ちょっと驚くべき論文が出たので、緊急で紹介します。
人間社会にみられる社会的地位の継承(世襲)は、人間に特有な文化であり、実力主義や平等主義に反する、どちらかというとネガティブな捉えられ方をすることが多いと思います。しかし、そんな社会的地位の世襲の存在が、人間以外の哺乳類でも発見されたというのです。
『「地位に依存した社会性の継承は、ブチハイエナの社会的ネットワーク構造を決定する」Rank-dependent social inheritance determines social network structure in spotted hyenas. Amiyaal Ilany, Kay E. Holekamp, Erol Akçay. Science 16 Jul 2021: Vol. 373, Issue 6552, pp. 348-352』という、イスラエルと米国の研究者による論文で、7月にサイエンス誌に掲載されました。この論文の内容をあらわした写真が、この号のサイエンス誌の表紙にもなっています。
なお、サイエンス誌は、論文が掲載されてから1年経たないと全文をフリーで見れません。掲載から1年間は高い購読料を払わないと読めません。そのため、すぐ見れる要旨から紹介します。
『動物の社会的ネットワークの構造は、病原体や情報の伝播だけでなく、生存(寿命)や繁殖の成功にも影響を及ぼします。しかし、社会構造を決定する一般的なメカニズムは不明確なままです。ブチハイエナは、女性優位の高度に構築された社会システムを持つ動物です。27年間にわたって収集された、野生のブチハイエナにおける73,767の社会的相互関係のデータを使用することで、社会的継承のプロセスが、どのように自分の子の社会的関係の形成と維持を決定するかを示します。自分の子と他所の子の関係は6年間にわたって、その母親と他所の子の母親の関係に類似しており、類似度は母親の社会的地位が上がるほど増加します。母子関係の強さは、社会的継承(世襲)に影響を及ぼすとともに、子供の寿命と正の相関を示します。こうした結果は、社会的関係の継承は動物の社会的ネットワークを形づくることができ、適応的トレードオフの主題であるとする仮説をサポートします』
これを、少しわかりやすく書いてみます。ブチハイエナは母親たちと子供たちで社会を作っています。そして、母親たちはそれぞれ、ある特定の社会的地位を持っています。地位の高い母親もいれば、地位の低い母親もいます。その地位の高さによってエサにありつける順番が決まっているとか、なんからの利益の違いがあるのでしょう。そして、母親の地位が高ければその子供も地位が高くなるし、母親の地位が高ければ高いほど子供も高くなりやすい、というところが今回の発見です。
さらに、母子関係が強いほどこうした地位の継承は起きやすくなり、また子供の寿命も長くなるということです。つまり、人間も含めた哺乳類において「社会的地位の高さ=寿命の長さ=健康度の高さ(=幸福度の高さ(※私の解釈))」という式が成り立つという、前回紹介した総説論文の内容とも一致しています。
具体的にブチハイエナのどのような行動によって社会的地位の継承が起きるのかは、この要旨からだけではわかりません。しかし、人間だけに見られると思われた世襲といういわば文化的な現象が、他の哺乳類にその進化的起源がある可能性が示されたことになります。この社会的地位の継承に、遺伝子はどの程度関与しているのかが興味深いところです。社会的地位の高さをサポートするような遺伝子があるのであれば、母子間の遺伝で説明できるかもしれません。しかし、母子関係が強いほど継承が起きやすいということから、むしろ文化的伝達=ミーム的伝達によって説明したほうがより妥当なように思えます。
一方、エサにありつけないとか、病気で弱っているなど、困っている母親や子供がいたら助けてあげるような利他的行動は、こうした社会的地位の継承社会と共存しているのか、あるいは共存しえないのかといったことも、ぜひ知りたいものです。
PS
ここ数年、出版された心理学系の本の帯に、メンタリストDとかいう人の推薦文とポーズを取った写真が出ているのをよく見るようになりました。なんかうさん臭くて気持ち悪くて、せっかく本の中身が良くても買う気がしなくなるなと思っていました。これは、ほんとに個人的な印象で、あまり人に言えるようなことではなかったのですが、メンタリストDとかいう人はとうとう正体をあらわしてしまったようですね。