、貝輪など1トン以上。 今回発掘された遺物から、6000年前の人々が同地区で狩猟や採取による生活をしていたことが推測される。
 また、九州との交易を示す弥生土器や貝輪はや奄美諸島周辺に生息している貝で作られた貝輪などが出土している。
 発掘作業は、村博物館が主体となり、3~4月にかけて実施された。
(注1)塩屋貝塚は1958年に発見され、県内で初めて弥生土器が発見された貝塚。
(注2)爪形文土器は嘉手納町の野国貝塚などで約6500年前の物が見つかっている。
(注3)シャコガイ、サラサバティ(タカセガイ)、ヤコウガイなど
[参考:琉球新報、広報おんな平成21年5月号]
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

韓国・忠州下九岩里 新羅古墳群の発掘を計画

2009年06月11日 | Weblog
 国立中原文化財研究所は10日、新羅時代最大遺跡地の1つである可金面(가금면)下九岩里古墳群(하구암리 고분군)一帯の分布状況に対する精密実態調査とGPS測量を完了させ、本格的な発掘を始めることを明らかにした。
 2007年12月設立された国立中原文化財研究所が発掘調査を始めるのは今回が五回目。
 下九岩里古墳群は、最小8区域にかけて中大型級石室墳を含む約400基の古墳が分布していて、近隣の楼岩里古墳群とともに慶州を除く新羅時代最大規模の古墳群と知られる。
 また新羅が忠州に小京を設置して中央の貴族らをこちらに移住させたという歴史記録に照らして、6世紀中頃急変する国際秩序の中で新羅の歩みを調べることができる重要な遺跡と評価されている。
[参考:聯合ニュース]

 新羅墓様式は、原三国時代は土壙墓、4~6世紀前半は積石木槨墳、6世紀中葉後統一時代までは横穴式石室墓等に区分されている。
 積石木槨墳では金冠がたくさん出土した。 金冠塚、天馬塚、黄南大塚がこの様式を取っている。また、横穴式石室墓では梁山夫婦塚、慶州雙床塚が有名だ。
 新羅系墓は主勢力圏だった慶州一帯と慶尚道地方に集中的に分布している。 しかし慶州から1千里以上離れた忠州市可金面一帯に新羅系大型横穴式石室墓が少なくとも数百ヶ所存在している。
 韓半島東南の側に位置していた新羅は6世紀中葉真興王対に達して、唐外交関係が成功を収めて、また花徒が殉教者精神で戦争を遂行して国力が大きく伸張した。
 真興王はこれを土台に百済を韓半島西南側隅に押し込め、また高句麗を北に押し上げて、漢江流域まで進出した。
 領土が広くなるや新羅は占領地域を統治するために「5小京」を設置する。
 忠州楼岩里古墳群および下九岩里古墳群はこの時期に集中的に造成された。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

京都市・泉涌寺・悲田院 宝冠阿弥陀如来座像が快慶作の可能性

2009年06月11日 | Weblog
 泉涌寺の塔頭・悲田院(同市東区)が所蔵する「宝冠(ほうかん)阿弥陀如来座像」が、鎌倉時代前期の仏師・快慶の作である可能性が高いことが、大津市歴史博物館の調査で10日までに分かった。
 座像はヒノキ材で高さ72cm、幅49cm。きりりとした目や理知的な表情など、快慶の特徴的な作風が見られ、同院では古くから「快慶作」との伝承が残っていた。
 ファイバースコープで胎内を撮影したところ、頭部に快慶の作品であることを示す墨書の銘文「アン(梵字)阿弥陀」と、5人の弟子の銘文が記されていた。これらの墨書は、醍醐寺(同市伏見区)の木造不動明王座像や石山寺(大津市)の木造大日如来座像など、快慶が手掛けた他の仏像でも確認されている。
 特別展は10月10日から11月23日まで、同博物館で行われる。同仏像の展示は10月25日まで。
[参考:京都新聞]

 快慶作の現存する2番目の作品である醍醐寺三宝院弥勒菩薩坐像(建久3年・1192)からは作品に「巧匠アン(梵字)阿弥陀仏」と銘記されるようになる。安阿弥陀仏とも称し、その理知的、絵画的で繊細な作風は「安阿弥様」(あんなみよう)と呼ばれる。
 この銘記は快慶が法橋の僧位になる建仁3年(1203年)まで続く。

過去の関連ニュース・情報
 八幡市・宝寿院・阿弥陀如来立像
 長野市・善光寺・阿弥陀如来立像(2)
 長野市・善光寺・阿弥陀如来立像(1)
 甲賀市・玉桂寺木造阿弥陀如来像
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする