萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

secret talk11 建申月act.12―dead of night

2012-11-27 04:20:59 | dead of night 陽はまた昇る
第58話「双壁14」の後「建申月11」の続編です

Alpengluehen、頂点の栄光と想いと



secret talk11 建申月act.12―dead of night

ゆるやかな微睡の時間、ふれあう吐息と絡めた指に温もり伝わらす。
眠りの底で見つめる夢は、青い空と白銀まばゆいナイフエッジの輝く世界。
青いウェアの背中が前を行く、蒼穹に向かう雪原を辿りテノールの声が笑っている。

―…天辺に行ったらもっと幸せだよ?行こう、英二、

銀嶺の波、蒼い山翳、駈けていく氷河の風に凍れる太陽。
夏の陽熱も届かない永遠の冬、その生命凍らす世界に自分たちは憧れ登っていく。
何もない静謐の世界、そこで息をする2人きりになって最高峰のキスは交わされる。

…英二、

遠く近く、名前が呼ばれる。
呼ばれた名前に吐息がふれて、唇に花の香がキスをした。
キスに呼ばれ意識がゆれて、明るい光が瞼にふれるまま、ゆっくり瞳が披かれる。
その視界の真中に底抜けに明るい瞳は微笑んで、透明な声が笑ってくれた。

「おはよう、英二。シャンパン飲んで、夕方からピアノ弾きたいんだけどね。もう起きてイイ?」

やわらかなテノールに意識が惹かれて、そっと腕に力をこめ抱きしめる。
ふれあう素肌の温もりに幸せが優しい、ともに眠って目覚めた安堵が穏やかに浸す。
この幸せを抱きしめて英二は、愛するアンザイレンパートナーに接吻けをした。

「俺も一緒に起きるよ、光一のピアノと歌を聴かせて?」
「うん、もちろんだね、」

見つめ合い笑い合って、ベッドから起きて着替えに立つ。
真昼に脱ぎ落したシャツたちを纏い、またベランダにワインバケットたちを並べる。
まだ明るい青空と蒼い山を仰ぎ、グラスに金の泡を揺らせて寛ぎながら午後の時間に座りこんだ。

「光一、夢でアイガーの天辺にいたよ、俺たち、」

笑いかけた隣、グラスから唇を離して見つめてくれる。
底抜けに明るい目で真直ぐ見つめて、透明な声が微笑んだ。

「天辺に行ったらもっと幸せだよ?行こう、英二、」

言われた言葉に、ひとつ瞬いて英二は雪白の貌を見つめた。
どうして解かるのだろう?そう考えてすぐ、思いついたことに英二は笑った。

「同じ夢、見てた?」
「たぶんね、」

頷いてくれる笑顔は幸せほころんで、洋梨を口にしてくれる。
瑞々しい果実を噛む唇を見ながら、ふと英二は昨日聞いたことを思いだした。

「光一、K2の時に富山県警の先輩のこと怒ったんだって?」
「ふん、橋本さんアタリから聴いちゃったね?」

すぐ見当をつけて、からり笑って正鵠を射ってしまう。
怜悧な光一らしい反応へと英二は正直に微笑んだ。

「うん、よく解かったな?」
「そりゃね、富山の人とはK2で一緒だったんだからさ。確か2人は大学の同期だったよね、山岳部の友達って言ってたな、」

記憶を辿っていく、その目が悪戯っ子に笑っている。
なんだろうな?そう見た先で光一は愉しげに教えてくれた。

「卒配新人の俺が、富山県警の猛者を怒鳴りつけちゃってさ?で、危険キワモノで『K2』ってクライミングネームになったんだよ、俺」

富山県警の山岳警備隊と言えば、警察の山岳レスキューでも最強という声もある。
そこに所属してK2遠征訓練で登頂隊に選抜されたのなら、よほどクライマーとして認められた男だろう。
それを怒鳴りつけて恐れさせた光一は、確かに「K2」だ?そんな納得と英二は笑いかけた。

「最初の八千峰がK2だったのと、イニシャルと、ってやつか、」
「そ。だからね?橋本さんからしたら、俺が高尾署に怒らなかったのって、意外だったんじゃない?」

その通りだ。
適確な理解への素直な賞賛に英二は微笑んだ。

「うん。光一のこと、若いけど良い上司になる人だなって言ってたよ、」
「そんなふうに言ってくれたんだね。でさ、おまえも『宮田くん』から『さん』になってたね?なんでだと思う?」

楽しげに笑って白い指を皿に伸ばし、また一切れ口に運ぶ。
洋梨の香がふわり風にあまい、その香に微笑んで英二は頷いた。

「そうだな、国村さんのブレーキですよね、って褒めてくれたけど?」
「ソレ結構有名なのかね、その通りだけどさ、」

からり笑って梨を食べ終えると、シャンパンのグラスに口付ける。
繊細な泡を金いろ揺らして飲みこむと、底抜けに明るい目が笑った。

「加藤さんに聴いたんだけどね、第二小隊は俺にとって、かなりアウェーな空気みたいだね?ま、それも楽しむことにするよ、」

8月一日、光一は第二小隊へ異動したあと9月一日付で小隊長に就任する。
これ対する反発が第二小隊内にあると後藤副隊長も言っていた、そして第二小隊は今回の遠征にも不参加でいる。
こうした第七機動隊山岳レンジャー内の空気は、第一小隊に現在所属している加藤には見えやすいだろう。

―きっと9月からが厳しい、前任の小隊長が異動になった後の方が、

その9月に合わせるタイミングで英二が異動すると決っている。
面従腹背、そんな隊員たちを纏め光一の補佐を務めることが英二に求められていく。
それくらい光一にとって容易ではない異動、それでも「楽しむことにする」と言える男は眩しい。
そんなふう笑えるアンザイレンパートナーが誇らしく眩しくて、その素直な想いに英二は綺麗に笑った。

「俺も一緒に楽しむことにするな、8月も休みは御岳に帰ってくるんだろ?」
「もちろんだね、越沢とかつきあってよ?酒もね、」

楽しげに来月の話をしてくれる、その貌は明るい。
この笑顔を一ヶ月は毎日見られなくなる、その寂しさも今は遠ざけたままで、英二は微笑んだ。

「なんでも付きあうよ、アンザイレンパートナーで恋人だろ?」

恋人、そう互いに呼ぶことが今は相応しい。
昨夜を超えて見つめられる「今」に笑いかけて、透明な瞳は幸せに微笑んでくれる。
幸せな笑顔が嬉しい、そう素直に微笑んだ英二に透明なテノールは言ってくれた。

「あとでピアノ、今朝の曲2つ弾くんだよね?他にリクエストってある?」

提案に少し考えて、光一の四駆で聴いた記憶を辿らせる。
めぐってくる旋律を記憶に聴いて、英二は綺麗に笑いかけた。

「光を謳ってるのあったよな?光一、」
「光を?」

短く訊き一瞬考えて、すぐ底抜けに明るい目が笑った。
笑って白い指でアイガーを指さしながら、光一は頷いてくれた。

「いいよ、俺が四駆でも歌ってたヤツだね、この山のAlpengluehenに合うんじゃない?」
「アルペングリューエン?」

聞きなれない単語を繰り返し、英二はパートナーを見た。
どういう意味?そう目で尋ねると愉しげにテノールは教えてくれた。

「モルゲンロートは、夜明け前の光で山が輝くことだよね?アルペングリューエンは太陽で赤く天辺が光ること自体を言うんだ。
でね、Alpengluehenはドイツ語なんだけど『アルプスの栄光』って謂う意味もあるんだ。ココを登れば栄光っていう北壁に合うね、」

ここを登れば栄光、そう山っ子が示す岩壁を英二は見つめた。
アイガー北壁「死の壁」を完登することはクライマーの栄誉だと言われている。
それを自分は光一のビレイヤーとして成し遂げた、そのことによる変化は既に起き始めている。

―栄光だから変化していくんだ、

想いと見上げる空に蒼い壁は聳え、頂点の白銀は夏の陽に輝く。



高く低く、澄んだ旋律がホールの静謐を響かす窓の向こう、偉大な壁の山頂は輝きだす。
アルペングリューエンが映しだす黄金と紅の炎は、遥かな天穹きらめく太陽の欠片たち。
あふれる輝きは窓を透して床を照らし、グランドピアノの木目を艶あざやかに浮びあがらせる。
佇んで見つめる旋律の前、モノトーンの鍵盤に白い指は黄昏を奏で、透明な声は穏やかに謳う。

……

満たした水辺に響く 誰かの 呼んでる声
静かな眠りの途中 闇を裂く天の雫 
手招く光のらせん その向こうにも 穏やかな未来があるの?

Come into the light その言葉を信じてもいいの?
Come into the light きっと夢のような世界 Into the light

こぼれる涙も知らず 鼓動に守られてる
優しい調べの中を このまま泳いでたい 
冷たい光の扉 その向こうにも 悲しくない未来があるの?

Come into the light その言葉を信じてもいいの?
Come into the light きっと夢のような世界 Into the light

Come into the light 遥かな優しさに出会えるの?
Come into the light 喜びに抱かれて眠れるの?
Come into the light 争いの炎は消えたよね?
Come into the light きっと夢のような世界 Into the light

I'm here Come into the light I'm here

……

透けるような声が歌う言葉たちは「光」明るい瞬間の訪れを謳っていく。
ピアノとテノールが紡ぐ想いの言葉たち、そこに英二は銀嶺の記憶を見つめた。

黎明のモルゲンロートに輝く瞬間、澄みわたる蒼穹ふる太陽に映える時。
そして今、黄昏ふるアルペングリューエン、落陽の炎を映す耀きに透明な声が響く。

アルプスの女王、そう呼ばれるマッターホルン北壁でも黄昏まばゆかった。
そして今、仰ぐ「死の壁」アイガー北壁にアルペングリューエンの瞬間が輝く。
この二つの巨壁に見つめたのはパートナーへの純粋な祈り、そして誇りと葛藤と、夢の背中。
その全てへの想いが今、ピアノとテノールの聲に包まれ安らいで、ただ透明に昇華されていく。

Alpengluehen、アルプスの栄光。

その輝きは黄金と紅に彩られる、太陽を映す永久凍土の光。
凍れる光まばゆい北壁の頂点、そこを超えた向うには、どんな未来が待っている?






【歌詞引用:L’Arc~en~Ciel「TRUST」】

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