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哺乳類進化研究アップデート No.21ーゲノミクスが明らかにした病気の起源③

2022-04-23 07:59:37 | 哺乳類進化研究アップデート

進化医学という分野の最近の進展が網羅的にまとめられている、米国ヴァンダービルト大学のメアリー・ローレン・ベントン博士らによるレビュー論文「Benton, M.L., Abraham, A., LaBella, A.L. et al. The influence of evolutionary history on human health and disease.(進化の歴史が人間の健康と病気に及ぼす影響) Nat Rev Genet 22, 269–283 (2021).」の紹介3回目です。今回は、生命誕生から最近のヒトの進化までの過程に起きた重要な進化的イベント(上段)と病気の起源(下段)との関係についてまとめられた年表(下図)について、右のほうの「最近のヒト進化」を見ていきます。700万年前の人類誕生以降の進化の歴史です。

脳の発達によって様々な精神疾患が発生したこと、環境やライフスタイルの変化で生活習慣関連疾患が増加したこと、衛生環境の変化で炎症性疾患が問題化したことなどが書かれています。トレードオフやミスマッチという原理で説明できるものばかりです。難しいことが書かれていますが読んでみます。

深い進化的過去における適応が病気のための新しい基盤を作り出したように、ヒトの系統にかかった進化の圧力は、複雑な認知能力の基礎を築きましたが、同時に多くの精神神経疾患や神経発達障害の可能性も作りました。例えば、ゲノム構造変異は、新規遺伝子の出現を通じて、脳の機能革新を可能にしました。多くのヒト特異的な分節重複は、SRGAP2CやARHGAP11Bのような遺伝子に影響を及ぼし、大脳皮質の発生において機能し、ヒトの脳の大きさの拡大に関与している可能性があります。また、ヒト特有のNOTCH2NLは、部分重複によって進化したと予想され、ヒトの大脳皮質形成時の出力増加に関与しており、これもヒトの脳の大きさに大きく寄与している可能性があります。これらの構造変異はおそらく適応的なものですが、神経精神疾患や発達障害にかかりやすい体質になっている可能性もあります。ARHGAP11Bに隣接する領域のコピー数変異、特に15q13.3の微小欠失は、知的障害、自閉スペクトラム症(ASD)、統合失調症、てんかんのリスクと関連しています。NOTCH2NLとその周辺領域の重複や欠失は、それぞれ大頭症やASD、小頭症や統合失調症に関与しています。このようなトレードオフは、タンパク質のドメインレベルでも展開されている。例えば、Olduvaiドメインは、ヒトゲノムに約300コピー存在する1.4kbの配列で、このドメインはヒト特異的にコピー数が大きく増加しています。このドメインは、神経芽腫ブレイクポイントファミリー(NBPF)遺伝子にタンデム配列で現れ、脳の大きさの増大と自閉症や統合失調症などの神経精神疾患との関連が指摘されています。これらの例は、これらのヒト特有の重複のゲノム構成が、脳の発達におけるヒト特有の変化を可能にした一方で、ヒトの病気の原因となる有害な再配列の可能性を高めた可能性を示唆しています。

約20万年前、アフリカに「解剖学的現生人類」(AMH、ホモ・サピエンスのこと)が初めて出現しました。このグループは、現代人グループの主要な身体的特徴を持ち、道具の発達、芸術、物質文化の急速な向上を可能にする独自の行動・認知能力を発揮しました。

およそ10万年前、AMHのグループはアフリカから移動し始めました。現代のすべてのユーラシア人の祖先となる集団は、数万年後にアフリカを出たと思われ、すぐにユーラシア大陸に広がりました。アメリカ大陸への進出とさらなるボトルネック(集団の規模が急激に減少し、遺伝的多様性が減少すること)は、3万5000年前から1万5000年前の間に起こったと考えられています。ボトルネックや創始者効果(少数の個体が新しい集団を形成した結果、遺伝的多様性が減少すること)を経験した集団は、そうでない集団に比べて突然変異負荷が高くなります。これは主に、有効集団サイズが小さく、選択の効果が低下するためです。このように、移動するヒトの集団は、アフリカに存在するヒトたちよりも少ない遺伝的変異しか持ちませんでした。アフリカ外への移住とその後のボトルネックによる多様性の減少が、アフリカ外のすべての集団の遺伝的景観を形成しました。

数万年前、AMHはアフリカからの移住後、孤立して生活していたわけではありません。むしろ、他の旧人類グループ、すなわちネアンデルタール人やデニソワ人と何度も混血が起こった証拠があります。現代の非アフリカ人集団は、その祖先の約2%をネアンデルタール人に由来しており、一部のアジア人集団はさらに高い割合で古人類を祖先にしています。アフリカの集団は、ネアンデルタール人とデニソワ人の祖先をわずかに持っていますが、これは主に旧人類を一部の祖先に持つヨーロッパの集団から逆移動してきたものです。しかし、現代のアフリカ人集団のゲノムには、まだ知られていない他の古人類との混血の証拠も存在しています。

1、2万年前、人類が新しい環境にさらされ、農業や都市化などのライフスタイルが大きく変化することで、適応の機会が生まれました。古代DNAの配列決定技術の確立と最近の統計学の進歩により、人類の適応と最近の環境変化との関連付けが可能になりつつあります。最近の急激な環境変化は、複雑な疾病の新たなパターンを生み出しています。祖先の環境と現代の環境に対する生物学的適応度のミスマッチが、肥満、糖尿病、心臓病など、座りがちなライフスタイルや栄養不良に由来する多くの一般的な疾患の蔓延の原因になっています。CREBRFの変異体は、飢餓の時代に人々の生存率を向上させたと考えられていますが、現在では肥満や2型糖尿病と関連しています。古代ヨーロッパ人の集団の研究では、エルゴチオネイン輸送体であるSLC22A4の変異体は、エルゴチオネイン(抗酸化物質)の欠乏から守るために選択されたと思われますが、セリアック病、潰瘍性大腸炎、過敏性腸症候群などの胃腸障害にも関連しています。最近の研究では、家系と免疫反応の間には関係があり、アフリカ系の家系はより強い反応を示すことが示唆されています。これは、ヨーロッパ系住民の新しい環境に対応する選択的プロセスの結果かもしれませんし、アフリカでは現在、病原体の負担が大きく、炎症性疾患や自己免疫疾患の発生率が高くなっている可能性もあります。

現代人の環境では、現在の低い寄生虫感染レベルと、より高い寄生虫負荷の下で進化した免疫システムとの間にミスマッチが起きています。このミスマッチが、現代人に見られる炎症性疾患や自己免疫疾患の増加の一因になっていると推測されています。例えば、クローン病や多発性硬化症など10種類の炎症性疾患に関連する遺伝子座は、衛生仮説(病原体の多い環境に適応してきた免疫系が、病原体の少ない現在の環境にミスマッチしているという仮説)と一致する選択の証拠を示しています。さらに、2型免疫応答経路の変異体に対する最近の正の選択は、喘息への感受性と関連する対立遺伝子を高めました。このことは、最近の進化の過程で、炎症性疾患や自己免疫疾患への罹患率が高まる代わりに、免疫反応が高まったり変化したりするようになった可能性を示唆しています。こうした洞察は、慢性炎症性疾患患者における免疫調節を目的とした寄生虫や天然物の使用など、幅広い臨床的可能性を示唆しています。

(ゲノミクスが明らかにした病気の起源・完)


哺乳類進化研究アップデート No.20ーゲノミクスが明らかにした病気の起源②

2022-04-16 12:23:22 | 哺乳類進化研究アップデート

進化学の視点で病気の原因などを解明する進化医学という分野において、最近の進展が網羅的にまとめられている、米国ヴァンダービルト大学のメアリー・ローレン・ベントン博士らによるレビュー論文「Benton, M.L., Abraham, A., LaBella, A.L. et al. The influence of evolutionary history on human health and disease.(進化の歴史が人間の健康と病気に及ぼす影響) Nat Rev Genet 22, 269–283 (2021).」の紹介2回目です。生命誕生から最近のヒトの進化までの過程に起きた重要な進化的イベント(上段)と病気の起源(下段)との関係についてまとめられた年表(下図、私が和訳)がなかなか良くできています。

この年表にある深い進化的過去(左)は、必要不可欠でありながら、病気の基礎ともなる生物学的システムを形成しています。最近のヒト進化の過程(右)では、新しい形質の発達や近年の急速な人口増加や環境の変化により、遺伝型と現代の環境とのミスマッチが生じ、病気を引き起こす可能性が生じています。

今回はこの図の左のほう、「深い進化的過去」を見ていきます。生命誕生から人類誕生前までの進化の歴史です。

40億年前に自己複製を行う分子が誕生したことは、生命の基礎となりましたが、同時に遺伝病の根源ともなっりました。同様に、非対称細胞分裂は、細胞損傷を効率的に処理する方法として進化したかもしれませんが、多細胞生物における老化(加齢)の基礎を築いたともいえます。ヒトや他の多くの多細胞生物に見られる無数の加齢関連疾患は、この最初の進化的トレードオフの現れです。

数十億年前の多細胞の進化は、何兆個もの細胞を持つ複雑なボディプランを可能にし、細胞サイクルの制御、成長の調節、複雑なコミュニケーションのネットワーク形成といった細胞の能力に関連する革新をもたらしました。しかし、多細胞化はまた、がんの基を作りました。細胞周期の制御を行う遺伝子は、しばしば世話役と門番の2つのグループに分けられます。世話役は、細胞周期の基本的な制御やDNA修復に関与しており、これらの遺伝子の変異は、しばしば突然変異率の上昇やゲノムの不安定化をもたらし、いずれも発がんリスクを増大させます。門番遺伝子は、細胞の成長、死およびコミュニケーションを制御する役割を果たすことで、腫瘍形成に直接的に関連しています。ある患者における個々の腫瘍の進行も同様に、進化的な視点によって理解ができます。腫瘍における薬剤耐性の進化と不均一性を考慮した治療法の設計は、現代の癌治療の信条となっています。

数億年前の免疫系の進化もまた、調節障害と疾病の土台を設定しました。哺乳類の自然免疫系と適応免疫系は、ともに古くから存在します。自然免疫系の構成要素は、多細胞動物(後生動物)や一部の植物にも存在する一方、適応免疫系は顎のある脊椎動物に存在します。これらのシステムは、自己/非自己を認識し、病原体に応答する分子メカニズムを提供しますが、多くの異なる既存の遺伝子やプロセスを用いて、それぞれのシステムが個別に進化しました。例えば、内在性レトロウイルスを利用することで、インターフェロン応答に関する新たな制御因子を得ることができました。また、ヒトの免疫系は、蠕虫などの寄生虫と何百万年もかけて共進化してきました。蠕虫の感染は、ヒトの免疫応答を誘導し、また調節します。

数億年前から進んできた発生に関する進化論的分析により、新しい解剖学的構造は、生命の歴史の中でより早い時期に確立された既存の構造や分子経路を共用して生じることが多いことが明らかにされています。例えば、動物の目、四足動物の四肢構造、哺乳類の妊娠はそれぞれ、古くからある遺伝子や制御回路を新しい方法で適応・統合することによって進化したものです(自然のブリコラージュですね)。このように新しい形質が既存の生物システムのネットワークに統合されることで、多様な形質の間に、その発生や機能の根底にある共通の遺伝子を介したつながりが生まれます。その結果、多くの遺伝子は多面的であり、一見無関係に見える複数の形質に対して影響を及ぼします。このことがまた、病気の発生する基盤を形成しています。

1億7000万年前に出現した胎盤哺乳類の妊娠は、胎児由来の一過性の胚外器官である胎盤を介して、胎児と母体の組織が生理的に統合されるものです。ヒトを含むいくつかの哺乳類では、胎盤形成は母親にとって非常に侵襲的であり、資源の供給をめぐって母親と胎児の間で生理的な綱引きが行われます。この不安定なバランスが崩れると、妊娠に伴う病気が発生する可能性があります。胎盤形成中の母体の動脈リモデリングがうまくいかないと、胎盤の侵入が制限され、その結果、ストレスを受けた胎児による代償反応が引き起こされます。このアンバランスは、母体では炎症、高血圧、腎障害、タンパク尿を、胎児では酸化ストレスの増加や自然早産を引き起こすことになります。タンパク尿を伴う妊娠関連母体高血圧症は、臨床的には妊娠高血圧腎症(子癇前症)と定義され、未治療では母体・胎児ともに予後不良となります。妊娠高血圧腎症は、母体と胎児の進化的な綱引きの結果であると理解できます。


哺乳類進化研究アップデート No.19ーゲノミクスが明らかにした病気の起源①

2022-04-09 15:28:21 | 哺乳類進化研究アップデート

先日の記事「哺乳類進化研究アップデート No.18ーシュプリンガー・ネイチャー社の推す2021年進化生物学論文」に入っていた論文の一つである②「進化の歴史が人間の健康と病気に及ぼす影響」を取り上げて、何回かに分けて紹介したいと思います。

米国ヴァンダービルト大学のメアリー・ローレン・ベントン博士らによるレビュー論文「Benton, M.L., Abraham, A., LaBella, A.L. et al. The influence of evolutionary history on human health and disease. Nat Rev Genet 22, 269–283 (2021).」です。進化学の視点で病気の原因などを解明する進化医学という分野において、最近の進展が網羅的にまとめられているので、読んでみたいと思います。

 

ゲノム解析の進歩

ヒトの遺伝子、つまりゲノム配列が病気の原因になったり、かかりやすさに影響するのですが、ヒトのゲノム解析はどこまで進んでいるのでしょうか。現在、12万を超えるヒト全ゲノム配列が公開されており、さらに数十万のゲノムデータが一般消費者向けゲノム解析企業によって作成されています。また、巨大なバイオバンクにより、世界中の数百万人の遺伝子型(遺伝子変異のあるなし)と表現型(いろいろな病気のあるなし)が明らかにされつつあります。 これらの研究により、病気の遺伝子構造に関する理解が大きく変わりつつあるということです。また、数千年前の生物の遺体から古代のDNAを抽出し、配列決定することが可能になったため、人類の適応の歴史を高い解像度で再構成することができるようになったそうです。

 

遺伝子と疾病リスクの関係

下のグラフは、疾病リスク(y軸)は、遺伝子型(それぞれの色付線)と環境(x軸)の両方の関数である(両方によって決まる)ことを模式的に示しています。A、B、C、Dは、遺伝子型の4つのパターンを例示しています。

A線(赤線)は、すべての環境において疾患を引き起こすような種類の遺伝子型を示しています。メンデル遺伝疾患の中でも極端なグループです。一方、D線(紫線)は、環境と遺伝子型が非常に特殊な組み合わせの場合にのみ、病気のリスクが生じる場合を示しています。その例が、フェニルケトン尿症(PKU)で、フェニルアラニン水酸化酵素の両方のコピーが機能しなくなる突然変異と、フェニルアラニンを含む食事がある場合にのみ発症する病気です。そして、B線(青線)とC線(黄線)は、A線とD線の中間的な位置に相当し、多くの病気が該当します。

このように、病気は多くの場合、遺伝子型と環境との間の根本的な進化的「ミスマッチ」から生じています。例えば、現代人の多くが、遺伝率の高い(30-40%)慢性疾患である肥満のリスクを高くしている原因の一つは、人間のライフスタイルの急速かつ最近の変化、例えば高カロリーの食品を食べ、より座りがちなライフスタイルを続け、睡眠時間を短くすることに起因しています。ここでは、遺伝子型と急速に変化する環境との間の「ミスマッチ」によって肥満が顕在化している。遺伝子型はしばしば、異なる形質において相反する効果を発揮します。この進化的パターンは拮抗的多面性と呼ばれ、しばしば疾病の原因となります。典型的な例として、ヘモグロビン・サブユニットβ(HBB)遺伝子座の変異は、マラリアに耐性を示すため身を守ろうとする正の選択の力と、鎌状赤血球貧血を引き起こすことに対する負の選択の間で、一定のバランスがとれている、つまり「トレードオフ」の状態にあります。これらの例が示すように、現代人の病気の多くは、集団が環境の変化に適応していないミスマッチのため、あるいは以前の適応が健康と適応との間のトレードオフにつながったために存在しているのです。しかし、病気はいつの時代にも存在するもので、現代社会だけの産物ではありません。表現型にばらつき(多様性)がある限り、病気は避けられません。ある個体は、ある環境においては他人よりも適しているというだけです。また、他の進化的な疾病の原因として、進化は完璧な身体をもたらしたわけではないということや、別個に進化してきたそれぞれの遺伝子や身体システムは一定の妥協点でバランスを取っているためその妥協点を乱すような条件が加わると病態につながるということも考えられています。


哺乳類進化研究アップデート No.18ーシュプリンガー・ネイチャー社の推す2021年進化生物学論文

2022-03-06 10:57:26 | 哺乳類進化研究アップデート

ネイチャーとその姉妹紙の他、多くの学術雑誌を出版しているシュプリンガー・ネイチャー社が、2021年の研究ハイライトとして各分野9報ずつ論文をリストアップしました。その中から、進化生物学分野で推されている論文9報を紹介します。今回は哺乳類に限定しないで、進化生物学全体で今注目されている研究は何かを見ていきたいと思います。9報について、タイトル、雑誌名、私のかんたんな説明を書いてみました。

 

①「SARS-CoV-2変異体、スパイク変異および免疫回避」Nature Reviews Microbiology

新型コロナウイルスの表面のスパイクタンパク質の遺伝子がワクチンとして利用されていますが、ここの部分が変異=進化を続けています。ワクチンをどう設計するかにも影響することであり、これまでの研究結果がまとめられてます。

②「進化の歴史が人間の健康と病気に及ぼす影響」Nature Reviews Genetics

人間の病気のリスクに与える遺伝的変異は、人間やずっと先祖の進化に起源があります。そうした研究分野は進化医学といわれますが、進化医学の知見を整理して、医療への応用可能性を探っています。

③「フクロオオカミと小型捕食性イヌ科動物の機能的生態学的収束性」BMC Ecology and Evolution

有袋類のフクロオオカミは絶滅したため、その生態はわかっていません。一方で、別系統の有胎盤類で形態的に似ているオオカミや犬とは、収斂進化したと考えられてきました。これらの動物たちの頭蓋骨形状を比較することで捕食していた獲物の大きさを予測しました。その結果フクロオオカミは、オオカミや犬より、自分の半分以下の獲物を捕食する中型のイヌ科動物(ジャッカル、キツネなど)と生態が似ているという予測が得られ、より詳細な比較が重要だということが示唆されました。

④「性的対立は、免疫における性的二形性のミクロ進化とマクロ進化を促進します」BMC Biology

免疫の機能は「オスとメスで違いがある」=「性的二形性がある」と言われています。ここでは、昆虫の免疫物質であり、メスのほうが活性の高いフェノールオキシダーゼ活性が検討されました。この昆虫は、自然環境下では一夫多妻制を示しますが、強制的に一夫一妻制にすると、メスのフェノールオキシダーゼ活性が低下することが示されました。このことは、交配による感染リスクに対して免疫が調整されていることを示しているらしいです。

⑤「進化と生態学のモデルシステムとしてのコクヌストモドキ」Heredity

甲虫のコクヌストモドキは、1世紀以上にわたって有用な実験モデルとして使用されてきました。ここでは、この昆虫を用いて行われてきた生態学や進化学の研究をレビューし、遺伝子操作の面での利便性も述べられています。

⑥「発情行動への関与の程度を伝える性的信号であるオスのアカシカの暗い腹側のパッチ」BMC Zoology

発情の季節に、オスのアカシカでは腹側に暗いパッチが現れます。このパッチの発現と発情行動の関係を観察したところ、大きなパッチを発現しているオスでは、より高い頻度の発情行動(主に轟音とフレーメン)、メスとのより多くの相互作用を示し、より大きなハーレムサイズを達成したことがわかりました。このことから、パッチの発現は、交配に向けたオスの意欲の指標になると考えられました。

⑦「系統発生的に定義されたクレード名を使用した化石および生きているカメの命名法」Swiss Journal of Palaeontology

これまで研究者によって、カメのクレード(分岐群)に基づく系統発生的な命名がされてきました。しかし、これは新しく制定されたクレード命名法であるPhyloCodeに基づいていなかったため、今回、新たな命名法に従ってカメのクレードや種名が変換されたということです。

⑧「恐竜から鳥への大進化、運動装置、そして飛行の起源」Journal of Iberian Geology

鳥は恐竜からの大進化で出現したことは化石の研究で明確になっていますが、その過程はまだ不明点もあります。鳥になる手前の恐竜であるマニラプトル類の化石の研究により、すでに空中移動が発達していたことが示されました。マニラプトル類が飛ぶための運動装置である前肢を発達させた過程が検討されています。

⑨「化石および生きている海洋爬虫類における移動装置と近軸水泳:偽竜目、首長竜目、およびウミガメ目との比較」PalZ

爬虫類のうち、化石で残る偽竜目、首長竜目、そして現生のウミガメ目は海に生息し、水生近軸運動という移動法を進化させました。これら3グループについて、移動スタイルー漕ぎ、漕ぎ飛行、水中飛行ーが比較されました。

 

以上、基礎的な分類法や行動生態学から医療に関わることまで多様な分野の研究が含まれていました。これらの研究で対象となった生物を分類すると、ウイルス1報、昆虫2報、爬虫類3報、哺乳類3報となっています。植物はありませんでした。哺乳類を対象とした面白そうな論文については、今後ピックアップして紹介してみたいと思います。


哺乳類進化研究アップデート No.17ー食糧獲得にかかる時間とエネルギーの効率

2022-02-26 08:24:08 | 哺乳類進化研究アップデート

現代は飽食の時代などとよばれ、食糧は苦労せずに好きなだけ得ることができる状況になりました。それによって、食べすぎによる肥満や様々な生活習慣病といった弊害が問題化しています。しかし、類人猿からヒト、そして現代人への進化の長い過程においては、食糧の獲得はそんなに簡単なものではありませんでした。そして、食糧獲得方法の変化がヒトの進化を推し進める原動力になったとも考えられています。

食糧獲得にかかる時間とエネルギー効率がヒトへの進化の過程でどのように変化してきたのかを推定するために、現存する狩猟採集民や自給自足農耕民を、採餌を行う大型類人猿と比較するという論文がサイエンス誌に掲載されたので紹介したいと思います。米国カリフォルニア大学などのグループによる研究です(「ヒトの生存戦略の独特なエネルギー学」The energetics of uniquely human subsistence strategies. Kraft TS, et al. Science. 2021 Dec 24; 374 (6575))。

他の類人猿と比べて、ヒトは脳が大きく、寿命が長く、多産で新生児が大きく、幼少期の保護者依存と発達の時期が長く続きます。こうした特徴によって、ヒトという種の生態学的成功が導かれましたが、同時に、ヒトの成体は非常に多くのエネルギーを必要とするようになりました。どうやってこのような高いエネルギー需要を満たしてきたかを明らかにすることは、ヒトへの進化を理解する上で重要です。類人猿の採餌生活から、ヒトとなって250万年前に狩猟採集が発達し、1万2000年前に農業が勃興しました。それぞれの段階に近いと考えられる現存する民族である、タンザニアの狩猟採集民(ハザ族)とボリビアの自給自足農耕民(ツィマネ族)からデータを収集し、野生の類人猿のオランウータン、ゴリラ、チンパンジーとの間で、食糧の獲得にかかるエネルギーと時間、およびエネルギー獲得量が比較されました。

調査の結果、狩猟採集民と自給自足農耕民は、他の類人猿に比べて、食糧獲得に費やすエネルギーは多いが時間は短く、時間当たりのエネルギー獲得量はかなり多く、エネルギー効率(得られたエネルギー/使ったエネルギー)は同程度であることがわかりました。これまで、ヒトにおける二足歩行の発達や道具の使用などによって、エネルギー効率が高まったと考えられていましたが、今回の知見はそれを否定するものです。一方で、ヒトにおいて食糧獲得に費やす時間は短くなり、それによって社会的交流や社会的学習のための余暇時間が提供され、文化的な進化にとって重要であっただろうと考察されています。

上の図は、本研究の結果を模式的に示したものです。(A)類人猿のような採食から、狩猟・採集への移行①、新石器革命による自給自足農業の採用②が行われ、食糧資源の獲得方法の変化がありました。(B)これらの変遷を経て、ヒトはより短時間でより多くのエネルギーを獲得するために、費やす時間は減少させながら、還元率(時間当たりのエネルギ―獲得量)は向上しました。このとき、高いエネルギーを費やし、エネルギー効率は他の類人猿と同様となっています。

こういう研究でもサイエンス誌に掲載されるのかという、ちょっとした驚きも感じました。エネルギー効率は変わらず、時間は短縮されたという結論は、ちょっとわかりにくいところはありますが、時間利用という面では効率が上がったということなのかもしれません。それが、ヒトへの進化の一つの原動力になったのだとすれば重要な知見です。仕事でも一生懸命集中して働いて短時間で終わらせることができれば、それ以外に利用できる時間を生み出すことになり、人生を豊かにするのに役立ちそうですよね。