萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

長月五日、女郎花―fall

2019-09-06 00:54:30 | 創作短篇:日花物語
なつかしい時間、ふれる。
9月5日誕生花オミナエシ


長月五日、女郎花―fall

黄色ゆれて光のいろ、けれど?

「お…黄葉、」

見あげる街路樹はるか空、黄色ひとひら陽を揺れる。
梢あざやかな緑のびる涯、夏から秋に風が降った。

―涼しくなったな、

額なでる冷涼に頬やすらぐ、前髪なぶらせ耳を涼む。
ワイシャツの衿元ふれて涼んで、汗ひとすじ冷えて葉が匂う。
かすかに甘い、ほろ苦い樹木やわらかな香、そんな空気に制服はためく。

「あと7ヶ月、か、」

月日くちずさんで半袖はためく、脚まとうスラックス風透ける。
この制服あと七ヶ月だけ、そうして迎える春はどこにいるだろう?

―どっちの大学に行くか、だよな?

選択肢、分岐点、そんな言葉が春たぐる。
あと四ヶ月で選択の時、その冬めぐる秋が梢ひとひら、黄金色まぶしい。
梢はるかな黄金その先の空、秋から冬へ春へ、東京か、もっと遠くか、どこに行く?

「アキちゃんっ、」

とこん、

背中やわらかな温もり敲く、君の声だ。
ワイシャツ透ける掌やわらかに弾んで、あわい香あまく瞳が笑った。

「またアキちゃん、ぼーっとしてたでしょう?なに考えごとしてたの、」

かろやかな声が僕を見あげる、その瞳に黄金きらめく。
はるか空あおぐ梢うつして、光ひとひら揺れて笑った。

「オマエこそさ、なーんか悩んでたんだろ?」

彼女は笑っている、でも瞳きらめく光揺れる。
こんなとき堪えている何かだ?そんな昔馴染みが瞬いた。

「アキちゃんって…どうしてわかっちゃうの?」
「さあ?」

あいづち笑いかけた先、瞳が見あげてくれる。
長い睫やわらかに瞬いて、水あわい瞳すこし笑った。

「さあ?って、いつもぼかしちゃうんだよね、アキちゃんは、」

水やわらかな瞳ほほ笑んで、ゆれる黄金に陽が燈る。
黄金かすかな瞳あわく瞬いて、つい懐かしい仕草に笑った。

「オマエもすぐ涙ぐんじゃうよな、いつもさ?」

泣き虫、そう笑ったのは幼い時間。
もう遠くなる時間つい懐かしい、その真ん中で長い髪ひるがえった。

「風…涼しくなったね、」

なつかしい声が風なぞる、さっき僕も想ったことだ。
こんなふう君いつも心ふれて、風ふれて黒髪やわらかに梳いて。

ほら?いつのまに長くなった君の髪、きらめく秋のかけら映ろう。


女郎花:オミナエシ、花言葉「美人、儚い恋、親切」

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