「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

世間知らずの高枕 2005・08・24

2005-08-24 06:20:00 | Weblog

  今日の「お気に入り」は 、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から 。

  「 画家も文士も 、ついこの間まで政治に関心をもたなかった 。

   芸術は風流韻事だった 。藤原定家は天下大動乱をよそに

   『 紅旗征戎はわが事にあらず 』といって 歌を詠んでいた 。

    これがわが『 敷島の道 』の伝統である 。明治になっても尾崎紅葉の

   硯友社の面々は 、政治経済を論じなかった 。論じるものを『 野暮 』

   と笑った 。自然主義の作家も男女のことは書いたが天下のことは書か

   なかった 。

    文士が国事を憂えるようになったのは 、プロレタリア文学以来である 。

   つけ焼刃である 。戦後ジャーナリズムは左翼とそのシンパに占領され

   たが政治的関心は知識人以外に及ばなかった 。この 八月二十日の紙面は

   『 ソ連保守派がクーデター 』と大見出しを掲げたが 、こんな見出しでは

   何も分らない 。保守派といえば わが国では自民党のことである 。ソ連で

   は共産党のことだとは コメントがなければ分らない 。せめて 保守派( 共

   産党 )とカッコ内に示せ 。

    突然さかのぼるが 昭和十二年十二月十三日は 南京陥落の日 である 。南京

   は当時首都である 。首都が陥落したら 日支事変は 当然終ると 国民は望み

   かつ信じていた 。昭和十二年は デパートには 今と同じく物資はあふれ 、

   ネオンは輝いていた 。このことを言うものがないから 何度でも言う 。

    進歩的文化人は 昭和六年の満州事変から敗戦までの十五年間は まっ暗だ

   ったというが 、そりゃ ひと握りの左翼は 警察に追われて まっ暗だったろ

   う 。けれども 国民全員は 共産党でも シンパでも 何でもない 。連戦連勝

   に酔って 提灯行列していた 。

    これを『 世間知らずの高枕 』という 。いつの時代でも 人は どたん場まで

   高枕なのである 。一寸さきはヤミだと知った上で 枕を高くして寝ているの

   である 。今もまたそうである 。後世は これを まっ暗だというであろう 。」


   ( 山本夏彦 著「 世間知らずの高枕 」新潮文庫 所収 )

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