2013年に発表された村上春樹の長編小説である。文庫版で421ページ、1巻のみの、彼の長編小説としては比較的短いほうの部類だ。物語としての面白さに引き込まれて一気に読めた。無意識を最大限活用して物語を紡ぎ出すのが彼の小説執筆作法だから、実際に物語の中でも夢や空想と現実が相互に影響し合っているし、精神分析的な深読みもできるのかもしれない。しかし私はそういう分析的な読み方より、自分の人生と世界の仕組み=謎を少しでも解き明かそうとする主人公の心の旅=冒険を共有できることに何よりの喜びを見出している。だから、村上春樹の小説を読んで何かを学ぼうとしているのではなく、読むこと自体が快感なのである。
高校時代の仲良し5人組から大学の時に追放されたことが今でもトラウマとして残っている主人公の多崎つくるは、人にこれと示せるような特質がない、つまり色彩が希薄であると自分で思っている。36歳になったとき、はじめて本気で好きになった沙羅から強く勧められて、高校時代の友人たちから自らが拒絶された理由を聞くために旅に出る。そこで聞いたことよって他者の弱さも知り、失われていた人生の断片を取り戻そうとする。一方、沙羅は他にも付き合っている男がいることを知る。最後に彼女は自分を選んでくれるのか決断を引き出そうとするが、結末は示されずに小説は終わる。
おそらく沙羅はつくるを選ぶのだと思うが、仮に選ばなかったとしても、大学時代で止まっていた彼の人生は再び動き出したのだ。それこそが大きな収穫ではないか、と言わんとしているようだ。
この小説に何度も出てくる音楽は、リストのピアノ曲集「巡礼の年」の中の「ル・マル・デュ・ペイ」という曲、それもラザール・ベルマンというピアニストによる演奏だ。それが映像と共にユーチューブに紹介されていた。
Liszt: Le mal du pays / Lazar Berman / Haruki Murakami / Années de pèlerinage