GⅢ 大宮競輪 東日本発祥倉茂記念杯
最終日(1月22日)
並び予想 2-9-6 7-3 5(単騎) 8-1-4
レース評
連勝ストップの平原だが評価は全く変わらない。吉田のハコから大宮記念10度目の優勝だ。郡司の強烈捲りも当然高い支持!
1番人気1-4(5.5倍)
なぜ、2日間も2番の郡司 浩平選手は、9番の深谷 知広選手の前で勝負したのか?
不可解と思われた。
だが、結果は打倒<平原 康多選手!> 結果として平原 選手を5着に沈めたのである。
9-5 6,260円(24番人気)
9-5-3 4万5,610円(134番人気)
予 想 |
着 順 |
車 番 |
選手名 | 着差 | 上り | 決ま り手 |
S / B |
勝敗因 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
注 | 1 | 9 | 深谷 知広 | 14.6 | 差 | |||
2 | 5 | 中本 匠栄 | 2車身 | 14.7 | ク | |||
△ | 3 | 3 | 佐藤 慎太郎 | 1/4車輪 | 14.4 | |||
○ | 4 | 4 | 宿口 陽一 | 1/2車輪 | 14.2 | |||
◎ | 5 | 1 | 平原 康多 | 1車身 | 14.4 | S | ||
▲ | 6 | 7 | 新山 響平 | 1車身1/2 | 14.8 | |||
7 | 8 | 吉田 有希 | 2車身 | 15.1 | ||||
× | 8 | 2 | 郡司 浩平 | 1/2車身 | 15.4 | B | ||
9 | 6 | 萩原 孝之 | 3/4車輪 | 15.0 |
戦い終わって
吉田有希を叩いた新山響平が一息ついたところで郡司浩平のカマシが炸裂!
郡司-深谷知広の後ろはいつの間にか中本匠栄となっていて最終バックはこの3人で通過。
地元の平原康多は最後までコースを探せず詰まりっぱなしで、ゴールは絶好ハコ回りの深谷が楽々抜け出し昨年8月の小田原以来となるG3優勝を飾った。
「番手に付いての優勝は初めてなので、いつもと違う感覚があります。郡司が強かったですね。初日のレースがあったので後ろ攻めはツラい位置になると思って、前の方からのスタートと決めていました。何とか付け切ってそこから出来るだけ援護と思ったんですけど、後ろにもすごいメンバーが控えていたので最後は踏ませてもらいました。郡司の踏み方だったり車の出方だったり1度付いて確認できていたので、初日よりは落ち着いて走れたと思います。これからまた前も後ろもあると思うんですけど、後ろになったときは余裕を持って援護できるように精進したい。ただそれで番手の意識が強くなりすぎるのもどうかと思うので、いつでも自力で逃げ切れる準備はしておかないと…。去年は前半比較的戦えて後半失速したので、そこを注意してトレーニングしながら計画的にやっていきたいですね」。
萩原孝之を捌いて深谷後位に入った中本が内を突くように2着。
「関東勢が前取ったらその四番手がベストだったけど、郡司君が入れてくれそうもなかったので。あとは新山君がどれくらいのスピードで来るかどうかでした。どこかで緩むと思ったし、萩原さん一車掬って。本当は深谷君が振った時に掬いたかったけど気持ちに余裕がなくて。展開は絶好だったんですが。記念の決勝で余裕持って動けるくらいにならないと」。
新山マークの佐藤慎太郎が外に持ち出し3着に入った。「吉田君は突っ張るだろうと読んでいた分、響平に遅れてしまった。
それに、タイミング逃さず仕掛けた郡司の気持ちが強かったね。響平は本当に強くなっているし、これから経験を積んでいけば。最後中本君に踏み負けたのは悔しいし、気持ち入れて練習します。G1で勝ち負けするには全体的なレベルアップが必要」。
元の本は祖父の本棚に有ったような気もします。家のどこかで見たように思えますが、有ったとしても辻褄は合いますね。
世界の見方が変わりそうな気がしています。
緻密な情報収集に基づき、非常に情報量が多い良著。
評判の良い医者としての道よりも、革命家として苦難の道を進むことを厭わなかったチェゲバラ。
カストロとチェ。
この2人がいなければキューバ革命は間違いなく成功しなかったであろう。
カストロへの別れの手紙の最後に、
永遠の勝利まで。祖国か死か。
ありったけの革命的情熱をこめて君を抱擁する。
なんというかっこよさであろうか。
キューバでの地位を放棄してまで、新たな困難な地に赴こうとするチェ。
キューバ、コンゴ、ボリビアとラテンアメリカ諸国に限らず、アフリカにまで革命の地を求めようとするチェ。
まさしく生涯革命家であった。
例えば、作者の望むような革命精神を持たなかったと思われるような行動をした人物はかなり露骨にこき下ろしているのに対し、ゲバラの愚かな行動に対してはいちいち作者の弁護が入る。
文章としてはよくできているし、さまざまなルートを使い、詳細に調べたことも分かるのだが、彼が如何に偉大な人物であったとしても、彼のような生き方を無条件に肯定すべきではないし、このような際どい生涯を送った人物の伝記として、むやみに賛美するようなバイアスがかかっていることに危険を感じる。