『友がみな我より偉く見ゆる日よ花をかいきて妻とたしなむ』
これから午前中は東洋一の巨大病院で行われる再検査に行く。三ヶ月ブリでアル。ダンダン体調がよくなってきたから、再検査の間が伸びてきた。ありがたいことである。
エコノミークラス症候群で入院していたからである。まだ某大学大学院博士課程に在学させていただいていた時期に。まさかまさかの展開に(病気になったこと)、こっちがびっくりしたっけなぁ。一昨年の11月であった。あれで、ホトホト勉強するとか、研究するとか、論文を書く・書いてみたいというのが苦手なんだとシミジミ思ったですよん。向いていないんじゃなぁ~とがっかりしたっけ。今更であるが。
勉強してると病気になっちまうのでは、洒落にもならないからである。こんなボキは、他人に説教垂れることはできねぇ、できねぇ、やっちゃいけねぇ。
それもこれも、十代後半の大学受験時期にまったく勉強しなかったからである。後悔のみがある。
しかしである。高校時代は、なんと大学学部で仏教哲学をやってみたいと真剣に思っていたのだから、嗤ってしまう。なにを考えていたんだろう。
ちなみに、ボキは寺の息子ではない。田舎の町役場吏員であった亡父と、師範学校出身の小学校教師であった亡母の子どもであった。だから両親に実にがっかりされたのである。申し訳なかったと今更ながら思っている。だから学費も出してくれなかったのだ。新聞配達して進学して行ったのはそういう事情があるのだ。
しかし、アル寺院から学費援助の申し出があったのは嬉しかったけど、それは断った。なにも僧侶になりたいとは思ってもみなかったし、クチが裂けてもそんな冗談は言えないからである。そんなエラそうなことを言っていたら地獄に墜ちますからなぁ~(*゜∀゜*)。
しかも、秀才揃いのクラスメイトたちから、そう考えた理由について一時間話をせよと言われてやってしまったのだから、もっと大バカである。
だから、高校の同級会なんて行けやしない。
みっともなくて。
吾以外はミンナ社会の中枢を担っているからである。啄木の短歌にもあるではないか。
『友がみな我より偉く見ゆる日よ花をかいきて妻とたしなむ』
これである。これ。
みっともなくて、あさましくて、生きて居られるだけでボキは幸せなんである。
ありがたや、ありがたや。
マジに。