「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2005・08・26

2005-08-26 06:05:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から。

 「私は人が真実だのまごころだのと言うのをうろんだと思っている。第一、人前で言われる真実だのまごころだのは、にせものにきまっている。それは本来含羞を帯びるべきもので、白昼堂々と言ってよいものではない。それにそもそも、めったに存在しないものである。
 たとえば、社員が社長の新築祝いにまねかれて、徹頭徹尾まごころこめた祝辞が述べられようか。社長の新居は社員を搾取して成ったとは、組合員がかげで言ううわさで、まさかこれを祝いの席で言うものはあるまいから、その席の祝辞の半ばは嘘である。
 その社の部長の頓死は、課長の喜びである。課長の定年退職は次席のチャンスである。愁傷のふりをして頓死のくやみを述べれば、遺族は謹んで承るふりをする。悲しいから泣くのではない。泣きまねするから悲しくなるとは私の説ではない。名高い西洋人の説である。
 ボオマルシェいわく、婚礼はまじめの極にして道化の極なり、と。新郎新婦、宴はててのち何するものぞと思えば笑止だろうが、それは口には出さぬものだ。
 個人と個人の交際、会社と会社の交際はまずこんなものである。真実だのまごころだのというのなら、まずそれを見せてくれ。熱誠あふれる新築祝いの祝辞を述べてくれ。」

   (山本夏彦著「二流の愉しみ」講談社文庫 所収)
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