祈り、山頂の夢を

secret talk11 建申月act.3―dead of night
十字架が、雪に蒼い影を落とす。
マッターホルン山頂のイタリア側、黒い十字と呼ばれるクロスが建っている。
黒いラインになる造形には氷雪が纏わりついて、黒と白の斑を象らす。
こうした人工物の存在は、信仰の対照である霊峰だと教えてくれる。
「ほら、向うの麓に村があるだろ?チェルビニアって村なんだけどね、この山をイタリア語ではチェルビーノって言うんだ、」
テノールが愉しげに笑って教えてくれる。
東の新しい太陽に雪は輝いて、雪白の貌もまばゆい。
その横顔に、ふと忘れ物があることに英二は気がついた。
―でも言わないほうがいいかな?
集中したいと一昨日の夕方、光一は言っていた。
それは登頂のタイムトライアルのことだった、けれど下山に遭難事故は起きやすい。
そう思うと今、ここで忘れ物を解決することは、お互いの為にならないかもしれない?
そんな考えに佇む隣、狭い山頂でも一眼レフを出して光一はシャッターを切りだした。
自分もコンパクトデジタルだけれどカメラを持っている。
そう思いだし英二はウェアの内ポケットからとり出すと、山頂からの景色を撮りだした。
イタリア側山頂に立っている今、スイス側山頂を撮影する。こんなふうにマッターホルンは双耳峰を成す。
どちらからの景色もこれで撮ることが出来た、その登頂記録に微笑んで英二は、今度は光一へとレンズを向けた。
撮影しているシーンを撮っておけば、いい証拠写真にもなる。
そんな意図もあってスイス側山頂でも、ファインダーを覗いている姿を撮影した。
その姿の背景には山頂のパノラマを同時に映しこむ、その意図に決めるフレームに銀嶺は輝いている。
数枚を撮り終えてカメラをしまい、今度はチェーンベルトで繋いだ携帯電話の電源をONにした。
スイス側山頂を撮り納めると電力温存のためすぐ電源を切り、また元のポケットに仕舞いこむ。
ちょうど光一もファインダーから顔を上げ、手早くカメラを収納しながら微笑んだ。
「お待たせ、周太に写真撮った?」
「うん、携帯で撮ったよ。下山したらメール送るんだ、」
笑って答えながら考えてしまう。
スイス側の山頂とイタリア側山頂、どちらを周太に送信しよう?
―やっぱり北壁から登ったスイス側かな?
そちらの方が登頂の記念になるかな?
そんな考え廻らせながらサングラスを掛け直す。
いま白銀に輝きだす光線は強く、遠く下部からの声が聞えだす。
あと1時間くらいで他の登頂者が着くだろうか?そんな考えの隣からテノールが笑った。
「さて、他の皆さんが来る前にね、渋滞避けて降りちゃうよ、」
「おう、今朝の小屋も人が多かったもんな?」
笑って頷いて、スイス側山頂へと歩き出す。
銀色まばゆい光のラインを歩く、その両側はナイフリッジに切れ落ちる。
いま風が無く気温もまだ低い、けれど午後になれば岩壁に蓄えた太陽熱が氷雪を融かしだす。
そして大気中の水分も呼び寄せ雲を生み、天候の崩れを誘発してしまう。その為にも速く下山したほうがいい。
そんな考えと慎重に稜線を歩きスイス側山頂へ辿り着くと、薄手のグローブを嵌め直した。
「下山はソルベイヒュッテに寄るんだよな?」
「だよ、空中に張り出したテラスのとこ、なかなか絶景なんだよね。あそこで行動食ちょっと食べていこ?」
話しながら仕度を整えて、この後の行動予定を確認する。
そして下山に向かおうとした時、ポンと光一が英二の肩を叩いた。
「英二、」
呼ばれた名前に振り向いた、その視界に雪白の貌がすっと近寄せられる。
ふわり、高雅な花の香が頬撫でて、そのまま唇にふれた。
―あ、
心のつぶやきを鼓動が引っ叩いて、ふれる唇が優しい。
ただ一瞬のキス、けれど蒼穹の鋭鋒で山っ子の幸せが微笑んだ。
「てっぺんのキスは約束だったよね、俺の恋人サン?」
忘れ物は、恋人の方から届けてくれた。
これは意外だった、けれど素直な想いに山の恋人へ微笑んだ。
「ああ、約束だ。俺たちは最高峰で恋愛する、そうだろ?」
最高峰の恋愛、この約束は切なく愛しく、誇らしい。
高峰の頂は人間の範疇を超える最高の危険地帯、そこに自分たちは登って見つめ合える。
誰にでも出来るわけではない恋愛、その約束をした狭い寮の部屋から自分たちは出て、今ここで見つめ合う。
その想い深くから心を充たし指の先まで熱を廻らす、その熱情に笑った先で光一も笑ってくれた。
「だね、ここもツェルマットの最高峰だしね?」
いま標高4,000mを超えた世界、そこに自分たちは難攻を謳われる北壁から辿り着いた。
それもタイムトライアルのスピードに全力で挑戦して今、ここに最高峰の想いを抱いている。
この今、この場所にあっても自分は唯ひとりの伴侶を想う、それは尽きることのない恋と愛だろう。
けれど今、この壁を共に超えさせてくれたパートナーへの想いは誇らしくて、得難いのだと知っている。
唯ひとりの伴侶と、唯ひとりのパートナーへの想い、そのどちらも自分は手離す事なんて出来やしない。
―こんなの二股だ、それでも周太は俺のために望んでくれる…光一も、
本当は直情的な自分の性格、それが恋愛の熱を昂ぶらせすぎる。
だから周太は英二を独りにすることを心配して、光一に頼んでくれた。
そんな周太に光一は肯い、英二との想いからも逃げないでいてくれる。
それでも光一は、本当は周太への無垢な想いとの狭間に泣く瞬間がある。
だからこそ今、この瞬間には互いだけを見つめる幸せに、共に笑っていたい。
「光一、」
名前を呼んで、そっと唇ふれあわす。
直ぐに離れてしまうキス、それでも今この瞬間への想いは遺し合える。
このキスのよう自分たちは離れることで並び立つ、そして共にふたり駈けていける。
そういう互いだと認め合い『血の契』でも繋がる、唯ひとりのアンザイレンパートナー。
この自分を世界で一番信じると言ってくれた男、その信頼と想い微笑んだ英二にテノールの声が笑ってくれた。
「さあ、気を引き締めな?こっから下山だよ、下山の方が遭難ってしやすいんだからね、」
(to be continued)
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十字架が、雪に蒼い影を落とす。
マッターホルン山頂のイタリア側、黒い十字と呼ばれるクロスが建っている。
黒いラインになる造形には氷雪が纏わりついて、黒と白の斑を象らす。
こうした人工物の存在は、信仰の対照である霊峰だと教えてくれる。
「ほら、向うの麓に村があるだろ?チェルビニアって村なんだけどね、この山をイタリア語ではチェルビーノって言うんだ、」
テノールが愉しげに笑って教えてくれる。
東の新しい太陽に雪は輝いて、雪白の貌もまばゆい。
その横顔に、ふと忘れ物があることに英二は気がついた。
―でも言わないほうがいいかな?
集中したいと一昨日の夕方、光一は言っていた。
それは登頂のタイムトライアルのことだった、けれど下山に遭難事故は起きやすい。
そう思うと今、ここで忘れ物を解決することは、お互いの為にならないかもしれない?
そんな考えに佇む隣、狭い山頂でも一眼レフを出して光一はシャッターを切りだした。
自分もコンパクトデジタルだけれどカメラを持っている。
そう思いだし英二はウェアの内ポケットからとり出すと、山頂からの景色を撮りだした。
イタリア側山頂に立っている今、スイス側山頂を撮影する。こんなふうにマッターホルンは双耳峰を成す。
どちらからの景色もこれで撮ることが出来た、その登頂記録に微笑んで英二は、今度は光一へとレンズを向けた。
撮影しているシーンを撮っておけば、いい証拠写真にもなる。
そんな意図もあってスイス側山頂でも、ファインダーを覗いている姿を撮影した。
その姿の背景には山頂のパノラマを同時に映しこむ、その意図に決めるフレームに銀嶺は輝いている。
数枚を撮り終えてカメラをしまい、今度はチェーンベルトで繋いだ携帯電話の電源をONにした。
スイス側山頂を撮り納めると電力温存のためすぐ電源を切り、また元のポケットに仕舞いこむ。
ちょうど光一もファインダーから顔を上げ、手早くカメラを収納しながら微笑んだ。
「お待たせ、周太に写真撮った?」
「うん、携帯で撮ったよ。下山したらメール送るんだ、」
笑って答えながら考えてしまう。
スイス側の山頂とイタリア側山頂、どちらを周太に送信しよう?
―やっぱり北壁から登ったスイス側かな?
そちらの方が登頂の記念になるかな?
そんな考え廻らせながらサングラスを掛け直す。
いま白銀に輝きだす光線は強く、遠く下部からの声が聞えだす。
あと1時間くらいで他の登頂者が着くだろうか?そんな考えの隣からテノールが笑った。
「さて、他の皆さんが来る前にね、渋滞避けて降りちゃうよ、」
「おう、今朝の小屋も人が多かったもんな?」
笑って頷いて、スイス側山頂へと歩き出す。
銀色まばゆい光のラインを歩く、その両側はナイフリッジに切れ落ちる。
いま風が無く気温もまだ低い、けれど午後になれば岩壁に蓄えた太陽熱が氷雪を融かしだす。
そして大気中の水分も呼び寄せ雲を生み、天候の崩れを誘発してしまう。その為にも速く下山したほうがいい。
そんな考えと慎重に稜線を歩きスイス側山頂へ辿り着くと、薄手のグローブを嵌め直した。
「下山はソルベイヒュッテに寄るんだよな?」
「だよ、空中に張り出したテラスのとこ、なかなか絶景なんだよね。あそこで行動食ちょっと食べていこ?」
話しながら仕度を整えて、この後の行動予定を確認する。
そして下山に向かおうとした時、ポンと光一が英二の肩を叩いた。
「英二、」
呼ばれた名前に振り向いた、その視界に雪白の貌がすっと近寄せられる。
ふわり、高雅な花の香が頬撫でて、そのまま唇にふれた。
―あ、
心のつぶやきを鼓動が引っ叩いて、ふれる唇が優しい。
ただ一瞬のキス、けれど蒼穹の鋭鋒で山っ子の幸せが微笑んだ。
「てっぺんのキスは約束だったよね、俺の恋人サン?」
忘れ物は、恋人の方から届けてくれた。
これは意外だった、けれど素直な想いに山の恋人へ微笑んだ。
「ああ、約束だ。俺たちは最高峰で恋愛する、そうだろ?」
最高峰の恋愛、この約束は切なく愛しく、誇らしい。
高峰の頂は人間の範疇を超える最高の危険地帯、そこに自分たちは登って見つめ合える。
誰にでも出来るわけではない恋愛、その約束をした狭い寮の部屋から自分たちは出て、今ここで見つめ合う。
その想い深くから心を充たし指の先まで熱を廻らす、その熱情に笑った先で光一も笑ってくれた。
「だね、ここもツェルマットの最高峰だしね?」
いま標高4,000mを超えた世界、そこに自分たちは難攻を謳われる北壁から辿り着いた。
それもタイムトライアルのスピードに全力で挑戦して今、ここに最高峰の想いを抱いている。
この今、この場所にあっても自分は唯ひとりの伴侶を想う、それは尽きることのない恋と愛だろう。
けれど今、この壁を共に超えさせてくれたパートナーへの想いは誇らしくて、得難いのだと知っている。
唯ひとりの伴侶と、唯ひとりのパートナーへの想い、そのどちらも自分は手離す事なんて出来やしない。
―こんなの二股だ、それでも周太は俺のために望んでくれる…光一も、
本当は直情的な自分の性格、それが恋愛の熱を昂ぶらせすぎる。
だから周太は英二を独りにすることを心配して、光一に頼んでくれた。
そんな周太に光一は肯い、英二との想いからも逃げないでいてくれる。
それでも光一は、本当は周太への無垢な想いとの狭間に泣く瞬間がある。
だからこそ今、この瞬間には互いだけを見つめる幸せに、共に笑っていたい。
「光一、」
名前を呼んで、そっと唇ふれあわす。
直ぐに離れてしまうキス、それでも今この瞬間への想いは遺し合える。
このキスのよう自分たちは離れることで並び立つ、そして共にふたり駈けていける。
そういう互いだと認め合い『血の契』でも繋がる、唯ひとりのアンザイレンパートナー。
この自分を世界で一番信じると言ってくれた男、その信頼と想い微笑んだ英二にテノールの声が笑ってくれた。
「さあ、気を引き締めな?こっから下山だよ、下山の方が遭難ってしやすいんだからね、」
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