「今日の小さなお気に入り」 - My favourite little things

古今の書物から、心に適う言葉、文章を読み拾い、手帳代わりに、このページに書き写す。出る本は多いが、再読したいものは少い。

2006・07・05

2006-07-05 07:25:00 | Weblog
 今日の「お気に入り」は、山本夏彦さん(1915-2002)のコラム集から、昨日と同じ「向田邦子一周忌」と題した昭和57年のコラムの一節です。

 「私がテレビで最も見るのは捕物帳である。銭形平次であり、大江戸捜査網であり新五捕物帳である。いずれも時代劇ではあるが、その時代がいつかはよく分らない。江戸時代も末だと作るほうも見るほうも思っている。あれはチャンバラを見て溜飲をさげるためのものだから、そのチャンバラにいたる必然性は問わない。すでに江戸を知るものは少いから、それらしければいいのである。
 江戸ばかりか明治を知るものも今は希になった。だから明治は江戸に次いでごまかせるが、大正と昭和初年はまだ知るものが多いからごまかせない。ハチ公の死んだ昭和十年代はなおさらで、知るものはいよいよ多いから、偽ることはいよいよ許されない。字幕に『昭和十○年東京』と書いてしまえばいいが、人情風俗がその通りでなければ見物は承知しない。
 だから向田邦子は仙吉の妻たみに、靴下のなかに切れた電球をいれて、穴かがりをさせたのである。足もとに脱ぎすてた汚れた足袋の片っぽに、もう片っぽを突っこんでその時代と家庭をうつしたのである。それを五燭の親子電球で照らしたのである。」

   (山本夏彦著「『戦前』という時代」文藝春秋社刊 所収)
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