研究者にもいろいろいる。家で趣味のような研究をしている自称研究者から、アカデミズムの頂点に君臨する東大教授まで。以前、東大の物理学科教授の本「研究者としてうまくやっていくには(長谷川修司)」を読んだことがある。自信にみなぎった筆致で書かれていて、こういうレベルの研究者は研究力だけでなくコミュニケーション力とプレゼンテーション力に長けていて、大学でも企業でも行政でもどこに行っても成功できるような人材なのだろうと思った。それに比べると、「在野研究ビギナーズ」に出てくる在野研究者たちは、自らの生き方に悩みながらも、研究をやりたいという強い欲求を実現するために精一杯苦労して生きている人たちで、一言で研究者と言ってもずいぶんと違う印象がある。
世界の中で見ると、日本の科学研究の競争力はそうとう低下してきているとよく言われる。それは海外と比べて、国から大学に支給される研究費が減り続けているからだという。さらに、多くの大学は学生の教育機関になってしまっていて、研究ができていない。研究しかできない「研究バカ」を雇う覚悟もなければ、資金もない。そんな時代になると、在野研究の価値も高まってくるのではないだろうか。本書を読んで見えてきた研究者の定義とは、研究をやって、論文あるいは著書を出す人、つまり研究成果を世の中にアウトプットしている人たちである。残念ながら「在野研究ビギナーズ」に出てくる18名の研究者のうち、理系の研究者は1名のみであった。また、大学でも在野でもない、企業の研究者については触れられていなかった。文系の研究法は基本的に文献調査なので、比較的、在野でも研究をやりやすいということもあるのかもしれない。在野研究者の先駆者として出てくるのは、イバン・イリイチや山本哲士だ。
本書に出てくる唯一の理系研究者は、昆虫のハエ類(双翅目)の分類を研究している熊澤辰徳氏である。熊澤氏は、ウェブサイト「知られざる双翅目のために」やプロ・アマ問わず投稿ができるウェブ雑誌「ニッチェ・ライフ」を運営している。どちらも覗いてみたが、「ニッチェ・ライフ」のほうは生物に関する研究や様々な文章が掲載されていて内容も読みやすそうである。その中の熊澤氏によるコラム「自宅に研究室を持つ――DIY Biology の現在とこれから」には、専門的な実験装置をいかに安価にそろえるかという海外での試みが紹介されていて興味深かった。こうした在野研究がもっと盛り上がれば面白いのにと思った。
人文学を研究する石井雅巳氏による文章では、図書館の利用や大学院生との共同研究なども可能な島根県立大学の市民研究員制度が紹介されていた。こうした制度は他の公的研究機関でも実施しているところがあるようなので、在野研究者が研究機関の資産を活用したり人的なつながりを持つのに役に立つ可能性がある。
本書に出てくる研究者たちはそれぞれ、推薦本を紹介している。その中で、山本貴光氏+吉川浩満氏が紹介している「アイデア大全ー創造力とブレイクスルーを生み出す42のツール(読書猿)」は勉強になりそうだ。