昨日は、下呂市金山町内を車で走っていたらミツマタの花が咲いているのを何か所かで見かけました。
そういえば、先週から知人のうち何人かがFacebookでミツマタが咲いたと書いていたな~と思い出します。
特に珍しくも無いので車を止めて写真を撮ることはしませんでしたが、春を感じながら車を走らせました。
ミツマタは和紙の原材料となることで知られていますが、私が斐太後風土記ではミツマタの記述を見ることは無く和紙の材料として記述があるのはコウゾです。
飛騨地方では数が少ないからだろうと思うのですが全国的にも有名な美濃和紙の原材料もコウゾであることから岐阜県内では恐らくミツマタの和紙は作られていなかったのではないだろうか?と思います。
そんな話と別なのですが、私が岐阜県に住み着いたばかりの頃、こんなにミツマタってあっただろうか?と思うことがあります。
ただ単にミツマタが分からず気づいていなかったということもあるかもしれませんが、10年ほど前から以前より明らかにに増えているように感じています。
最初は何故だろう?と思っていたのですがニホンジカの食の嗜好性に関する資料をみたところミツマタを嫌うことが書かれていました。
それを見て思ったのはシカが食べないからミツマタが増えたんだと思うようになりました。
下呂市南部では早春の頃、ミツマタが咲いたことが話題となり皆で楽しんでいるのですが、視点を変えるとニホンジカの食圧により植生が変化していることを実感できる指標植物にもなるなと思っています。
写真は10年ほど前に下呂市金山町弓掛で撮影したものです。

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そういえば、先週から知人のうち何人かがFacebookでミツマタが咲いたと書いていたな~と思い出します。
特に珍しくも無いので車を止めて写真を撮ることはしませんでしたが、春を感じながら車を走らせました。
ミツマタは和紙の原材料となることで知られていますが、私が斐太後風土記ではミツマタの記述を見ることは無く和紙の材料として記述があるのはコウゾです。
飛騨地方では数が少ないからだろうと思うのですが全国的にも有名な美濃和紙の原材料もコウゾであることから岐阜県内では恐らくミツマタの和紙は作られていなかったのではないだろうか?と思います。
そんな話と別なのですが、私が岐阜県に住み着いたばかりの頃、こんなにミツマタってあっただろうか?と思うことがあります。
ただ単にミツマタが分からず気づいていなかったということもあるかもしれませんが、10年ほど前から以前より明らかにに増えているように感じています。
最初は何故だろう?と思っていたのですがニホンジカの食の嗜好性に関する資料をみたところミツマタを嫌うことが書かれていました。
それを見て思ったのはシカが食べないからミツマタが増えたんだと思うようになりました。
下呂市南部では早春の頃、ミツマタが咲いたことが話題となり皆で楽しんでいるのですが、視点を変えるとニホンジカの食圧により植生が変化していることを実感できる指標植物にもなるなと思っています。
写真は10年ほど前に下呂市金山町弓掛で撮影したものです。



