所属する写真愛好会の1月度例会をかねた新年会が地元の民家を改造した小さな料理屋さんで12時集合で実施された。
14名の会員のうち4名が体調不良ほかで欠席したが出席した面々は新年とて意気盛んな感じ。メンバーの一人が奥様のつきそい支援が必要になったということで退会の申し出があった。まあ出席できそうなときには顔を出したらどうですか、準会員ということで籍は残しておきましょうということになった。なんせ平均年齢が75歳、超元気な83歳の長老メンバーもいらっしゃるがこんな事態はこれからもでてきそう。3時過ぎまでわいわいがやがや楽しい集いだった。高齢化の流れの中ではこんな気の置けない友がどれだけいるかが大事になると思うのだが・・・。くだんの長老がこれから大善寺の火祭りに行くと言い出され若手といっても65,68,71歳の3人が同行することになり新年会はお開き。
久留米、大善寺の「鬼夜」という火祭りは和歌山の那智の火祭り、長野の野沢の火祭りとならんで日本3大火祭りと称されている。とりわけ大善寺の火祭りでつかわれる松明は先端の直径1M、長さ13M、重量1.2Tと最大らしい。燃え盛り舞い上がる火の粉をあびるとこの1年無病息災、五穀豊穣のご利益があるとか。同じ日、太宰府天満宮では「鬼すべ」という厄払い神事が行われており去年のブログで紹介したが大善寺玉垂宮の神事は1600年もの古い歴史があるとのこと。西鉄二日市から特急に乗り久留米の次の大善寺駅でおりて10分足らずで神社につく。思ったより暖かいのでよかったと思っていたがなんのなんの暗くなり8時ごろはしんしんと冷えてきた。写真愛好家らしき人に声をかけると地元の人で毎年来ているという。毎回狙いを絞って撮りたい被写体をきめているという。当然私は初回故、今回は調査撮影と割り切っているがいろいろ情報を教えてくれた。
竹を編み上げた長大な松明が6本並んでおり、先端の点火部に松の枝木が埋め込まれている。この下方に位置すると燃え上がる炎と先端部にかけのぼる締め込み姿の男衆が撮れるが風向き次第では火の粉や煙をまともにあびて化繊の防寒着などは穴だらけになってしまうらしい。7時半お潮井取りがなされ、6組の男衆が川と本殿の間を掛け声をかけながら2周する。9時まえ神事がおこなわれるがなかなか点火とはならない。観衆は寒い中でじっと待つしかない。やがて松明をもった男衆たちがやってきて6本の松明の先頭部に点火される。
なにせでかい松明、すぐには燃え上がらない。じっと待つ。やがて歓声とともに一斉に燃えあがる。
今まで観衆をせきとめていたロープがとりはらわれる。一瞬なんで?と思ったが燃え上がる炎や火の粉をあびて無病息災を祈る祭りだから観衆も、どっと松明の周辺になだれ込こむという仕掛けだ。何のため写真を撮るための場所どりをしていたのかと腹立たしい。とはいえごうごうと燃え盛る大たいまつの上を締め込み姿の男衆が駆け上り、興奮が最高潮になる。
55-300ミリの望遠で炎と男衆をとる。16-45ミリの広角で下から支える男衆たちをファインダーで切り取る。火の粉が飛んでくる。押し合いへし合いでシャッター乱写。ぶれぶれの写真が量産される。
「鬼すべ」は周りから囲んで撮るというスタンスだがこちらの「鬼夜」は観衆参加型の祭りだ。カメラ2台は邪魔になる。レンズは18-200ミリ1本でよかったと反省。それに外付けのストロボもあればよかったね。明るいレンズと高速シャッターが必要。まあ火の粉も相当あびたし、ご利益を期待しよう。22時50分の急行で帰途につく。いやはやお疲れさんでした。帰宅は深夜零時前。晩飯も食べるのも忘れて頑張ったということになる。