萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk87 安穏act.24 ―dead of night

2018-06-09 07:06:00 | dead of night 陽はまた昇る
家影の燈火 
英二23歳side story追伸@第6話 木洩日


secret talk87 安穏act.24 ―dead of night

火照る額、おだやかな香そっとふれる。

ほろ甘い深い香ひそやかな空気、やわらかな静謐くるみこむ。
ダークブラウンなめらかな廊下しんと涼む、おだやかな夜に英二は息ついた。

「…いい家だよな、」

ひとりごと一滴、洗い髪かきあげて指から涼む。
頬ふれる冷たさ優しい空間、どこか時が止まって想える。

―亡くなった時から止まってるのかもな、

時が止まる哀しみ、そんなものがあるのかもしれない。
自分は知らないけれど。

―それだけ愛情がある、ってことなんだよな…この家は、

愛し愛された、そんな主の死因は殉職。
そんな現実どれだけ重いか自分は知らない、それだけの愛情を知らないから。
知らないから知りたくなるのだろうか?想い見つめる夜の回廊、やわらかな声が呼んだ。

「宮田くん、お風呂でたならどうぞ?」

扉かすかな軋み、光一条あわく射す。
開かれたリビングに素足スリッパ運んで、からりグラスの氷が鳴った。

「麦茶よ、好きかな?」
「はい、いただきます、」

受けとった掌ひんやり、涼やか滴る。
ガラスまとう雫に琥珀色きれいで、口つけた涼感に黒目がちの瞳が笑った。

「宮田くん、手持ち無沙汰でしょう?こんなのどうかな、」

テーブルの上、分厚く大きな一冊さしだされる。
促されるまま開いたページ、白い華奢な指そっと示した。

「これがね、周太」

ことん、心臓ふかく挿す。

―これが湯原?

黒目がちの瞳くるり、写真から見あげてくれる。
黒髪くせっ毛やわらかに風ゆれる、半袖シャツ華奢な腕やさしい。

―透明感っていうか繊細っていうか…女の子みたいだ、

あいかわらず睫が長い、けれど眉は今より優しくて印象やわらぐ。
今よりずっと幼い貌あどけない、屈託のない明るい可憐に言われた。

「結構、かわいいでしょ?」
「いや、かなり可愛いです」

唇こぼれて、自分で可笑しい。
こんなこと自分が想うなんて?

「そうでしょう?ほんと自慢の息子なの、」

黒目がちの瞳が軽やかに微笑む。
屈託ない誇らかな愛情、その瞳が眩しい。

―こんなふうに息子のこと言えるんだ、この人は、

大切な一人息子を見守る、そんな視線が綺麗だ。
こんなふう自分も見つめられたなら、この写真たちのよう笑えたろうか?

―きれいだな湯原…明るくて、素直で、

ページ捲るたび快活な笑顔きらめく。
すこし羞んで、けれど明るい素直あふれて心臓ふかく刺す。

―こんな顔も出来るんだ、ほんとは湯原?

かわいい、唯それだけ美しい優しい写真たち。
こんな貌で笑っていた、それなのに笑顔は消えた。

「…ぁ」

言葉そっと呑みこんだページ、硬い瞳だけが見つめてくる。
遠足、入学式、射撃大会の授賞式、嬉しく楽しいはずのシーンも笑顔は無い。
微笑んだ写真はある、けれど屈託ない笑顔は一頁その後から無かった。

「主人がね、亡くなった後なの、」

おだやかなメゾソプラノ静かに微笑む。
その黒目がちの瞳おだやかで、けれど寂しい。

“拳銃で人が死ぬ事なんて、無いと思っている”

寂しい瞳が思い出させる、息子そっくりで。
彼女の息子が吐きだした現実、それが写真に映りこむ。

―拳銃で死ぬんだ人は…心も、

君の笑顔は死んだ、一発の銃弾で。

父親を殺害した銃弾、その一発に屈託ない笑顔も壊れた。
そうして母子が背負わされた喪失感は苦しい、どんなに辛い?

―もう一度こんなふうに笑わせたい…湯原、

願い繰るページの写真たち、ただ時を静かに語る。
もう失った存在と笑顔、そんな全て取り戻せない。
それでも、新しく得るものが心満たせるだろうか?

―なにが出来るだろう俺…って俺なに考えてるんだろ?

なにかしたい、君のために。

こんなこと考えるなんて初めてだ、こんな自分だろうか?
思案ぼんやり眺めるページ、やわらかな声が言った。

「でもね?最近は周ね、けっこう笑うようになったと思うわ、」

告げる黒目がちの瞳が見あげてくれる。
どうしても似ている眼に言われて、聴いてみたくて笑いかけた。

「どんな時に湯原、笑うんですか?」

その「時」を真似たら、君はもっと笑うだろうか?
願い問いかけた真中、そっくりな瞳くるり笑った。

「宮田くんの事ね、話す時によく笑っているわ、」
「え、俺ですか?」

すぐ訊き返して、似ている瞳くるり笑う。
その言葉が事実なら嬉しい、でも本当だろうか?

―どんな顔で俺のこと話してくれるんだろ、湯原?

笑って話してくれる、その貌を見てみたい。
ぼんやり想うページ、ぱたん、アルバムは閉じられた。

「おかあさんなに見せてるんだよ…もう、」

はたり、雫一滴テーブル敲く。
濡れ髪ゆるやかなクセっ毛が光る、波うつ黒髪に頬が赤い。

―あ、湯上りの湯原だ、

風呂をすませたばかり、そんな横顔なめらかに薄紅そめる。
頬やわらかな薔薇色きれいで、見惚れるままメゾソプラノ笑った。

「可愛いから見せたかったのよ、ね?」

朗らかな声きらきら微笑む、その華奢な手またアルバム開く。
開かれたページに彼女は微笑んで、そんな母親に君が唇そっと噛んだ。

「…、」

洗い髪ゆるやかに透かす瞳、困ったような視線そっと歩きだす。
スリッパことこと絨毯わたり木目を踏んで、廊下まっすぐ出た首筋に見惚れた。

―赤くなってる湯原?

照れている、そんな首すじ薄紅色。
あの色は何を想うのだろう?扉ぼんやり見つめるテーブル、メゾソプラノ微笑んだ。

「周のあんな顔、久しぶりに見たわ、」

黒目がちの瞳ふわっと笑う、この眼ざしは知っている。
いつも寮室で見る貌に英二は笑いかけた。

「学校でも、あんな感じです、」
「そう、」

白い頬ほがらかに微笑んで薄紅いろ明るむ。
その色また似ていて、そんな黒目がちの瞳おだやかに微笑んだ。

「周のところへ行ってあげて?宮田くんのこと待っているわ、あの子…たぶん顔、赤いと思うけど?」

※校正中
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