ミャンマー領事館は帝国ホテルに隣接する帝国アネックスという、帝国ホテル直営のスポーツクラブのビルの一階にある。
とってもブルジョアなところだ。
よくよく考えてみれば、帝国ホテルのようなハイソな場所に市バスで行く奴などいないことくらい早く気がつくべきであった。
やっと帝国アネックスの前まで来たのはいいが、入り口がわからない。
ガイドブックに書いていた住所によると、確かこの建物の一階に領事館があるはずだ。
しかし、ぱっと見では玄関らしいものが見当たらない。
そして、よくよく目を凝らして探してみると、お情け程度の小道が、前庭の植え込みから建物方向に続いているのを見つけた。どうやらここを訪れる客はハイヤーかBMWやメルセデスなどといった高級車でそのまま乗りつけるようになっているようなのだ。だから徒歩の客用の入り口はショボイらしい。
ますます市バスカーストの私などには縁のないところだ、と思わざるを得なかった。
整備された小奇麗な芝生と庭木。
美しくゴージャスな建物。
静かな雰囲気。
なにもこそこそと警備員の視線を気にしながら小道を歩く必要はないのだが、徒歩で建物に向かう貧乏人は私一人しかおらず、どことなく九回の裏、逆転ホームランを浴びて救援に失敗したリリーフエースのような心境でアネックスの中へ入って行ったのだった。
建物の玄関脇に「ミャンマー政府観光局」というサインを見つけたときは嬉しかった。人類未踏の雪山へ初登頂に成功したような感じだった。
やっとたどり着いたと一息つき、さて、いよいよビザの申請だと意気込んで事務所の玄関口に回り込むと、入り口の扉には一枚の張紙が掲示されていた。
「九月十一日に発生いたしました同時多発テロのため、安全を考慮し、暫くの間、大阪総領事館の業務を休止いたします。ご用のある方は東京のミャンマー連邦大使館へお越しください。」
なんてことだ。
せっかく仕事をサボって、市バスやJR線を乗り継いで、大阪市内を彷徨し、苦心惨憺してここまでやって来たというのに「業務を休止」?。
言うべき言葉を失い私は暫し唖然としていた。
我に返り、人の気配を感じて傍らを見やれば、私と同じ年格好の男が手に鞄を持ち呆然と張紙を見つめていた。
ご同慶の至りである。
しかし、どうして「九月十一日」なのか。
ミャンマーという国が、イスラム原理主義テロ集団アルカイダから狙われるということは考えにくい。
どちらかというとミャンマーは、やれ人権がどうの、やれ軍事政権がどうのこうのと、日頃米英にいじめられている立場である。ということはアルカイダから同情されることはあっても、攻撃される心配はないはずだ。
しかも三年近くも前の事件で未だに休止されているということは、それを理由にして財政緊縮の一つにし経費を削減しているとしか考えられない。
もうこうなると腹を立てようが、地団駄踏もうがどうすることもできないので、私は肩を落としてトボトボと帰るより仕方がなかった。
でも、どうしよう。
航空券はすでに購入しており、しかも今回は現地旅行社にガイドさんの手配をしてもらっている。
出発は一ヶ月後に迫っており、東京の大使館へ郵送でパスポートや申請書類を送り、受領後大阪に送り返してもらうには、若干期間が短すぎるような気がする。
どこかで手違いがあればビザはおろかパスポートも手元にない、などという不測の事態が発生しかねないのだ。
料金も東京に郵送でビザ申請すれば手数料や送料などを含めて六千円から七千円がかかり、旅行社に頼むと一万二千円から一万五千円もかかってしまう、ということがわかった。
それに今さら予定の変更などできない。
このせち辛い世の中で、ゴールデンウィークでも盆暮れの休日でもない普通の日に、遠慮しいしい連続休暇を申請しているというのに、予定変更で再申請したら、どんな皮肉を言われるかわかったものではない。
下手をすると「休暇取りやめ。ボーナス大幅カット。トイレ掃除して。」などと言われかねない。
そこで私は、ガイド手配を依頼した現地旅行社にアライバルビザが取得可能かどうかを問い合わせたのだ。
するとヤンゴンの空港でのビザ取得は可能で、料金は六十USドルだという。
ミャンマーの物価から考えるとえらくバカ高だが、私は直ちに、このアライバルビザを申し込むことにしたのだった。
つづく
| Trackback ( 0 )
|