人生には落し穴もあるものだ。
その落し穴は、人間関係に起因する落し穴でもあった。
誰と出会うかによって、人生行路は決まる場合もある。
北側徹は、梅が満開であった夜の東京・湯島神社へ行った帰り、春日通の路地裏のビル地下1階のスナックへ初めて足を踏み入れる。
その店は、韓国パブであったのだ。
40代と思われるママさんの他に、若い4人のホステスが居た。
だが、来店した客は20分ほど、ウイスキーなどを飲むと、ホステスの人と共に店を出て行くのだ。
「二人は何処へ行くのか?」徹は想ってみた。
約1時間後に、客と出て行ったホステスの一人が戻ってきた。
新たな客が来て、同じく20分ほどウイスキーなどを飲むと、ホステスの人と共に店を出て行くのだ。
「買春だな?」徹は確信した。
その店はホテルと隣接していたのだ。
だが、新客の徹は警戒されていたようで、ホステスからの誘いはなかった。
一方、彼はお金で女を抱かない質であったのだ。
韓国人ホステスの一人と思っていた徹の脇に座ったホステスは、にこやかに「メイユイ(美雨)です」と名乗る。
「北京から来たばかりです。わたし、日本語勉強したいです。教えてください」女はビールを徹のグラスに注ぐ。
他のホステスは皆ミニスカートであったが、メイユイはロングスカートであり、しかも野暮な上着姿でもあった。
30分ほどして、徹は店を出た。
メイユイが店の階段の上まで、徹を送り出す。
「わたしは、店やめます。センセイわたしにまた会ってください」メイユイは体を売る女ではなかった。
ママからの「客に身を売ることを求める」要請に抗していたのだ。
「センセイ、名刺ください」すがりつくような声の響きであった。
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