宇宙論の最先端ではどこまでわかってきたのか、ブルーバックスでは類書がたくさん出ているが、究極の宇宙論の本が出たと思ったので本書を購入した。私にはまったくの専門外だが、ただただ興味が引かれた。そして、想像力の範囲を超えすぎているので、無機質な数字として受け入れるしかない世界であった。どういう理屈でそのような結論になるのか、説明があってもあまり理解できないところも多いが、我々素人はそういうところにこだわらず、わかったつもりでスルスル読み進めていったほうが楽しめると思った。
執筆者はカリフォルニア大学バークレー校教授で、バークレー理論物理学センター長の野村泰紀氏である。章ごとに、私なりのノートを書きとめたい。
第1章 現在の宇宙
・現在の宇宙は、エネルギー密度で見た場合、約69%が加速膨張を引き起こすダークエネルギーで占められ、物質は残りの約31%にすぎない。その物質も、約26%はダークマターと呼ばれる正体不明の物質であり、私たちの知っている標準模型の粒子は全エネルギー密度の約5%を占めるにすぎない。これらの粒子も、星や銀河として存在しているのは約0.4%しかなく、残りはガスかニュートリノである。宇宙のエネルギー密度の大部分は正体不明のものであり、我々が見ている星や宇宙は、ほんの一部しか占めていないのだ。
第2章 ビッグバン宇宙Ⅰー宇宙開闢約0.1秒後「以降」
・宇宙誕生38万年より前は、温度が高すぎて、原子核と電子がバラバラに飛びまわっており、光は電荷を持った電子に散乱され、まっすぐ進めなかった。誕生から38万年が経つと、温度が3000度以下になり、原子核と電子は現在のような原子の状態になり、光は散乱されなくなって直進できるようになった。この時点で、宇宙が光に対して不透明から透明な状態に変わった出来事を「宇宙の晴れ上がり」という。現在私たちが宇宙背景放射として見ているのは、この誕生後38万年の時点の宇宙から伝播してきた光(電波)なのである。
第3章 ビッグバン宇宙Ⅱー宇宙開闢約0.1秒後「以前」
・宇宙誕生約1~10分で温度が約1億度、10⁻⁶秒が約1兆度、10⁻¹²秒が約百兆度で、ダークマターの量はこの時期に決まったと考えられている。
・ダークマターの最有力候補の1つとされているのが、ウィンプである。ウィンプとは、特定の粒子を指すものではなく、私たちの知る粒子に働く弱い力(β崩壊を司る力)と同程度の強さの相互作用をする、安定な粒子の総称だという。ウィンプの質量は、陽子の質量の100~1000倍ほどである。ダークマターの直接検出実験や、ウインプを加速器で作る実験が、世界各地で行われている。ヨーロッパにある大型ハドロン衝突型加速器(LHC)は、100を超える国から1万人以上の研究者が参加して、1兆円以上の資金を投じて行われている超国家プロジェクトである。
第4章 インフレーション理論
・ビッグバン宇宙論によれば、私たちのこの宇宙は、その初期にはほぼ完全に一様で超高温高密の世界だった。そして私たちやその周りの世界を構成する通常の物質は、反物質との対消滅を逃れたわずかな「残りカス」であり、現在の宇宙の全エネルギー密度の数%を占めるにすぎない。また、銀河、星、ひいては生命等を含む宇宙の全ての構造の起源は、宇宙初期に存在したたった10万分の1程度の密度揺らぎだった。
・宇宙はなぜここまで平坦なのかを説明するために、インフレーション理論が生まれた。宇宙は高温高密のビッグバンの状態になる前に、インフレーションと呼ばれる指数関数的、加速膨張の時代を経た。この爆発的加速膨張は、私たちが現在観察できる宇宙をほぼ完全に一様かつ平坦にしてしまう。インフレーションが起こった時期は宇宙誕生後10⁻³⁸秒から10⁻²⁶秒くらいの間だったと考えられている。
第5章 私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか
・相対性理論によれば、質量ゼロの粒子というのは、自然界で許される最大の速さで、常に動いている。そうした粒子として、光(電磁波)、重力子があり、速度は光速である。
・現在の宇宙のように空間が膨張、しかも加速的に膨張していれば、その空間の膨張の効果が光の伝播する効果に打ち勝って、AからのシグナルがBに到達できないという状況があり得る。このようなことが起こるのは、シグナルを発した時点のAB間の距離がある程度以上の場合となる。これを、「遠くの銀河は地球から光速より速く遠ざかっている」と表現することがあるが、「空間自体の膨張の速さは、物理的なシグナルの伝播と違って、光速に縛られることはない」と理解することができる。
第6章 無数の異なる宇宙たちー「マルチバース」
・真空のエネルギー密度は、量子力学で理論的に予想した数値に対して、観測で見られた数値が120桁近く小さいという矛盾があった。ここで、宇宙はたくさん存在すると仮定する。異なる宇宙の種類が10¹²⁰以上あれば、その中のいくつかの宇宙はたまたま小さい真空のエネルギー密度、すなわちその内部に(我々の宇宙のような)構造が生まれ得る範囲の真空のエネルギー密度を持つだろうと考えられる。そして、銀河や星、生命といった構造はこのような「ラッキーな」宇宙にのみ生じ得る。
・これまで統合が難しかった電磁気力の量子理論と重力理論をまとめて記述できる、ほぼ唯一の完全な量子重力理論である超弦理論が、1980年代に提唱された。超弦理論では、時空の次元の数は、空間9次元、時間1次元の10でなくてはならない。これは、私たちが知覚する時空が4次元であるという事実と矛盾はしない。空間の中のいくつかの方向への広がりが、その大きさが知覚できるサイズよりはるかに小さかったならば、その方向に対応する次元は「小さすぎて見えない」ということになる。そうした次元を余剰次元という。余剰次元の大きさは、10⁻³⁴m程度と推定されている。原子核の半径が大体10⁻¹⁵mであることと比較しても、いかに小さいスケールかがわかる。
・時空では永久に加速膨張を続ける「背景」の中に、無数の泡宇宙が生み出し続けられている。その泡宇宙の種類は、超弦理論によると10⁵⁰⁰かそれ以上にも上り、それぞれの宇宙において、素粒子の種類、質量、真空のエネルギー値、空間次元の数に至るさまざまな性質が異なっている。私たちが住んでいる宇宙は、この無数の泡宇宙の1つにすぎない。
エピローグ~私たちの宇宙の将来
・私たちの住むこの宇宙の未来はどうなっていくのだろうか?私たちの銀河系は約40億年後にはアンドロメダ銀河と衝突、合体をして1つの大きな銀河になる。近傍の墓の銀河もこの巨大銀河にのみ込まれる。しかし、銀河の中の恒星同士の距離は非常に離れているので、恒星同士が衝突することはまずない。私たちの太陽は、50億年ほどもすれば燃え尽きて、白色矮星と呼ばれる小さな天体になってしまう。一方、私たちの銀河系から十分離れたところにある銀河は巨大銀河に吸収されることなく、宇宙が加速膨張を続けることによりどんどん遠ざかっていく。そして数百億年後に、それら全ての遠ざかる速さが光速を超えることになり、永遠に視界から消えてしまう。そして、このはるか後、およそ10²²億年後、この巨大銀河も重力により太陽質量の10¹⁵倍、半径300光年程度の巨大なブラックホールへ崩壊してしまう。そしてこれより先、宇宙にはこのブラックホールがのみ込めるものは何もなくなり、10¹⁰⁰億年かけてゆっくりと蒸発していくことになる。その後には、宇宙はただ加速膨張を続けるだけの「からっぽ」の空間になってしまう。マルチバース理論によれば、私たちの宇宙はどこかの時点で別の宇宙に崩壊してしまう。しかし、それがいつなのかは、現在の理論では計算できないという。
現代の宇宙論ではそういうとんでもないことになっていたのかと初めて知った。どんなに極端な値でも、無限といわずに、ちゃんと数字で表せるのである。読んでよかったと思う。