難行苦行とたやすい道のどちらかを選べば良いかとなったら、ボキもたやすい道を選んじまう。近道もそうだ。できるだけ距離の短い道を選んでしまう。それが凡人の多くの生き方であろう。
しかし、宝は苦難に満ちている道の方にある。これは経験上間違いなかった。
間違った道を歩んできたというのはない。法に違反した道は避けて通ってきた。でないと喰っていけないからだった。しかし、苦しい道の中にはおおいに宝があった。
新聞配達して大学を出られたから、今のボキがあるのじゃ。後に大学教授になった親友は、朝刊配達に出かけるボキの姿に泪を禁じ得なかったと書いてきたっけ。そんなにまでして行く大学じゃねぇだろうと言われてしまった。そりゃそうだ。Fラン大学だったし、将来の見込みはまったくなかったからである。
それでもセンコーになった。教育実習ができなくて、免許が取れなかったけど。バイトばかりやっていたからである。
なぜ、このアホのボキに亡父亡母がゼニを出してくれなかったのかと思うと、今になってわかるような気がする。亡父亡母は、ボキが苦学してまで卒業した大学を大学と認めていなかたからである。そりゃそうだ。亡母は、師範学校卒だったからだ。一応国立ではないか。
苦難の道は、高校卒業から始まってしまった。
選択の余地はない。受験料すら払えなかったからだ。もうこの大学に行くしかなかった。朝刊配達、集金、夕刊配達。これしかなかった。難行だった。
でも、よかったと思っている。あえて苦難の道を選んだからである。
ま、それで性格がねじ曲がってしまったけどねぇ。
楽隠居だけはしないで、死のうと思っている。それがダメジジイの生き方にふさわしい。それしかできなかったのだからな。
BYE-BYE!