萬文習作帖

山の青年医師の物語+警視庁山岳救助隊員ミステリー(陽はまた昇る宮田と湯原その後)ほか小説×写真×文学閑話

山岳点景:Spring ephemeral 春の妖精―堅香子カタクリ

2017-03-23 23:12:00 | 写真:山岳点景
春、生ずる 


山岳点景:Spring ephemeral 春の妖精―堅香子カタクリ

カタクリが咲きだしました、春植物=スプリング・エフェメラルの代表みたいな花です。
神奈川では絶滅危惧IB類に指定されています。

それでも咲く森があり、毎春つい通うんですけど、笑
ソンナワケで今日ちょっと昼休憩に歩いたら、無事に今年の花と逢えました。


カタクリは最初の芽生えでは咲きません。
初年は糸みたいに細い葉だけです、2年めに1枚葉だけが出ると7~8年そのまま。
その1枚の葉で鱗茎を太らせ栄養を蓄えて、2枚めの葉が出てると花を咲かせるようになります。

なんでこんなに時間がかかるのか?
っていうと、カタクリがスプリング・エフェメラル=早春から初夏までしか地上に現れない植物だからです。
カタクリが地上に姿を現す期間は約1ヵ月だけ、こんな短期間しか光合成できない=養分を蓄えられないため成長も遅いワケです。

仏教で花は忍辱を表すとされますが、長い長い蓄える時の果てに咲く姿は美しいです。


地上に1ヵ月しか現れないカタクリ、花も群落全体で2週間くらいです。
地下では葉が枯れた初夏5月あたりから初秋9月末ごろまで休眠状態、秋深くなる10月下旬ごろ根を張り始めます。
そして雪解け早春、糸みたいな細い葉が地上に芽ぶきます。

そんな長い眠りから咲く花、どこか逞しくて凛と惹きます。


ちいさな芽ぶきのカタクリ、
そのため気づかず踏み潰されがちで、そうなれば葉を広げられず光合成ができません。
光合成ができなければ栄養を蓄えられず、当たり前だけど枯死することも少なくないワケです。

またカタクリは花が可憐なため人気=盗掘もされがち、が、失敗して枯死させられます。
こうした盗掘者による乱獲と踏み荒らしに加えて、カメラ好事家サンの踏み荒らしも枯死の原因です。
ただ写真を撮りたいダケで足もと不注意×三脚の使用で芽や花を荒らしていく、なんて人を実際よく見かけます。
いずれにしても人間の貪欲×無知が自生地を壊し、絶滅に追いこんでいます。

それでも早春の森の底、花ひらく強靭しなやかに眩しいです。

第5回 熱く語ろう!!トーナメントブログトーナメント
撮影地:森@神奈川県

○雪解けの芽ぶきは落葉や雪で目立ちにくく、知識がないとタイテイ踏み潰します。道から林床へ踏みこまないでください。
○写真を撮るなら花から離れたところで立ち止まってください、三脚・一脚使用者+スマホの人は特に不注意が目立ちます。
○春植物は可憐な花が多くて園芸用にと盗掘もされがちです、が、植生条件が難しいため枯死します。
これらルールを違反すると条例違反で罰せられる自治体がほとんどです、
違反者を見つけたら遠慮なく通報を、笑
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第85話 春鎮 act.22-another,side story「陽はまた昇る」

2017-03-23 09:30:00 | 陽はまた昇るanother,side story
Nor lose possession of that fair thou ow'st,
harushizume―周太24歳3月下旬



第85話 春鎮 act.22-another,side story「陽はまた昇る」

なにも言えなかった。

「…は、」

ため息そっと立ち止まった街角、ウィンドーに花が咲く。
ふりむいた人波は改札口あふれる、あのむこう置き去りにしてきた。
言うべき言葉も言えない自分、こんなところまで逃げてきてしまった想いが唇噛んだ。

「…田嶋先生、」

名前つぶやいてガラスごし花が光る。
街角の店あふれる花々、その輝きに高峰の花が揺れる。

『北岳草って言われて思いだしたんだ、あの男も北岳みたいな貌だった。』

なぜあんなふう言ったのだろう、父の旧友は?

『訊くぞ、周太くんの本命はどんなひとだい?』

あの問いかけ真剣だった、でも怖い。
それなのに疼いて鼓動が軋む、言うべきだったと解るから。
話して、そうして信頼の真実お互いに見つめあえばよかった?

『だからなあ周太くん、俺を父親代わりにしてくれよ?』

あんなふう告げてくれた想い、どれだけ涙が深い?

『馨さんがザイルに命懸けて一緒に登ったのは、俺なんだ…誰にも譲れんだろ?』

命懸けて一緒に駈けた、父の唯ひとり。
その想いは自分より長い時間、そしてずっと深い篤い後悔。
それなのに自分は逃げてしまった、その言い訳と立ち止まる視界、ガラスの花園が咲く。

―どうしよう僕…きっと変な貌してる、今、

雑踏の声、埃っぽい風、どこか甘い明るい影。
靴音たち慌ただしい、こんな三月末は普通なら年度末。
きっと母も忙しく闊歩しているだろう?だって母は「普通」に働いている。

―そうだよね、普通なんだお母さんは…本当はどう想ってるのかな、

普通に会社勤めして、普通に役職も得て、普通に部下から食事も誘われる。
親しい同期の女性も普通のいわゆるキャリアウーマンで、普通に温泉が好きだ。
そんな母は普通に恋をして結婚して、けれど違ってしまったのは夫の死別が「殉職」だったこと。

―普通にがんばってきたお母さんなのに…どうして僕は、

父の殉職、それがどれだけ母を苦しめたろう?
その姿いちばん近くで見てきた、それなのに自分は何をしてきたろう?
そんな自分を理解したから、だから父の友はザイルを渡そうとしてくれている。

『馨さんの素顔は俺がいちばん知ってる。周太くんのお母さんにも譲らんよ?ザイルで命も繋いだ時間に異論は認めん、』

あのザイルは自分だけじゃない、母も救おうとしている。
あの華奢な母、その肩から荷を譲られようと父のザイルパートナーは笑ってくれる。

『俺にくらい素でもイイじゃないか、馨さんの代わりなんて言ったらオコガマシイけどな?』

ほんとうに?

あの言葉ほんとうに信じて、それでもザイルは切られない?
迷って疑いそうで、けれど考えめぐるガラスの花園に扉が開いた。

「やっぱり周太くんだわ、」

からん、

鐘の音に美しい声が微笑む、開かれた扉にエプロン姿たたずむ。
栗色なめらかな髪長く束ねた長身、その白い頬やさしい薔薇色に笑った。

「こんにちは周太くん、お花に逢いに来てくれたの?」

見つめる真中、色白やさしい薔薇色がまぶしい。
この笑顔ずっと逢っていなかった、それなのに呼んでくれた名前に微笑んだ。

「はい、あの…こんにちは由希さん?」
「名前ちゃんと覚えてくれたのね、うれしいわ。好きなだけお花うんと眺めていって?」

澄んだ声やわらかに笑ってくれる。
透明で深い、どこか不思議な響きの声に扉くぐって馥郁くるまれた。

「ん…いい香、」

甘い香、深い香、青い清々しい香。
すこし謎めいた芳香、さわやかな甘さ、香さまざま咲き誇る。
白、浅黄、桃色うす紅、あわい紫に青いろ水色、橙色から黄金きらめく。

「いい香でしょう?蝋梅と水仙を今朝お届けしたばかりなの、ここにも少し活けてあるわ、」

澄んだアルトが笑いかける、その白い手もと馥郁やさしい。
透ける黄色に白と黄金、それから薄紅あわい萌黄色に微笑んだ。

「クリスマスローズも…かわいい、蝋梅まだあるんですね?」
「山のほうは今が盛りよ、春らしい香だから活けたいってご注文いただいてね?クリスマスローズは今日いちばんの美人さん、」

花つむぐ声やわらかなに響く。
朗らかな澄んだ落ち着いた声、この声ただ懐かしく笑いかけた。

「あの、このあいだの水仙と花束ありがとうございました…水仙は押し花にして、」

花をくれた、そして名前を教えあった。
あの冬から月は流れて今、春ほころぶガラスの花園が微笑んだ。

「大切にしてくれてるのね?ありがとう、あの花束はお役に立てたかしら?」

ほら、優しい。
気にしてくれる優しさに周太は微笑んだ。

「はい、美代さん合格しました、」

このひとに伝えたかった、だって花束つくってくれた。
その願いに花屋の笑顔ほころんだ。

「よかった!おめでとう!」

薔薇色の頬ふわり明るむ、長い睫きらきら笑う。
瞳の底から喜び輝いて、ただ綺麗で優しくて鼓動そっと滲んだ。

「はい…由希さんが喜んでくれたこと美代さんに伝えます、」

伝えたら、あの女の子はすこし支えられる。
今すこしでも多く支えがほしい、そんな願いに涼やかな瞳が微笑んだ。

「ぜひ伝えて?あとね…よかったら周太くんのことも話して?」

どうして?

「え…?」

なぜ自分のことを?
解らなくて見つめた真中、涼やかな瞳やわらかに微笑んだ。

「おせっかいならごめんなさい、なんか心あふれそうな貌してるから…顔見知り相手のほうが気楽な時もあるでしょう?」

このひとは花の女神かもしれない、ほんとうに。

―だから僕つい来ちゃうんだ、ここに…今も、

花の女神、なんて24歳の男が言うことじゃない。
でも自分は想ってしまう、そのままに美しい瞳が笑ってくれた。

「ちょうどね、一休みにお茶を淹れたところなの。一緒してくれたら嬉しいわ、」

遠慮しないで、嬉しいから。

そんな言葉が微笑んでくれる、その声が瞳が静かに温かい。
だから気づいてしまう、このひとはいつも独りかもしれない。

―いつも由希さんしかいない…みんなで来たときも、英二との時も、

店だけだろうか、彼女の孤独は?
想い見つめるまま周太は肯いた。

「あの…ご迷惑じゃなければ、」
「迷惑ならお誘いしないわ、奥へどうぞ?」

涼やかな瞳ふわり笑ってくれる。
招いてくれる手は白く華奢で、その荒れた指先が温かい。

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】


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第85話 暮春 act.20-side story「陽はまた昇る」

2017-03-22 22:40:02 | 陽はまた昇るside story
Only Thou art above
英二24歳3月下旬


第85話 暮春 act.20-side story「陽はまた昇る」

そんな朝、国村光一は警視庁を辞した。


ざあっ、

蛇口ひねって水奔る。
水音まっすぐ脳天を突く、冷さ迸って醒まされる。
髪から肌から沁みて透って、飛沫はじく肩に英二は息吐いた。

「はぁっ…」

ため息ざっと流される、滴る水に濯がれる。
誰もいない朝食時の大浴場、静謐に水音と自分の呼吸が響きだす。
皮膚たたく冷感が徹る、脳髄うずくまる熱じわり流れて、透らす意識が呼ぶ。

『それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?』

15分前、笑ってくれた。

「なんでだよ…光一?」

名前こぼれて冷水にとける。
水滴ふらすシャワー直下、醒まされる皮膚から思考めぐる。

『おまえの理想や夢で煮詰めるんじゃない、そのまんまをキッチリ見て聴くんだよ?』

ザイルパートナーの言葉が呼ぶ、それから今までの時間。
いつも諫めてくれた声、いつも前を指して、そうして三千峰を超えて昇る。

ほら、最初の秋が今も。

「…光一っ、どうして俺を見捨てないんだよっ?」

シャワー水飛沫に呼んで、かすかなカルキふくむ。
こんなふう水を浴びても奥多摩とここは違う、違うからこそ記憶まぶしい。

まぶしくて、だから憧れて今も信じたくて揺すられる。

“それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?”

ほんとうに、本当に自分に向けられた言葉だろうか?
そう信じたくて揺すられる、もう離れる夢が飛沫に掴む。

「こういちっ…俺だって山に生きていたい」

ざあっ、

轟く水音が川になる、滝になる。
共に生きた山の時間、そこに水は輝いていた。
あの場所であの男は医者として生きる、その選択肢ただ眩しくて、残された言葉が響く。

『いいかい英二、つかまえたいんなら今日だよ?』

あの言葉なんだよ光一、山のことか、それとも、

「…周太のこと今日限りになるってことかよ、」

声こぼれた唇に飛沫ふれる。
濡れて冷えて水音が敲く、聴覚ごと皮膚を弾いて澄む。
流される昨日の残滓にアルコール抜けて、クリアになる。

“それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?”

あの言葉ほんとうに信じていい?
それなら自分は、まだ赦されるのだろうか?

―佐伯に言われる程度なんだ俺は、それでもかよ光一?

山の峻厳を擬人化したような貌、あの男はどこかザイルパートナーと似ていた。

『僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?』

昨日、雪山に言われた声。
あれから狂わされる、もう覚悟を決めたはずなのに?

『君に覚悟があるなら聴こう、ただ交換条件をいいかな?』

祖父ゆかりの声が訊く、あの声に自分は肯いた。
そうして選んだ道は「山」じゃない、それでも後悔しないと決めている。
唯ひとり護りたい願いたい、この想い殉ずるのなら夢すら諦められる、それなのに、

『山は嘘吐き通せるトコじゃねえ、んだがら言ってっちゃ、』

星空くったくない笑顔、山を選んだ同期の山ヤ。
あの貌に言われた昨夜が疼く、稜線めぐらす屋上の夜、缶ビールと凍える風。
それでも笑顔まっすぐな言葉が温かすぎて、どうしても愉しくて、決めたはずの覚悟が軋む。

「…藤岡、おまえは俺を知っても笑ってくれるのかよっ…」

低い叫びに飛沫あふれる、噛んだ唇を雫が敲く。
冷えてゆく奔流の真中、白銀の森が笑った。

『ここは山だからなあ…おまえのまんまでいい、おまえで良いんだ、』

なつかしい、あの声。

「ごとうさんっ…」

呼んで鼓動ひっぱたかれる。
タイル弾く水滴ゆるく滲みだす、流れる冷たさ熱こぼす。
頬ぬれる冷水と熱とけて流れて、意識の底から浚われる。

“それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?”

本当に、本当に信じていいのだろうか?

「ほんとかよこういち…俺ひどかったろ?」

ザイルパートナーに自分がしたこと。
その罪きっと忘れられない、だからこそ覚悟も決めた。
この罪悪感ずっと背負って登る時間、そんな未来が違う道へ自分を押す。

けれど昨夜、懐かしい雪の街角なつかしい声。

『でも、それがあったから光一は自分の道に戻れたのは確かだろう?罪悪感の分だけ君は光一が大事なんだよ、』

穏やかな深い声、同じ眼ざしが雪に微笑んだ。
あの瞳そっくりな写真を見つめた時間、そのデスクに座る声が言う。

『それだけの時間を共有したんだ、命までザイルに繋いで向きあった時間は本物だろう?』

だから光一、本当に言ってくれる?

“それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?”

あの言葉あの想いは変わらないだろうか、もし自分が今日を選んでも。

“いいかい英二、つかまえたいんなら今日だよ?”

今日つかまえたら多分、自分はまた約束ひとつ違える。
そうして負う罪悪感は軽くない。

『赤いパンジーの前でそれを言われたら、何も言えないよ?』

鎌倉の夜、真紅のパンジー活けた座敷の席。
あそこは祖父の「特別」だ、それを知る人に結んだ約束は祖父も見たろう。
誰よりも家族でいちばん等身大を見てくれた祖父、その愛弟子を裏切って今日を選ぶ?

それに、もう一人の祖父も裏切るのだろうか?

『克憲様はやり直しをされたいと想っています、家庭人として素直になれませんでしたから、』

落ち着いた静かな訴え、あの声は祖父も自分も真直ぐ見る。
あの言葉にある「やり直し」は何を指す?想い、もうひとつ声が呼んだ。

『無事でいろ英二、山でもどこでも、』

休養明け別れの言葉、もうひとりの祖父が告げた。
あれは何を言いたかった?

「あの祖父が…」

タイルそっと声こぼれる。
誰もいない風呂場の奔流、冷たい飛沫に蛇口とめた。

そして見あげた窓、空が青い。



今朝の扉、独りノックする。
もう返事はない、それでも握ったドアノブ動かない。

「は…施錠されてるよな?」

ひとり笑って肚そっと落ちる。
ついさっきまでこの部屋にいた、でも今もういない。

『次ドコに登ろっかねえ、おまえ希望ある?』

澄んだ深いテノールが笑う、いつも明るい雪白の笑顔。
底抜けに明るい瞳は聡くて、なんでも気づいて笑い飛ばしてくれた。
そうして救われた自分がいる、初めて出逢った秋から何度も救われて、笑わされて。

それなのに言えなかった最後、顔も背けたまま。

「ごめん…ありがとな?」

声にして、でも、もういない。
もう届かない言葉、このあといつ言えるのだろう?
こんな別れ望んでなんかいない、静かに咬まれる鼓動に呼ばれる。

“それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?”

最後の言葉、あの「それでも」を今すぐ追いかけたい。
けれどもう一つにすぐ掴まれる。

“いいかい英二、つかまえたいんなら今日だよ?”

今日つかまえたなら、どうなる?

いくつもの声また記憶ゆらす、その先に自分が望むのは?
今ここを去った笑顔はなに望むのだろう、そして明日どうなる?
めぐらす想いドアノブ見つめて無人の扉、ほっと息吐き笑った。

「は…ここに佐伯か?」

誰もいない部屋、でも次が来る。
そして前と違う空気が住むのだろう、それが少し重たい。
いつも寛いでいた場所、こんなふう立ち止まる場所、そこにあの男が来る。

こんなこと笑ってしまう?そんな廊下、窓の青空につぶやいた。

「…行くか、」

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

第85話 暮春act.19
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山岳点景:早春花園

2017-03-20 22:28:25 | 写真:山岳点景
目覚めの花々、



山岳点景:早春花園

三月弥生、
雪どけ陽だまり、花が咲きだします。



節分草セツブンソウは限られた花、
薄雪かぶるような白い群落、かすかな風に波だちます。



枯葉色の斜面、黄金あざやかな福寿草フクジュソウの原種。



オレンジ色きれいな秩父紅もいいですけど、
森に自生する黄金色はまぶしくて惹かれます。



落葉の底、ひそやかに咲く三角草ミスミソウ。
雪どけに咲くので別名=雪割草です。



ちいさな小さな目立ちにくい花は、明るく静かに燈ります。


撮影地:森@神奈川県、秩父@埼玉県、奥多摩@東京都

忙しかった今日、ちょっと癒しに三月上半期の春を、笑
このあと小説なんか続きor短編UPしたいとこです。
第29回 ☆花って綺麗ですよね♪☆ブログトーナメント
caution
早春の森は落葉の下に花芽が隠れています、
花を見つけても「ゼッタイ近寄らない」が鉄則、落葉ごと花芽も踏みつぶします。

○森林や山野の柵は植生保護のため設けられています、踏みこみ厳禁!
○春の山林は落葉が深い→陥没の踏みぬき・木の根つまずきetcによる転倒が危険です。
○花を見つけたら足もと要注意、やたら動き回らない+踏み潰さないよう要チェック。
○撮影は花から離れたところから・ズーム+逆光うまく使えばキレイに撮れます。
※盗掘や保護区域の無断侵入は刑罰対象です、見かけたら遠慮せず通報しましょう
野性の花、特に山野草は植生条件が難しいため盗掘しても枯らすのがオチです。
専門家が保護のため移植しても・枯死させたケースは少なくありません。
窃盗・環境破壊etc罪犯しても金にならないです、悪しからず、笑
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第85話 暮春 act.19-side story「陽はまた昇る」

2017-03-19 20:35:11 | 陽はまた昇るside story
By Thy leave I can look,
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.19-side story「陽はまた昇る」

寮の窓、せまい机にページ繰る。

「最後のオシゴトが部下の器物損壊、ねえ?」

からかうテノール呼んで、左手じわり痛覚にじむ。
刺激臭ほろ甘い苦い消毒薬、金属音はピンセット、そんな全て広げた本に眺める。

「さて、いくよ宮田?」

陽気なテノールに左掌、冷たく硬く金属ふれる。
それでもページ眺めたまま、ちりっ、痛み一点に奔った。

「抜けたよ?よくまあイッコで済んだよねえ、日ごろザイル握ってるオカゲだね?」

からかうような呆れたような、いつもの声が笑ってくれる。
いつもなら笑いかえす、けれど鈍い声こぼれた。

「…ごめん光一、」
「なに?手の皮だけじゃなくツラも厚いお詫び?」

からりテノール笑って消毒薬つんと匂う。
刺すような刺激ほろ甘い、じくり薬指から痛み昇る。
こまやかな消毒すばやく優しい、けれど今は顔合わせずページめくった。

「そうかもな、」

たしかに面の皮が厚いだろう、今の自分は。
自覚と眺める救急法テキスト、いなくなる上司が笑った。

「まったくねえ、退職してたら手間賃もらいたいトコだよ?ほら、」

とん、

掌ぴたり圧ふれる、貼られる。
ほろ渋く消毒かすめて、ふっと声でた。

「手間賃やっても知りたいよ、俺だって…」

知りたい、今どうしてる?
想い零れた声に言われた。

「訊くならアト10分だよ?俺も出たいからね、」

あと10分、それでここから消えてゆく。
そんな現実に右手ばさり、テキスト伏せた。

「午前中に周太を捉まえろって言ったよな?さっきのニュースと、東大と関係あるのか?」

ニュースに醤油瓶ひとつ砕いた。
その想い左掌じくり軋んで、滲む痛みに言われた。

「さっきも言ったろ?ソレくらい自分で確かめな、」

朗らかな声、けれど鋭い。
底抜けに明るい瞳は笑って、その言葉まっすぐ刺した。

「ちゃんと見てやんなよ?おまえの理想や夢で煮詰めるんじゃない、そのまんまをキッチリ見て聴くんだよ?」

理想や夢で煮詰めて、

ようするに「思い込み」だと言われている?
その指摘ぐさり鼓動を止めて、痛み口開いた。

「光一も俺の隣から消えるんだろ?周太もあの女の隣だ、俺がどうなっても関係ないだろ?」

唇が動く、鼓動ぐらり沸く。
肚底ゆらいで映像また重なる、さっき見たニュース。

「さっきのニュース、周太と一緒にいた女はおまえの親戚だよな?周太のこと好きだろあの女、あの女に泣きつかれたんだろ光一?」

声が奔る、感情が突く。
あのニュースに見た感情ゆらいで喉を突く。

「光一も警察やっと辞められるんだろ、もう俺は用済みだろ?俺はおまえの大好きな雅樹さんじゃないもんな、あの女の邪魔者なだけだ、」

噎せかえる感情、破られる喉、脈うつ鼓動が沸く。

「光一も俺の隣から消えるんだろ?周太もあの女の隣だ、俺がどうなっても関係ないだろ?俺もどうでもいい、」

どうでもいい、もう全て。
もう世界が崩れる、その声が低く這う。

「ちゃんと見ろってさ…どうでもいいだろ?あと10分でおまえも無関係になるんだ、俺がどうなっても関係ないだろ?」

無関係はたぶん、存在が消えること。
あと10分でそんな存在になる、きっと君も今そうだ?

『彼氏彼女で合格っていいね、今日から東大カップルだね?』

さっきテレビが喋ったこと、あれが現実なのだろう。
そんな現実に自分は「存在が消える」だけ、そんな納得に言われた。

「悲劇のヒーローぶってんの?ブッサイクだねえ、」

テノール低く笑って、その瞳しずかに細まる。
まっすぐ澄んで深い、鋭い視線が言った。

「醤油瓶ぶっ壊して後始末させといてねえ?ソンナ俺に八つ当たりしてさ、ソンナに悲劇のヒーローしたいならボロクズになっちまえよ?」

低くテノール響いて笑う。
からかうようなトーン逆撫でされる、ただ苛立ち返した。

「俺は最初からボロクズだよ、前に言ったろ?使い捨ての人形だ、」

言って、脳深く貫かれる。

“使い捨ての人形”

きれいな人形でいないといけない、だから汚れたら使い捨て。
都合悪くなっても棄てられる、そんな諦めがまた覆いだす。

「あの女もだ、俺のこと好きだとか言ってたよな?でも周太の隣を奪いやがった、俺は恋愛ごっこの人形にされただけだ、」

なぜだろう、自分は?

「光一、なんで俺はいつも使い捨てられるんだろな?」

なぜ使い捨てられるのだろう?
なぜ誰も自分を選ばない、そんな現実の選択肢に笑った。

「どうせ使い捨て人形ならさ、権力くらい拾って釣り合うだろ?」

鼓動そっと硬くなる、自分の声に潰される。
潰れて圧されて硬く、固く閉じてゆく感覚に訊かれた。

「ふうん?おまえ本格的に祖父さんの跡継ぐってワケ、司法修習ヤっちゃうとか?」
「たぶん来年だ、」

答えて昨日までの時間くすぶる。
あんなふう過ごした目的は何のため、誰のため?

―でも周太にはもういらないんだ、周太には俺は、

唯ひとり、君を守るため自分はいる。
そう思っていた、けれど見せられた現実そうじゃない。

「ふうん…おまえ検察庁にイっちゃうワケ?」

低めた声たずねてくる。
この声もっと近いと思っていた、そんな過去へ微笑んだ。

「それが誰にも都合いいだろ?」

ここから自分も去る、そして「都合いい」場所に生きる。
そんな選択肢に眺める左手、貼られた絆創膏に微笑んだ。

「醤油瓶を潰したのはわざとじゃない、でも手に怪我したのはさ?もう救助隊から去れって意味かもしれないよな、」

微笑んで左掌しずかに疼く、痛み浸みて指にも昇る。
けれど右手は小指一点、何も感じない。

―あれから感覚がない、小指だけ…もう戻らないのか?

左掌にじむ痛覚、拇指から順ぐり痛み響く。
もう右手は雪崩の怪我も治った、今は無傷で、それなのに動かない指は代償だろうか。
ただ指ひとつ、その記憶に言われた。

「それでも英二、俺はおまえと山に登るよ?」

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

第85話 暮春act.18
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山岳点景:春雪富士

2017-03-18 21:50:00 | 写真:山岳点景
弥生、富士北麓 



山岳点景:春雪富士

3月14日の雪、まだ残る富士北麓。



空向かう道、残雪の明神岳。



雪崩の痕、雪煙、春浅い富士は冷厳の時間。


自由でいよう19ブログトーナメント
撮影地:富士山・山中湖畔・明神岳@山梨県

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第85話 春鎮 act.21-another,side story「陽はまた昇る」

2017-03-17 22:00:06 | 陽はまた昇るanother,side story
But thy eternal summer shall not fade
harushizume―周太24歳3月下旬



第85話 春鎮 act.21-another,side story「陽はまた昇る」

春の窓、けれど夏が謳う。

「But thy eternal summer shall not fade, Nor lose possession of that fair thou ow'st… 」

囁くような低い朗詠、静かに透る無意識の声。
くちずさむ本人も気づいていない、そんな窓辺に瞳を瞑る。

―…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、

遠い、遠い懐かしい、気恥ずかそうな声。
まだ幼い夏の庭、謳ってくれた父の横顔。

―…大切な人がいるよ、僕には、

愉しそうだった父の瞳。
日焼あわい貌に木洩陽きらめく、その光が瞼も透かす。

―あの詩、田嶋先生に謳ってたんでしょ…お父さん?

だってほら、今、同じ言葉つむぐ声。

「When in eternal lines to time thou grow'st…」

eternal lines to time

永遠を謳う声に夏が映る、謳う。
この声を父も見つめて謳った、そんな声に呼ばれた。

「周太くんも砂糖は入れなかったよな?」
「あ…はい、」

答えて瞳そっと開けて、埃きらきらデスクに舞う。
木洩陽しずかな研究室の窓、ふわり芳香あまく教授が笑った。

「紅茶一杯くらい待たせてやろう、小嶌さんも青木に話あるだろうしな?」

あまい深い香に名前、そっと鼓動を敲かれる。
このこと訊きたいのだろうか?父の旧友に微笑んだ。

「すみません田嶋先生、電話に場所お借りして…外、寒くなかったですか?」

通話中、この部屋ずっと独りにしてくれた。
そんな配慮に研究室の主は笑った。

「俺も一服したかったからな?都心の寒さなんて大したことない、」

低く透る声おおらかに優しい。
紅茶くゆらす湯気のむこう、深い鳶色の瞳に尋ねた。

「田嶋先生、あの…ぼくとこじまさんのこと、大叔母からなにか言われましたか?」

大叔母なら少し話したかもしれない?
というより話さざるを得なかったろう、そのままに言われた。

というより話さざるを得なかったろう、そのままに言われた。

「まあなあ?小嶌さん泣いちゃったからなあ、こっちも事情つっこませてもらったよ、」

ああいったい何を話したのだろう?
もう首すじ燃えだす熱、ティーカップ口つけて訊かれた。

「訊くぞ、周太くんの本命はどんなひとだい?」

紅茶、噴くと思った。

「っ…こほっ、」
「お、すまんすまん、」

噎せたデスク、ことん、ティッシュ箱ひとつ置いてくれる。
素直に一枚とった先、鳶色の瞳まっすぐ笑ってくれた。

「噎せたついでに吐きだしてみろよ?俺は絶対に否定しない、」

笑いかけてくれる言葉の瞳、深く澄んで温かい。
くしゃくしゃ髪かきあげ頬杖ついて、文学者は微笑んだ。

「あのキレイなバアサンには遠慮あるんだろ?俺にくらい素でもイイじゃないか、馨さんの代わりなんて言ったらオコガマシイけどな?」

素でもいい、だなんて本当に?

―ぜんぶ知っても言えるのかな、このひとは…ほんとうに否定しない?

本当だろうか、本当に父のように受けとめられる?
いつも全てを聴いてくれた父、あの懐もういちど逢えるだろうか?
さしだされた提案まだ解らなくて、それでも紅茶やわらかな湯気が香る。

「でもな、馨さんの素顔は俺がいちばん知ってる。周太くんのお母さんにも譲らんよ?ザイルで命も繋いだ時間に異論は認めん、」

透る低い声おだやかに深くなる。
窓やわらかな埃舞う光、むきあう瞳が微笑んだ。

「湯原先生の最後の教え子も俺だ、誰より先生の教えを受け継ぐ自負がある。これも異論は認めん、いいだろ?」

祖父の教え、確かにそうだ。

―お手伝いしたからわかるんだ、僕は…ここで、

この教授の講義テキスト、論文、そして祖父が遺した書籍たち。
その全部をまだ自分は知らない、それでもティーカップ握りしめ肯いた。

「はい…祖父も想っていると思います、」

会ったことがない祖父、それでも鼓動に深く息づかす。
そうして脈打つ香のむこう、鳶色の瞳ふかく笑った。

「そうか…ありがとう、」

窓の陽そっと瞳を透かす、金色あわく赤く光る。
こんな眼の日本人もいるんだな?不思議な、けれど温かい眼ざしが微笑んだ。

「周太くんが知りたい湯原教授も、馨さんも、みんな俺が逢わせてやれると思うんだ。学問を通して全部な?」

祖父が築いた研究室、この空気を護りつないだ人。
その瞳おだやかに自分を映して、静かに言った。

「だからなあ周太くん、俺を父親代わりにしてくれよ?」

低く透る声が告げる、あまい馥郁ほろ苦く深い。
この香も遠い声そのままで、そうして父の旧友が微笑む。

「だってなあ?馨さんがザイルに命懸けて一緒に登ったのは、俺なんだ…誰にも譲れんだろ?」

誰にも譲れない、その言葉に夏が響く。

『大切な人に贈った詩だから…恋愛より深い気持がある相手への、手紙みたいな詩、』

優しい深い声が言う、瞳ふかく明るく詩を映す。
恥ずかしがりな父、あのときも恥ずかしげで、そして誇らかだった。

―お父さん、話しても困らせないかな…この人のこと、

誇らかな瞳に問いかける、記憶の夏に父が謳う。
あんなに切なく、輝くような眼ざしは他にない。

『夏みたいな人だね…』

父が笑う、きれいな綺麗な笑顔。

『うんと明るくて、ちょっと暑苦しいくらい情熱的でね、木蔭の風みたいに優しくて清々しい、大らかな山の男、』

穏やかな声が謳う、その夏が自分と向かいあう。
ボタンあけた襟元ゆるんだネクタイ、袖まくりしたワイシャツの筋張った腕。
ティーカップの指も浅黒く節くれる、剽悍は頼もしくて文学者らしくない、でも父の夏だ。

Shall I compare thee to a summer's day?
Thou art more lovely and more temperate.
Rough winds do shake the darling buds of May,
And summer's lease hath all too short a date.
Sometime too hot the eye of heaven shines,
And often is his gold complexion dimm'd;
And every fair from fair sometime declines,
By chance or nature's changing course untrimm'd;
But thy eternal summer shall not fade,

貴方を夏の日と比べてみようか?
貴方という知の造形は 夏よりも愉快で調和が美しい。
荒い夏風は愛しい初夏の芽を揺り落すから、 
夏の限られた時は短すぎる一日だけ。
天上の輝ける瞳は熱すぎる時もあり、
時には黄金まばゆい貌を薄闇に曇らす、
清廉なる美の全ては いつか滅びる美より来たり、
偶然の廻りか万象の移ろいに崩れゆく道を辿らす。
けれど貴方と言う永遠の夏は色褪せない、

“Thou art more lovely and more temperate.”

そんな一節に父が謳った、そのままに鳶色の瞳は明敏が満ちる。
まっすぐ偽らない光と熱、そんな眼ざしと雪焼の腕に声ふっと出た。

「…北岳草を、見たことありますか?」

約束の花、その理由。

もし父なら気づいてくれる、そんなふう想っていた。
ずっと想って、だから零れた花に学者が笑った。

「馨さんと見たよ、北岳にしか咲かない花だ、」

低いくせ大らかに透る声。
その言葉そっと鼓動を敲いて、鳶色の瞳しずかに微笑んだ。

「北岳草は花期が一瞬だ、氷河期から咲く一瞬だぞ?」

とくん、

鼓動ふかく敲かれる、響く。
深く響いて揺らされる、唯ひとつ一瞬の永遠。
それを父と見た瞳が自分を見て、おだやかに微笑んだ。

「北岳みたいなヤツだったよ、あいつもさ?」

あいつ、って?

「え…?」

誰かを想定して問いかけている?
その解答を見つめた真中、鳶色の瞳すこし笑った。

「馨さんに似た男が来たって前に話したろ?あいつ、なんだろうなあ?なんか北岳とカンジが似てるんだ、」

ほら、鼓動まっすぐ撃たれる。

―英二のことだ、ね?

まだ何も話していない、ただ花の名前を言っただけ。
それなのに辿りつかれた面影を山ヤが詞にする。

「北岳バットレスってデッカイ壁があるんだよ?失敗すれば即死のルートだ、かと思うときれいな花畑があってな?楽園なんだ、」

即死、かと思うと楽園。

どうしてこんな喩えするのだろう?
もう答え解るようで、そのままに言われた。

「北岳草は危険と楽園の一瞬に咲くんだ、あの男はそういうヤツだろ?」

訊かれている、ようするに「既知」が前提。

「…そういうやつ、って…」

答えようとして解らない、今なんて言えばいいのだろう?
もし「本当」を知られたら何を想われる?

“けれど冷たい偏見で見られる事も知っている、”

ああ忘れかけていた、この声この言葉。

“冷たい偏見で見られる事も知っている。ゲイと知られて、全てを否定された事もありました、”

摩天楼の一隅、当番勤務の夜に聞いた声。
あのとき見つめた痛み忘れかけて、その忘却だけ軋みだす。

―否定されるかもしれない、お父さんとお祖父さんを大切に想ってくれるから…大切なぶんだけ認めがたくて、

ザイルに命繋いだ無二の友、敬愛やまない恩師。
そこにある真実どれだけ深く愛おしい?
それなのに自分は、本当は。

「北岳草って言われて思いだしたんだ、あの男も北岳みたいな貌だってな?」

低く透る声が言う、この返事どうしたらいい?

「なんだか山に譬えたくなるような男だったよ、アルパインクライマーの体つきだったしな?」

この人に、父の旧友に拒絶されたら?
きっと無傷じゃいられない、父にすら否定されるようで。
この人に拒まられたくない、どうしたら、なにを自分は答えたらいいのだろう?

「ぼくは…、」

怖い、拒絶が。

(to be continued)
【引用詩文:William Shakespeare「Shakespeare's Sonnet 18」】


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第85話 暮春 act.18-side story「陽はまた昇る」

2017-03-15 23:29:12 | 陽はまた昇るside story
Repair me now, 補填に今、
英二24歳3月下旬



第85話 暮春 act.18-side story「陽はまた昇る」

同じ朝食の席につく、その日常あと1時間。

「なーんか、国村さんがスーツって変な感じですね?」

同僚がごちる声、味噌汁の湯気ごし肯ける。
出汁ゆたかな香いつもどおり、けれど「変な感じ」にテノールが笑った。

「変なカンジって高田、俺ソンナにスーツ似合わないかね?」
「すっごい似合いますよ?だから変なカンジなんです、」

皿のトマト箸先ついて、ジャージ姿が首かしげる。
このひとも週休だったな?隊服の脚つい組んだ前、同僚で先輩が言った。

「この宮田さんみたいなカッコ、下は隊服で上はカットソーとか国村さんっぽいワケですよ?どっか山の気分があるっていうか、」

いきなり事例にされたな?
だしぬけな指摘と箸うごかす隣、スーツ姿の山ヤが笑った。

「山の気分ねえ、ソウイエバ宮田のクセに昨夜のカッコのままだね?」

宮田のクセに、ってなんだよ?
可笑しくて吹きだしかけて、ぬか漬けごくり呑みこんだ。

「ふっ…俺のクセにって国村さん?なんですかそれ、」
「だっておまえ、いつも洒落モノしてるだろ?山から戻って風呂シテナイとか宮田らしくないね、」

底抜けに明るい眼からり笑う。
言ってくれる言葉と肉野菜炒め箸つけて、甘辛い香ばしさ微笑んだ。

「最後の警察飯つきあえ言ったの国村さんですよ?おかげで着替える暇もなしです、」
「あれま、ホントに青梅署で風呂してこなかったんだ?へえ?」

闊達なトーン笑いだす、黒目あざやかな瞳にやり細まる。
弓型きれいな眼ざし普段通りで、変わらない朝にすこし笑った。

「風呂の時間も節約したんですよ、藤岡と話したかったから、」
「そりゃ有意義な時間だったね、ちっと成長したんならイイけどさ?」

唇の片端あげて聡い眼が笑う。
いつもと変わらない揶揄ってくれる朝、けれど違う姿に微笑んだ。

「ほんと変なカンジだな?高田さんの気持ちわかります、」

いつもどおり笑っている、だからスーツ姿は「変だ」と想ってしまう。
どうして隊服姿じゃないのだろう?あたりまえだった日常の食卓、かたん、トレイふたつ置かれた。

「おはようございます、変って何がですか?」

あ、なんか頭痛い?

「俺のスーツ姿が変らしいね、浦部はどう?」
「かっこいいと思いますよ?小隊長は顔だち上品だし、」

落ち着いた声さらり笑う、その台詞ごと脳が疼く。
なんだか二日酔い戻ってきた?

―ほんと俺、浦部アレルギーだよな?

目の前さらっと白皙が座る、明るい穏やかな笑顔は人好きだろう。
誰からも好かれる篤い人望、誠実冷静なくせ明るい愉快、そんな男は自分と真逆だ。

「ほら浦部、イマサラ俺を褒めたってナンもならないよ?」
「あははっ、じゃあ8年後の貯蓄にしてください、」
「それって浦部、未来の警察医先生と今からってことか?」
「うん、高田さんも今日でサヨナラとか甘いですよ?健康診断とか検案とか世話になるんだろうし、」
「おやまあ、浦部は計算高いね?やっぱ副隊長に推薦して正解かね、」
「あ、期待してくれます?黒木さんのサポートがんばりますね、」
「浦部と黒木さんかあ、なんかハマりますよね国村さん?」
「だね、俺のセレクトいいだろ高田?」

三人会話おおらかに明るい、この明るさ「山」だろうか?
自分とは違う経歴たちの隣、頭痛と味噌汁すすって呼ばれた。

「宮田、さんは大丈夫ですか?」

朴訥な声が呼ぶ。
呼ばれて意外で、顔あげてつい言った。

「谷口さん?いつから座ってました?」

真正面、雪焼あざやかな寡黙が座る。
この男が同席するなんて意外だ?その大きな目しずかに自分を見て、ふっと笑った。

「浦部さんとさっき…下向きすぎだ、」

澄んだ朴訥ちいさく笑う、その言葉すこし変わった。
敬語から近づいた物言いに笑いかけた。

「俺でも下向きな日はあるんですよ、ちょっと二日酔い気味ですしね?」

それでも昨夜すこし元気になれた。
あの同期が一緒に笑ってくれなければ今、もっと酷い顔だったかもしれない?

―藤岡が吐き出させてくれたおかげだよな?

奥多摩で共に過ごした同期、あの時間ごと昨夜は温かい。
近づきすぎることはなく、遠すぎることもなく、会えば一緒に泣いて笑ってくれる。
あんな時間また過ごせたらいい、想い箸うごかす食卓に静かな低い声が言った。

「…啓次郎はひどいらしい、」

けいじろう?

―あ、佐伯啓次郎のことか?

言われた名前に昨日が戻る。
生粋の山男、そんな貌した不遜で誠実で清々しい眼。

『僕に営業しても無意味だ、そんなやつザイルの信頼できないだろ?』

静かな凛冽、まっすぐ自分を射抜いた。
あの男は誤魔化しも計算も役立たない、肚底まで晒される。

それなのに今「ひどいらしい」?予想外の言葉に訊いた。

「ひどいって谷口さん?佐伯さんが二日酔いだってことですか?」

あの山男が?
意外すぎて笑いたくなる、そんな事実を肯かれた。

「ああ…週休で良かった、」

浅黒い頬ふっと和ます。
物静かな笑いかた印象が変わる、初対面と違う山ヤに微笑んだ。

「谷口さんは物静かですよね、山と印象が変わります、」

初めて顔合わせた奥多摩山中、静かだけれど激しかった。
今は話し方から違っている、そんな大きな瞳ふっと和ませた。

「山だと回転速くなる…いい緊張感で、」

朴訥な語り口は穏やかに深い。
年次は七年上でも高卒だから年の差一歳だけ、この近しい先輩に尋ねた。

「谷口さんは佐伯さんと親しいんですよね、同じ芦峅寺ご出身だと伺いましたが、」
「ああ…親戚だ、」

答えて肉野菜炒め箸つけて、丼飯と口はこぶ。
静かだけれど大らかな作法どこか爽やかで、燻る嫉妬ゆっくり宥められる。

―親戚か、だったら佐伯にも思えるかな?

この谷口も最初、自分は嫉妬していた。
芦峅寺出身、憧れの地に生まれた現実が羨ましくて妬ましい。
そんな本音は今も燻る、けれど向きあい飯を食うごと変わってゆく。

こんな感覚が「山」はいい?なんだか愉快で笑いかけた。

「谷口さん、お大事にって伝言は佐伯さんを怒らせますか?」

冗談、でもプライド障る?
それでも笑いかけた食卓、納豆まぜる朴訥が応えた。

「啓次郎なら笑うかな…で、吞み潰しにくる、」
「吞み潰し?佐伯さんまた俺と呑んでくれるんですか?」

返答くりかえして可笑しくなる。
あの男と「呑み」またあるだろうか?つい笑った隣から言われた。

「呑む呑み潰すってね、浮気の相談かね?み・や・た、」

テノール愉しげに揶揄ってくれる。
なんでそうなるんだろう?相変わらずのザイルパートナーに笑った。

「酒飲むだけで浮気になるんですか?昨夜も国村さん発案だったのに、」
「オマエの酔いつぶれた貌を見物したかったからね、ヨソで勝手は…あ?」

陽気なテノールが途切れて止まる。
その視線たどった先、テレビからニュースが話す。

「昨日は国公立大学の二次試験合格発表でした、東大キャンパスは午後0時半、合格番号の掲示が…」

ああ、そんな季節だったな?
流れるニュースかたわら生卵に醤油さして、置きかけ言われた。

「あれ?これ湯原くんじゃないか?」

え?

「どうだろねえ?他人の空似かもよ、」

からりテノールが笑う、その声どこか愉快に響く。
そういえばそうだ、さっきも?

『いいかい英二、つかまえたいんなら今日だよ?』

あれは「他人の空似」と関係ある?
気づいて上げた視線、テレビ画面が喋った。

「彼氏彼女で合格っていいね、今日から東大カップルだね?」

マイク向けられる質問、その中心は途惑う黒目がちの瞳。

「え…?」

鼓動が止まる、呼吸が止まる。
止まった世界、ずっと逢いたい唇が開く。

「あの…これニュースになるんですか?」

聴きたかった、この声。

―周太だ、

人混みの中心、逢いたかった瞳が途惑う。
昨日この場所に君がいた、それは夢への意志だろうか?

『樹木医になりたいんだ…僕、』

穏やかな声そっと告げる、あの夢に君は研究生になった。
そして学びなおす決意したのだろうか?警察よりずっと似合う世界で。

―それならいいんだ…幸せでいてよ周太?

君が大学にいる、その映像に世界が止まる。
あいかわらず恥ずかしがりな困った顔、その隣にテロップ映った。

“東大に合格も恋も咲く”

え?

「やっぱり湯原くんかな?可愛い女の子と一緒だけど、警察辞めて東大行くんだ?」

誰かが指摘する、その言葉に視界が瞬く。
一緒に誰がいるのだろう?見つめて、認識が跳んだ。

がきっ、

「うあっ、宮田さんおいっ!?」

がきり、

掌なにか砕ける、濡れる、なんだろう?
固い濡れた感覚に戻した視線、テーブルは醤油の海だった。

(to be continued)
【引用詩文:John Donne「HOLY SONNETS:DIVINE MEDITATIONS」】

第85話 暮春act.17
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山岳点景:早花花冷

2017-03-15 20:51:02 | 写真:山岳点景
微光に咲く、



山岳点景:早花花冷

寒の戻りな今日、三角草ミスミソウも花びら閉じぎみ。



落葉の蔭ふるえるような、
けれど花色あざやかに惹きます。



紅色濃淡、



春あわい紫、やさしい色に寒空なごみます。



冷たい空気、それでも拓く純白。


撮影地:森@神奈川県

眠気覚ましの森にて、笑
あちこち散策32ブログトーナメント
caution
早春の森は落葉の下に花芽が隠れています、
花を見つけても「ゼッタイ近寄らない」が鉄則、落葉ごと花芽も踏みつぶします。

○森林や山野の柵は植生保護のため設けられています、踏みこみ厳禁!
○春の山林は落葉が深い→陥没の踏みぬき・木の根つまずきetcによる転倒が危険です。
○花を見つけたら足もと要注意、やたら動き回らない+踏み潰さないよう要チェック。
○撮影は花から離れたところから・ズーム+逆光うまく使えばキレイに撮れます。
※盗掘や保護区域の無断侵入は刑罰対象です、見かけたら遠慮せず通報しましょう
野性の花、特に山野草は植生条件が難しいため盗掘しても枯らすのがオチです。
専門家が保護のため移植しても・枯死させたケースは少なくありません。
窃盗・環境破壊etc罪犯しても金にならないです、悪しからず、笑

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第85話 春鎮 act.20-another,side story「陽はまた昇る」

2017-03-14 01:05:30 | 陽はまた昇るanother,side story
Call,
harushizume―周太24歳3月下旬



第85話 春鎮 act.20-another,side story「陽はまた昇る」

本棚のガラス扉に春ゆれる。
射しこむ光あわい隅、埃ちいさな光に舞う。
どこか甘い、深い乾いた匂い懐かしい部屋そっと微笑んだ。

「…しずかだね、」

ひとり呟いた書架のはざま、誰もいない空気は乾いて甘い。
古書ならんだ研究室ふる光、きらめく埃かすかに電話つなぐ。
繊細な光おどらす背表紙に星霜を見つめて、コール音みっつ大叔母が笑った。

「周太くん?美代ちゃんおめでとう!」

ああ、こちらも観ていたんだ?
もう知られた事実に周太は微笑んだ。

「はい…あの、テレビで観たんですか?」
「ニュースやってるもの、赤門中継は春の行事ね?」

深いアルト朗らかに明るい。
心から喜んでくれる、そんな美しい声が笑う。

「ふたりで泣いて喜んでるとこ映ったわよ、テロップなんて出たと思う?」

そんなものまで出たんだ?

―伊達さんも見たかな、上官たちは…?

問題視されるだろうか?
表向きは退職、でも本当は「処分」を受けた身として?

―本来なら謹慎から免職なんだ、僕は…なのに、

謹慎処分、そして免職。
それが本来の処分だろう、けれど「特殊」ゆえの穏やかな処分。
任務が「特殊」だからこそ目立たせたくない、そんな組織の意思に反して目立ってしまった。

―もう無かったことにしたほうがいいんだろうな、だったら…知らんふりがお互いのため、

怒らせたかもしれない、それでも「同一人物」じゃなければ「問題ない」だろう?
めぐらす思案に黙りこんだ電話、低い美しい声が弾んだ。

「東大に合格も恋も咲く、ですってよ?サクラサクにぴったりね、」

え?

―こい、ってぼくとみよさんのこと?

言われた単語に息止まる。
こんなこと放映されるなんて?途惑いが声出した。

「あ…の、そんなことでたんですかてれびに?」
「そうよ?テレビもしゃれたこと言うわね、ま、それくらい可愛らしく映ってたもの?」

深いアルト笑って華やぐ。
愉しくて楽しくてしかたない、そんな上機嫌の声に首すじ逆上せだす。

―ああどうしようそんなのみんなにみられてたの?

賢弥も、田嶋教授も青木准教授も、皆が見たのだろうか?
もしも警察の知人たちが見たらなんて思われるのだろう?

―あの伊達さんがみてたら…七機のひとだって、箭野さんも、瀬野とか関根とか、後藤さんなんて美代さんしってるのに吉村先生も、

ああもう困るより恥ずかしい、こんなのどうしたらいいの?

―つきあってませんって伊達さんに言ったのに僕…嘘ついたって思われたら嫌だ、そうだ美代さんのご家族もし見ていたら?

もう色んなところで誤解が生まれている?

そんな想定に首すじ逆上せて頬が燃える、額じわり熱くなる。
こんな展開あまり考えていなかった、狼狽えて、それでも大切な責任に深呼吸と口開いた。

「あのっ、おばあさま、しばらく美代さんを匿ってもらえませんか?」

こんな提案、驚くだろうか?
けれど深いアルトは微笑んだ。

「美代ちゃんのお父さま、怒ってしまったのね?」

スマートフォンから穏やかな声、すこしも驚いていない。
いつもどおりのトーン意外になる、けれど気づいて尋ねた。

「美代さんから聴いたんですか?受験とご家族のこと、」
「聴いたわよ、周太くんの代わりに待ち合わせた時にね。ご家族に内緒だから、受験票の送付先は湯原のお家になっているのでしょう?」

もう聞いている、だから大丈夫よ?
うなずく美しい声は笑ってくれた。

「これから先生たちと飲み会でしょう?美代ちゃんにデザートで一緒にお祝いしましょって伝言してね、朝ごはんも豪華にするわ、」

弾んだアルト朗らかに明るい。
上機嫌な大叔母に書架の前、周太は頭そっと下げた。

「ありがとうございます、菫さんにもよろしくお伝えください、」
「もう隣で聴いてるわ、ケーキ焼いてくれるそうよ?」

楽しみにしていてね?
楽しげなアルト華やかに笑って、通話ふわり終わった。

「…大歓迎だね?」

ひとりごと安堵に温かい、でも鼓動そっと疼く。
大叔母の美代への想い温かい、けれど裏返せばもう一人への拒絶だ。

―やっぱり英二とのこと…反対だ、ね?

反対されて「普通」あたりまえのこと。
そんなこと解っている、そんなこと何度も考えて感じて、だから昨日は。

「だから…海にいたかったんだ僕は、」

想いこぼれて瞳が燈る。
わきだす熱しずかに瞬いて、閉じこめてスマホ震えた。

「あ、」

着信の名前に留まる。
すぐ通話つなげて、朗らかなテノール笑った。

「おつかれさん周太、見ちゃったよ?」

ずっと聴きたかった声が笑ってくれる。
変わらない声に声ふるえた。

「こういち…ごめんなさい、」

あやまりたい、どうしても君には。
願う本音に幼馴染が笑った。

「イキナリなに謝ってるね?謝らなきゃなんないの俺のほうじゃない?」

なにも気にすることなんかない、大丈夫。
そんなトーンあいかわらず明るくて、ほっと鼓動ゆるんだ。

「ん…ありがとう、でも僕のせいで光一も、やめるんでしょう?」

自分が巻き込んでしまった、結局はそういうことだ。
どんな理由でも許されることじゃない、自戒の想い背筋のばした。

「現場で僕が顔を映された責任からと聞きました、僕の落ち度です…もうしわけありませんでした、」

ゆっくり頭下げた机、古い本の香くゆる。
誰もいない研究室、スマートフォンから声が笑った。

「ソンナコト周太の責任じゃないね?俺の部下がカッテに顔あばいちゃったダケだろ、あんな勝手させちゃって申し訳なかったね、」

謝ってくれる、こんな時も。
厚意ただ申し訳なくて、呼吸そっと尋ねた。

「ありがとう光一、あの…これからどうするの?」

山岳救助隊に誇りを抱いた、あんなに輝いていた場所から去らせてしまう。
あの姿が自分も好きだった、けれど澄んだテノール笑ってくれた。

「これからも山にいるよ、ちっと勉強で街に出るけどね?」
「え…?」

街に出る、ってどういうこと?
知りたい本音に幼馴染は言った。

「俺のコトはまた話すケドね、周太?ちっと御岳に来られないかね?」

御岳、

地名に鼓動そっと掴まれる。
なつかしい時間、記憶、今は遠いままに尋ねた。

「御岳にって…美代さんのことで?」
「だね、」

肯いてくれるテノール、あいかわらず明るい。
それでも軽くない現実に問いかけた。

「ね…美代さんから僕の状況、もう聴いてるんだよね?」

そうじゃなければ今、この電話も繋がらない。
そんな必然に山っ子が笑った。

「そうだけどね、ナンでそう思うね?」
「まだ僕、光一には新しい連絡先なにも教えてないから…美代さんから教わったんだろうなって、」

答えながら時間たぐる。
このスマートフォンに変えられて、それから過ぎた日数と訊いた。

「それで…あの、光一は誰かに教えた?僕の新しい番号…」

長野の雪の夜、あれから何日が過ぎた?
過ぎた時間に変えられた電話ごし、聡い空気が微笑んだ。

「誰にも教えてないよ、アイツにもね?」

とくん、

「…、」

ほら返事できない、鼓動ひっぱたかれる。
名前も出ていない、それなのに心臓が反応する。

「ソコントコもちっと話したいからね、御岳に来る時は連絡してよ?美代のオヤジさん説得するなら俺も立ち会いたいしさ、」

御岳、なつかしい居場所。
きっと行けば面影いくつも探してしまう、そこに帰る人へ微笑んだ。

「ん…光一はもう話したの?美代さんのお父さんと、」
「朝っぱら電話きたね、二回目はテレビ観たってさ?コッチ訓練中だってのにねえ、」

軽やかに答えてくれる。
その言葉に気づいて、すぐ質問が出た。

「テレビみたって、合格発表の?」

あれを見られてしまった?
止められる呼吸に朗らかなテノール笑った。

「合格も恋も咲いたんだってね、美代にオメデトさんって伝えてよ?」

どうしよう、こんな展開?

「ごっ、うかくはほんとだけどねこういち、ぼくたちそんなじゃないからね?」

ああ声うわずった、恥ずかしい。
首すじ燃えだしそう、もう熱い頬に言われた。

「ソコラヘン会ってゆっくり聴かせてよ?ま、俺はソンナでもイイと思うけどね、」

どういう意味?

「とりあえず美代のコトよろしくね、またね周太?」

澄んだテノール笑って通話が切れる。
問いかけた唇そっと閉じて、ほっと深呼吸に古書が香る。

「…光一も、なの?」

つぶやいて背中、とん、壁もたれこむ。
あの幼馴染まで「ソンナでもイイ」のなら、本当にそうなのかもしれない?

―誰も祝福しないんだ、英二とは…ほんとうは誰も、

誰にも祝福されない恋、

それが本当、それが誰もの本音。
そんなこと最初から覚悟していた、それでも鼓動こんなに疼く。

「…っぅ、」

呑みこんだ嗚咽、その熱ふわり瞳こもる。
あふれそうで、零れる熱ゆっくり瞬いて鎮まらす。
今、こんなところで泣いても仕方ない、何ひとつ変わらない。

―わかってたんだ僕だって…誰も幸せになれない、

わかっていた、解っている。
心くりかえして宥めて、それでも心臓が熱うずく。
絞めつけられる軋みもがいて、ふっと背表紙ひとつ映りこんだ。

“Pierre de Ronsard『Les Amours』―Texte établi commenté avec une traduction en japonais par S.Yuhara ”

S.Yuhara

綴られたイニシャルに惹きこまれる。
腕ひかれて指先のばして、一冊ことん、手のひら掴んだ。

「ロンサール…お祖父さんの翻訳?」

異国の詩人に祖父の名が連なる。
呼ばれるよう開いたページ、なつかしい。

Puisqu'au partir,rongé de soin et d'ire,
A ce bel œil adieu je n'ai su dire,
Qui près et loin me détient en émoi,

Je vous supplie,ciel,air,vents,monts et plaines,
Taillis,forêts,rivages et fontaines
Antres,prés,fleurs,dites-le-lui pour moi.

心を遺したままで僕は発ってゆく、
僕を見つめる綺麗な瞳に、さよならなんて言えない、
近くにいても遠くにいても君が僕に響いて、離れられない、 

どうか願い叶えて、空、大気、風、山も大地も、
木々、森、川、湧きいずる泉、
岩穴、草原、花たち、愛しき人に僕の想いささやいて。

「…ぼくはたってゆく、」

詞なぞらせ瞳こぼれる。
一滴しずかに頬つたう、この涙ひとつ訊きたい。

―僕も離れられないんだ、お祖父さん…お祖父さんならどうする?

ここは祖父と祖母は出逢った場所、その空気どこか残っている。
だからこそ問いかけてしまうページ、がちゃり扉が開いた。

「周太くん、電話もう終わったかい?」

(to be continued)
【引用詩文:Pierre de Ronsard「Les Amours,1552,sonnet L VII,STEFM,IV」】


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