「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

健康と不健康 2005・08・07

2005-08-07 05:50:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「ブッシュ大統領は訪日する直前、日本で謝罪するつもりはないかと問われて一瞬けげんな顔をして、すぐ原爆投下のことだなと察するとそのつもりは毛頭ないと答えた。
 もし投下しなかったら日本軍は徹底抗戦して、なお数十万数百万の死傷者を出しただろう。原爆はその殺傷をふせいだと答えて謝罪どころか恩にきせた。
 私は十三年前の『週刊新潮』に『頻ニ無辜ヲ殺傷シ』(新潮文庫『やぶから棒』所収)を書いた者である。路上に横死したこの世のものではない被爆者の写真を何千万枚何億万枚複写して、同日同時刻航空機に満載して米ソをはじめ世界中にばらまけと書いた者である。
 それにもかかわらず私はブッシュの言いぶんをもっともだと思う。ブッシュは健康なアメリカ人である。もしその非を認めて謝罪したらいずれ補償を求められる。サギをカラスと言いくるめるのが健康な国家であり個人である。すなわち健康というものはイヤなものなのである
 個人の例を甲子園の高校野球にあげたい。あれは戦前から今と同じく腐敗していた。選手はスカウトと称する人買いが買ってくる。いま選手は一流ホテルに逗留して、おしよせるファンの女子高生と転瞬のうちに室内で通じるのを監督は知って知らないふりをしている。新聞は純真無垢な高校野球のイメージを損ずることならすべて黙殺して記事にしない。『健康』というものの一例である。
 私は健康をほとんど憎んでいる。健全な精神は健全な肉体に宿るなんてウソである。
 ところがひとりわが国だけは私のいわゆる良心的、安ものの正義のかたまりで、平あやまりにあやまってばかりいる。謝罪しないと新聞が謝罪せよと言う

 去年九月天皇陛下がアジア各国を訪問されたときも『反省』や『謝罪』のお言葉がなかったのは残念だったと新聞はそのつど書いた。謝罪すれば弁償を求められる。新聞はこれまでの弁償のリストとそれが一人当り税率いくらに当るかを掲げ、それでもなお人は良心と正義のかたまりかを問うがよい。」

 
前々回私はブッシュ大統領は一度ならず二度まで原爆投下したのに謝罪の意志はあるかと問われて毛頭ないと答えた。よくも言ったなと朝日新聞は怒らない。謝罪すれば補償を要求されるかもしれないからしない。しないのはアメリカ人の利のためで、それなら大統領は健康なアメリカ人である。健康というものはイヤなものだと私は書いた。してみれば朝日新聞は健康でない。日本人の新聞ではない。社会主義の本家本元が瓦解してしまったのに、誰のための『第五列』なのだろう。」

  (山本夏彦著「オーイどこ行くの」-夏彦の写真コラム-新潮文庫 所収)
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