<新・とりがら時事放談> 旅・映画・音楽・演芸・書籍・雑誌・グルメなど、エンタメに的を絞った自由奔放コラム
宇宙エンタメ前哨基地



品川駅のすぐ近く。東京汐留の電通本社の一階というか地下一階というか、そこに日本で唯一の広告ミュージアムがある。
今週末までアメリカの広告黄金期ともいえる「マディソン・アベニューの履歴書」という特別展が開かれていて、「これは面白そう」とばかりに訪れてきた。
テレビの初期。
アメリカで数多くのCMが生まれて、それが現在の広告の基礎になっている、その展示会だ。

白黒画面に映しだされる数々の昔の広告は、ユニークで、それでいて現代でも通じるような説得力があり、見ごたえ充分だった。

実は、この特別展を観に行って最も驚いたのは、この展示会の内容ではなかった。
展示の内容ももちろん素晴らしく、閉館間際に訪れて時間不足であったことをものすごく後悔する見ごたえ十分なものなのだったが、私には各展示の内容を解説するシステムに「iPad」が使われていたことが最も強く印象に残ったのだった。

各展示の要所要所にスタンドを付けて立ち位置で操作できるように固定状態で設置されたiPadでは、各クリエーターの各作品の詳細や、クリエーターごとの代表作が検索できるようになっていた。
従来の「ポップに書かれた説明書き」とは明らかに異なる「操作性」と「娯楽性」と「インパクト」は、ミュージアムにおける鑑賞の方法も変えてしまうのではないか、と思ってしまう斬新さがあった。

「さすが、広告のミュージアム」

と、感心した。
ただ、感心しているだけでは勿体無いので、この手法を自分の仕事にも是非とも使ってみたいと思ったのは言うまでもない。

数ある美術展を訪れて、美術展の手法に感動したのは初めてで、しかも、それを参考に自分もやってみたいとなったのも初めてなのであった。

iPadを使った解説検索手法は美術展だけではなく、図書館やショールーム、ショッピングモール、道案内、と応用範囲は様々で、従来いろんなシステムメーカーがめちゃくちゃ高額なシステム製品を販売していたのを駆逐してしまうような威力がありそうに思えた。

もしかすると、アドミュージアムの「マディソンアベニュー.....」の展示会は、iPadの利用法展示会だったのではないか、と思えたほどなのであった。

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武富士が倒産するのだという。
消費者金融も儲からない時代になったというか、上手に逃げおおせたとういか。
やはりそこは因業稼業。
奥の手出して逃げた、というのが真実なのだろう。

そもそも消費者金融から金を借りなければならないという立場に陥るということ自体、ある意味普通ではない。
金利は高い。
ニコニコ顔(TV CM)でお金を貸してくれるところほど、あとで怖いところはない。
ましてや消費者金融は古い言葉で言えば「高利貸し」。
普通の商売とは、ちと違う。

その普通ではない借り手と、高利貸しという普通ではない貸し手の仲を取り持つことなどできるわけないのに、グレーゾーン撤廃に関する法律と判例ができてしまい、高利貸しは合法的に儲ける手段を喪失。
多くの高利貸しは銀行の傘下に入って延命策を講じた。
但し、ブラックな前科があると表づら「クリーンな金貸し」銀行は敬遠するので、盗聴歴のあるようなところは排除された。

それでも「高利貸し」。
自分のお金を守るには手段を選ばない。

会社更生法の適用で「過払い返還」を削減しよう。

因業稼業の行動力には恐れ入るばかりだ。

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「クラウド」という言葉に匹敵するぐらい、分かっているようで分かっていない言葉が「スマートグリッド」。
テレビのコマーシャルで度々見かけるとっても気になる言葉なのだ。

最近ソフトウェアがらみの仕事を結構していて「クラウド」の方は理解できているつもりでいるのだが、「スマートグリッド」がよくわからない。
もし、
「スマートグリットって何?」
と訊かれたら、
「スマートなグリッドだよ」
程度にしか答えることのできない知識しか持ちあわせておらず、
「結局よくわかってないんだ」
と言われるのがオチのような理解力なのだ。

その、ヒジョ~に乏しい知識を十分に補って余りある解説をしてくれるのが横山明彦著「エネルギー新書スマートグリッド」(電気新聞ブックス発行)だ。

スマートグリッドは最近一般にも使われ始めた、もともとかなり専門性の高い言葉のようだ。
だから、
「スマートグリッドってスマートなグリッドだよ」
ぐらいにしか私たちには説明できないのも尤もといえなくもない。

そもそも言葉からエリアを区切ってエネルギーを節約するような技術、というような印象だとか、太陽光発電なんかと関連あるような技術だとか、漠然なことはイメージできる。
でも実際に本書を読んでみると、スマートグリッドは一種のアルゴリズムに基づいたエネルギー調達技術であることが理解できる。

で、それは何かと言われると、またまた悩むわけだけれども、情報技術をもってして需要と供給のバランスを瞬時に処理して様々な発電方法をそれぞれに相応しい方法でもって運用する、えらくややこしいが、今後のエネルギーインフラの主流になっていくシステムのようだ。

本書を読んで初めて気がついたのだが、発電方法には一定の能力で電力を産み出していく技術と、自然の諸条件に影響されながら常に変動する電力を生み出す技術があり、これを制御し、無駄をなくすのが極めて難しいということ。
確かに、効率がよいという原子力は微調整が効きにくいだろうし、太陽光や風力は天気に影響される。
これらの発電技術を組み合わせると、必要量に足りないこともあるかもしれないし(停電)、多いことがあるかもしれない。(エネルギーの無駄)

とりわけ余ったエネルギーを貯める技術が難しく、それを解決するためのひとつの方法がプラグインハイブリッド車や電気自動車の充電だと知り、どうりで、最近プラグイン何々という言葉がよく聞かれるわけだと、と納得したわけだ。

ということで、こういう事を書いていてもなかなか分かりにくいスマートグリッド。
でも、それに関連するビジネスチャンスはたくさんあるようで。
まずは家庭のエネルギー有効活用から。


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私は旅することが大好きで(注:仕事の出張は除外)、暇があれば国内国外、その方面を問わずあちこちに出かけることにしている。
国内であれば最近のお気に入りは四国方面で、国外はもちろん東南アジア。
なかでもミャンマーが大のお気に入いだが、タイやベトナムなんかも大好きな国だ。

これらの国の共通するところは仏教国。

東南アジアの国々には仏教をメインの宗教としている国が少なくないが、おりわけインドシナ半島における三つの大国はお釈迦様を通じて日本と価値観を共有する部分が少なくない、と感じることが多い。
もちろん、日本と同じ大乗仏教国はベトナムだけ。
あとのミャンマーやタイやラオス、カンボジアなどは上座部仏教なので、そのスタイルはかなり異なるが、子供の頃からの家庭での教育はある程度共通するらしく、その民族の「優しさ」になにやら共感を覚えることが少なくない。

もう一つ、共通しているのが、どの国も歴史上中国に悩まされてきたといこと。

タイの人口の大多数を構成するタイ人はもともと雲南省にその出自があって、漢民族の南下に圧されて今の場所にやってきたというし、ミャンマー人は同じくチベット自治区あたりから押し出されてやってきた人たちだ。
さらにベトナムというえば言うまでもなく、彼らの歴史はいかに中国からの横暴に耐えて、拒絶し、自身の国を建設するかにあった。
近くは中越戦争で戦って、1980年代は華僑の追い出しに奔走した。
ボートピープルの多くが追い出された華僑であったことを日本人の多くは知らなかった。

そんなこんなで中国には重度のアレルギーも持っており、ミャンマーなんかは可哀想に頼る西側国家が日本しか無いにもかかわらず、日本が欧米追従型の愚かな政治しかできないので、大嫌いな中国やインドに頼り始めたというのが、最近の情勢だ。

中国アレルギーというと回教徒の国インドネシアは何年か前に大規模な中国人追放デモが展開されたし、マレーシアはとっくの昔に華僑だけを集めてシンガポールに押し込んだ。
なんだかバラバラのフィリピンにしてもしかりで、華僑系大統領は尊敬されない最後を迎えた。

このように見てみると東南アジア諸国の情勢は、今、日本が抱えている対中国の情勢に酷似している。
そして、これら東南アジア諸国に共通するのは嫌中国と反対に、親日という特徴を持つこと。

ということで、中国にへいこらしないためにも東南アジア諸国との連携を緊密に環中国連合(もちろん中国と朝鮮半島の二国は含みません)の結成を。
人口数億の価値観共有の連合体の力は侮れない。

ちょうど「暴力団事務所対策には周辺住民の団結が大切」というのと同じことだと思うんですが。
いかがですか?

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中国の国を上げての横暴ぶりには驚くばかり。
こういう国を隣に持ってしまっている私たちは、正直いって不幸ということができるだろう。
しかしそれ以上に、それに対して毅然と日本精神をもって立ち向かうことのできる政治家および役人のみなさんが存在しないということが、もっと不幸だといえるかもしれない。

そんなアホな現代日本人を尻目に130年前にもう「中国と付き合っても意味が無い」と結論づけた日本人がいた。

福沢諭吉。
10000円の肖像画。
「脱亜論」がそれだ。

昭和20年を境に日本人は「それ以前の出版物や思想は悪」と勝手に決めつけており、脱亜論でさえ学校で教わることはない。
しかし、福沢諭吉の主張は一世紀の時を経てもなお、色褪せることがないから驚くのだ。

こういう国と付き合うのは日本の不幸であり、例えば、善悪の価値観さえ崩れてしまうことがある。
その崩れた証拠の一つが役人の堕落。
検察官が平気で偽の文書を作成し、ウソをつき、他社を貶める。

文革時代の中国と同じことが、小さいながら日本で展開されているのだ。
マスコミによる過剰なまでの用語規制による言論封鎖。
タブーの封印。

中国人船長の釈放も癪に障るが、それにも増して日本人が中国人化してくることに腹がたつのだ。

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大阪天保山の代表的なアートスポット「サントリーミュージアム天保山」が閉館されるというニュースが流れてもうすぐ一年。
安藤忠雄設計の建物で、開催されるアートエクスビジョンも優秀なものが多く、

「あ~、なんちゅうこっちゃ、大阪のアートスポットがこれまた消える」

と悲嘆に暮れていたら、閉館後の行き先がきまったと先週報じられた。

「サントリーホールディングスは休館するミュージアムを大阪市に寄贈すると発表」

なんとなく、そうなるんではないかと思っていたら、そのとおりになった。
大阪本社のサントリーが東京のサントリー美術館を残して天保山を簡単に潰してしまうなんて。
今後、山崎も、オールドも、角瓶もトリスも(だんだん安もんの酒になっていってますけど)飲んでやらないぞ、と思っていたところで、大逆転。

そもそも、大阪市立の文化施設には寄付されたものが多く、代表的なものが現在の大阪城。
昭和のはじめに「天守閣を復活させよう」と市民の寄付で建築費が集められ建設された。
尤も、大阪市民の寄付、ということになっているのだが、大半は住友家が出していると言われており、大阪城は秀吉の手で開かれて、今は住友が建てた大阪城が街の真ん中にそびえているというわけだ。

さらに住友が寄付した建物は他にも多く、古くは天王寺公園の敷地、新しくは安宅コレクションをまるごと引きとってそのまま住友が建設して市立にした大阪市立東洋陶磁美術館が挙げられる。

ということで、サントリーも大阪の会社だったというわけ。
自前の美術館は全額寄付。
しかも7億円の運営資金とロートレックなどのポスターコレクション付き。
至れり尽くせり。

と、思うものの、CMやイベントもトップのサントリーが経営する美術館から、自治体が運営する美術館へと。
なんとなく、オシャレのレベルが下がるのではないか、と思われてならないのだが。

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初めてミャンマーと言う国に接したのは、もう10年ほど前のこと。
タイのチェンマイから現地の旅行社が企画していた日帰りツアーに参加してメイサイという街を訪れた時のことだ。

チェンマイから国道を北北東に向って3時間。
途中、メコン川をクルーズしたり、メコン川に浮かんだラオス領の小さな島に上陸したりしてゴールデントライアングルを楽しんだ。
メコン川から眺めるミャンマー側の印象が妙に乏しそうに見えたのが印象に残ったまま、メイサイへ入った。

国境の町メイサイは結構大きな街だった。
商店が建ち並び立派な寺院も見られる。
ミャンマー領である隣町タチレイとは小さな川を挟んで向かい合っていた。
タイとミャンマーの国境の検問所はその川に橋のように架かっていた。

検問所は大勢の人々が行き来し、かなり活気がある。
時たま封鎖されることもあるということだったが、今は平和で人の流れも活発だ。
私がその人の流れをポカーンと眺めていたとき、

「ミャンマーへは10ドル払うと日帰りの入国が許可されますよ」

とガイドのアンさんが英語で言った。
そして、

「どなたかミャンマーに入国したい方はいますか?」

と訊いてきたので喜び勇んで手を挙げたら、上げたのは私だけなのであった。

「他に、どなたかいらっしゃいません?」

とアンさんは再度訊いたが、みんな無関心。

「せっかく、ここまでなにしに来たんじゃ」

と、他のほとんどが白人の観光客に思ったものの、結局国境越えツアーの志願者は私一人なので、ミャンマーへ入境するのは中止。

一方、ミャンマーに行きたくてしようがない私は、自由時間に思いきって国境を越えて、こちら側(つまりメイサイ側)から見えるミャンマー側の商店やレストランに買い物に行って、戻ってこようと思った。
すると、

「一人で勝手に行かないでくださいね」

とアンさんに釘を刺されてしまったのだった。
勝手に一人で行って、悶着を起こされると困るからだとは思うのだが、せっかくミャンマーというかつてビルマと言われていたちょっとかわった国に入国できるチャンスを逸して、私は非常に残念に思っていたのだった。

私がヤンゴン発ヘイホー経由でタチレイにたどり着いたのは、それから数年後のこと。
尤も、タチレイは空港だけで、そこからさらに30分ほど飛行してチャントンという街に行った。
チャントンはかなり裕福な雰囲気の漂う大きな街なのであった。
ミャンマーにしては舗装されて比較的美しい道路が街の真ん中を貫いていて、南へ走るとタチレイに出る。
街の中にでは頻繁にタイのナンバープレート付けた自動車が走っている。
新車、コンディションの良い車は、たいていタイから国境を越えて入ってきた自動車だ。

飛行機で30分くらいだから、自動車で移動しても大して時間はかからないのだろうと思って、ガイドのTさんに、

「タチレイからここまで自動車で来たら何時間ぐらいかかるんですか?」

と訊ねたところ、

「12時間ぐらいかかることもあるんですって」

とヤンゴン在住のTさんは、地元のタクシードライバーに訊ねて答えてくれた。

「12時間!」

とビックリする私に、

「人身売買が多いので、こことタチレイの間には何ヶ所も検問所があって、そこを通過するのに時間がかかるんですって。それに必要な書類は、こんな厚さになるそうです」

とTさんは指で2センチぐらいのすき間を作って見せてくれた。
なんでもタイの売春宿で仕事をさせるためにシャン州の乏しい女性達を売り買いする組織が存在するというのだ。
シャン州の人口の大半を占めるシャン人は、いわゆるシャム人。
つまりタイ人と同系の人たちになるので、言葉の問題や民俗的アイデンティティを考えるとミャンマーよりもタイに近いのかも知れない。
などと思ったりした。

で、Tさんが言っているように、そんなに厚くなるくらい書類は必要ないだろうが、往復すると何十枚もの書類が必要になるのは確かのようだった。

年に一度、ロードサイクルのレースも開かれるというこの道路で、大変なことだな、と感心していたが、それは私の認識不足であったことが恥ずかしながら、やっとこさ気付いたのであった。

高野秀行著「アヘン王国潜入記」(集英社文庫)を読むと、このチャイトンの街が、実は「ゴールデントライアングル」における重要な街であったことに気付いたのだった。

タチレイからチャイトンに至る国道に多数設置された検問所は「人身売買を監視する」検問所ではなく、「麻薬の取引を監視する」検問所なのであった。
そしてチャイトンが裕福な街に見えるのは本当に裕福であって、その富は、今は違うと確信したいが、かつてアヘン取引で賑わったことのある街だからではないか、と思ったのだった。

今思うと、この高野秀行の著書を読んでからチャイトンを訪問すれば、もっと別の見方をできたのではないかと悔やまれる。
チャイトン周辺はトレッキングをするには持って来いの場所で、空気は奇麗だし、熱くないし、ミャンマーにしては食事も美味しいし、という、の~びりするにはピッタリのところなのだが、その裏の歴史を知ると、もっと何か学べるものを発見できたのかもしれない、とも思った。

私は一般旅行人なので著者のような冒険旅行をする自信はないけれども、「アヘン王国潜入記」はミャンマーという国を訪れる前には是非とも読んでおきたい一冊であることを発見した。

もう一度、チャイトンへ行って見たいが、なかなか行けないのが辛いところだ。



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大阪弁護士会といえば、かつて、
「ばっふぁモ~ン!(馬鹿者の意)」
とマスコミに向って叫んでいたオウム真理教を担当した横山弁護士の所属していた弁護士会だ。

そのばっふぁァモ~ン弁護士会がステートメントを発表。

「橋下弁護士の弁護士業務停止2ヶ月。理由は弁護士の品位を落としたから」

さすがばっふぁモ~ン弁護士を擁した大阪弁護士会。
ドラえもん弁護士と、辣腕大阪府知事を天秤にかけてドラえもん弁護士をとった。

光市の母子殺人事件裁判には国民の怒りが爆発。
その怒りを代弁したのが当時タレント弁護士であった橋下知事。
誰もが考えたことを正々堂々とテレビで述べて、それが弁護士の品位を台無しにするのであれば、今の大阪弁護士会はそのまま品位がないと断言せねばならない。

マスメディアは第三の権力であり、言論機関であることにかわりはない。
その中で発言された内容については発言者がきっちりと責任をとるのは当然だが、今回の判断は一般市民の感覚からは大きくずれた内容で、一部の「市民団体(代表者非公開)」による抗議に屈して弁護士会が知事に対して処分を起こした格好だ。

もしかすると大阪弁護士会は反橋下知事派なのか。

弁護士の品位が問われる昨今、弁護士会ごとマヌケなステートメントを発表した今回のトピック。
いかに弁護士という職業が裁判官や政治屋同様、庶民感覚とかけ離れているかという証拠でもある。

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以前から不思議に感じていることがある。
それは、
「どうしてバーや喫茶店の氷はなかなか溶けないのか」
ということ。

家の冷蔵庫で作った氷は見る見る内に溶けてくる。
ハイボールを作っても、
バーボンのロックを作っても、
アイスコーヒーを作っても、
すぐに氷が溶けてしまうのだ。

その結果、
ハイボールは腑抜けのソーダ水へと変化し、
バーボンのロックは水割りに変化し、
アイスコーヒは上下で層ができて分離するのだ。

ところがバーの氷は溶けにくく、ロックを注文して出てきても、バーボンが水割りになることはほとんどない。
水割りになるまえに飲んでしまうことも影響しているが、私は一人で飲むことはないので、人とおしゃべりを楽しみながら時間が経過しても氷はほとんど原形をとどめているので、「もしかすると溶けない氷なのか」とあり得ないことを想像してしまうこともある。

サーティワンのアイスクリームや新幹線で販売されているスジャータのアイスクリームも溶けにくい。
これは、これらアイスクリームが出荷前にある一定時間超低温であるマイナス30度の冷凍庫で保管され、カチカチに凍らされることに秘密がある。
なぜそんなことを私が知っているのかは別として、移送中の品質を保つためには必要な措置であるらしい。

もしかするとカフェやバーの氷は超低温で作られて、それをグラスにポチャンと入れているのかも知れないが、カフェやバーに大学の研究室で使用するような超低温の冷凍庫が置かれているとは思われず、考えれば考えるほど、謎は深まるのである。

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クレージキャッツのトロンボーン奏者谷啓が亡くなった。
享年78歳。
新聞記事によると階段から足を滑らせて頭部を強打。
脳挫傷で亡くなったのだという。

これでクレージキャッツのスターは全て亡くなってしまったことになり、避けることのできない時間の流れながら、なんとも寂しい限りと言わざるを得ない。
まさにガチョーン!なショックなのだ。

しかし、実際のところ、私のような40代半ばの世代にはクレージキャッツはクレージキャッツとしてそんなに親しみを持っている世代ではない。
どちらかというとクレージーを手本に活動を始めたドリフターズ世代というのが私たちだ。
だから、「8時だよ全員集合!」は見ていたが、それが「8だよ、出発進行!」になると、なんとも見る気を失ってしまったことを今もありありと思い出すことができる。

植木等や谷啓はクレージーのメンバーというよりも、俳優さんとしても記憶の方が強いタレントさん達だ。

とはいえ、時代の流れ。
ここ最近、子供の頃からいつもテレビの向こう側で私たちを楽しませてくれた人たちが一人一人と星になっていくことに、強い寂寥感を覚えるのも、私だけでないことは間違いない。

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