萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

休日雑談、嵐の日

2019-10-12 23:01:24 | 雑談
台風の今日、家にずっといたんだけど、
のんびりしようかなー思ってたんだけど、でも実際は書類作成×メールやり取りで、
そんなこんな在宅でもアレコレしているうちに午後になり、雨風の咆える窓は夜になり、

っていう合間に小説ヒサシブリにUPできた、笑
ホントひさしぶりだなー思って直近更新履歴を見たら=4ヶ月ぶりで、
その前は2月下旬=8ヶ月も前だった、

うわーそんなに慌ただしかったんだなあ、半年以上?

なんて実感アラタメテ更新履歴に眺めて、
そんな夜に台風いつしか音から鎮まって、風も雨も小さくなって、
こんな無事アラタメテ感謝する机かたわら、悪戯坊主まっしろもふもふ丸く眠っている。

パソコン仕事×好きなコト、もふもふ白い猫、デスクとソファ。
なんでもない風景、どこにもある話、だけど幸せ×感謝ただあったかい。


できるだけ無事に、どこも誰も。
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第86話 花残 act.8 side story「陽はまた昇る」

2019-10-12 17:28:00 | 陽はまた昇るside story
駈ける、
英二24歳3月末


第86話 花残 act.8 side story「陽はまた昇る」

鬱憤晴らし、そんな想いが駈ける。

『鷲田君が警視庁を受験したとき、宮田次長検事のお孫さんだと話題になったよ。司法試験を首席合格している君が何故だろうとね?』

言われた声が軋んで揺れる、事実だから。
言われたまま祖父二人、二人の孫であるという事実。
その事実が自由も監獄も与える、それが自分の世界で現実、だから選んで生きたいとあがく。

「宮田、用意はいいか?」

ほら現実が自分を呼ぶ、生きたいとあがく場所で。
こんな瞬間また可笑しくて、英二はさらり笑った。

「はい、」

返答の先、隊帽の鍔から視線うなずく。
上司の眼ざしから見あげた先、コンクリートの壁が聳える。

―2年前なら俺、これを登るとか思いつかなかったよな?

三月から四月、季うつろう今の二年前。
もう遠くなった時間を見つめる訓練場、上司の声が響いた。

「フリーの一本勝負でいいな?日暮れが近い、」

ザイル垂れたコンクリート壁、その根本に隊長の声が響く。
薄暮あわい訓練場に隊服姿たちシルエット沈む、春の夜が帳をおろす。
グラウンドも機材も藍色ふかく墨染められて、けれど隣の男は言った。

「三本いけます、僕は。」

まっすぐ低い声が徹る、その視線が自分を見る。
澄んだ眼ざし夕風を刺す、そんな視界に声たち波立つ。

「ほら…さすがの佐伯だ、」
「かなり夜目が効くらしい…芦峅寺生まれ」

声たち紡ぐ単語が嫉ましい。

“佐伯、芦峅寺”

山に生まれた者の名前、それを隣の男は持っている。
その視線まっすぐ刺される感覚に、心裡じくり滲んだ。

―そういう佐伯だから俺が嫌いなんだ、俺も嫉妬してるしな?

この自分が得られないもの、生まれ、育ち、山に育った時間。
それから真直ぐ澄んだ鋭利な眼、こんな羨望すべてと微笑んだ。

「私は何本でも、黒木隊長の指示に従います。」

ここは警視庁山岳レンジャーの練習場、所属部隊の指揮下に自分はいる。
あくまで指揮下に動く、警察官なら当然の返答に上司は言った。

「登下降一本、二本めは下降なしだ。上で待て、」

指示が下る、ハーネスかちり締め直す。
登山靴の踵、足裏、違和感どこにもない。

「はい、」

応えて、けれど視線はザイルの先を見る。
見あげる空はるかコンクリートあわい朱色、壁、その涯に頂は?

「…宮田さんと佐伯か、」
「どっちが勝つか…」
「佐伯くんはすごい…でも宮田さんは」

夕闇しずむ訓練場、声さざめいて名を呟く。
並べられる名前はザイル並べて、同じ壁を今駈けあがる。

―ゲレンデなら佐伯に今は勝てない、でもこの壁なら俺が慣れている、

奥多摩の雪嶺、佐伯は速かった。
自然そのまま山稜をゆく、その姿は山に融けていた。
あの健やかな脚に、強靭な腰に、広やかに厳つい肩に嫉妬する。

山に生まれて山に生きてきた、そんな山の人生そのままな男。

「宮田、佐伯、いいな?」

上司の声が壁に響く。
夕闇ふっと音が消えて、名前ひそやかに敲いた。

「…国村さんの次はどっちだ?」

誰の声だろう?

「っ、」

号令かぶさる、駈けだす。
登山靴の底がしりコンクリート掴む、グローブ透かしザイル軋む。
腓骨筋こめられ視界が上がる、腓腹筋のびやかに壁なぞる駈けあがる。

―上だ、

手繰らすザイル掌なじむ、グローブ越し硬度しなやかに確かに支えてくれる。
靴底にコンクリート刻んで駈けて、頂を踏んだ視界あざやかに緋が染めた。

―きれいだ、

緋色の日没が爪先そめる、残照そのまま下降する。
コンクリートの闇から風ふきあげ頬を切る、その陰翳から声さざめく。

「同時だ!」
「差がないぞ」

靴底の闇が言葉さざめく、その意味がちり奥歯を噛む。
だって「差がない」んだ?

―佐伯は俺の前に何本やったんだ?あの浦部とも、

あの浦部とも競って勝った男、その前も前も競い登攀している。
そんな男が今この自分と互角に登り降って、その実力差に唇が哂った。

―ただ勝てばいい、

勝てばいい、こんな条件下でも。
ただシンプルな欲望と地面を踏んで、蹴り跳ねた。

「2本め!」

誰かが叫ぶ、ひつとは黒木の声だ。
あの上司で先輩の男も勝利を願っている、唯ひとつ名前のためにも。

―黒木さんも国村が特別なんだよな、だから第2小隊として負けたくない、

国村光一、元警視庁山岳レンジャー第2小隊長。
そして警視庁山岳会のエースだった男、その背中に憧れたのは自分だけじゃない。
あの男に憧れた、この同じ想いに男たちが見あげている、その視線が自分の足を背を敲く、登らせる。

「宮田がリードだ!」

声が叫ぶ、期待と憧憬に懸けた想い。
こんなふうに人を背負い駆けることは、2年前の自分は知らなかった。
それでも今この肩を風が吹きあげる、登山靴の底から夜風は追いかけ押し上げ頂を指す。

―あと3歩、

グローブの手が頂に届く、頬なびく風が上から吹く。
あと2秒、その刹那にザイル撓んだ。

「っ、」

ザイル弾む、靴底ぐらり壁こする。
グローブの掌コンクリート擦れて、その指先ふれた金属つかんだ。

「ぉおっ!」

喉が吼えて右手が軋む、指ふかく掴んで腕が肩が唸る。
右腕ぎしり体重つかんで、曳きつけた壁どさり肩を腰を乗せた。

「は…ぁっ、」

呼吸ひとつ、コンクリート冷たく頬ふれる。
冷たさ隊服ゆるやかに浸す、乗りあげた視界は墨色あわく緋が名残る。

「宮田だ!」

声が上がる、自分を呼ぶ。
声たち遠く聞こえて、近くコンクリートが響く。

たんっ、

コンクリート敲く硬い共鳴、それから微かな匂い。
かすかに苦い、深い、
この匂いは知っている、けれど親しくない気配に身を起こした。

「…、」

気配は無言、ただ視線だけが闇を透かす。
その眼は睨んでいるだろうか、嗤っているだろうか?

―あれは“ザイルが”たわんだ、風じゃない、

5秒前の感覚そっと反芻する、心裡ひそやかに蠢く。
この訓練場に自分に起きたこと、その原因が自分を眺めてくる。

『僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?』

奥多摩の雪に言われたこと、その声が闇から自分を見つめる。
日陰名栗峰の遭難現場だった。春の雪深い尾根、まっすぐな瞳は静かだった。
それから2度めは送別会の席、そこで見た雪焼さわやかな笑顔は明朗で、まっすぐな山の男。

まっすぐな瞳まっすぐな笑顔、それでも、ザイル“が”撓んだ。

『佐伯のヤロウとんでもないぞ?』

帰寮して黒木に言われたこと。
あの言葉また違う意味で肯けてしまう、こんな事態に。

「は…っ、」

ほら?口元が笑う、こんな事態が可笑しい。
こんなことが日常になるのだろう、その現場で英二は夜を仰いだ。

「…星だ、」

視線はるか先、銀色ひとつ瞬きだす。
もう夜だ、そんな壁の風あわく花が香って、桜ひとひら白く舞った。

※校正中
(to be continued)
七機=警視庁第七機動隊・山岳救助レンジャー部隊の所属部隊

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