wakabyの物見遊山

身近な観光、読書、進化学と硬軟とりまぜたブログ

僕の読書ノート「教養としてのロック名盤ベスト100(川崎大助)」

2019-10-26 09:54:23 | 書評(アート・音楽)


ロック好きでいろいろ聴いてきたつもりだが、自分の趣味趣向にそった直感や思いつきで聴く音楽を選んできたので、他にも聞くべきすばらしいロックがあるんじゃないだろうかという意識は常にあった。本書は一定の客観的基準で選ばれたロック名盤ベスト100だから、個人の嗜好で選ばれていない。より普遍的なよい音楽と考えられているものは何なのかがわかるし、これから何を聴くかの参考にもなる。

米英にはロック名盤のリストがある。アメリカで最も有名なものが、音楽雑誌「ローリング・ストーン」が発表した「500 Greatest Albums of All Time」の2012年改訂版である。イギリスで最も有名なものが、音楽メディア「NME(ニュー・ミュージカル・エクスプレス)」が発表した「The 500 Greatest Albums of All Time」である。その両方にランキングされているものを抜き出し、それぞれのランキングでの順位に従ってポイントを付与し、双方のポイントを合算して、トータル・ポイントの多いものから順位を決めている。従って、両方の雑誌で評価の高いものが上位にくるが(普遍的、音楽史的によいもの)、指向性の異なる両雑誌間で評価が分かれるものや売れたけれど評論家の評価が低いものはランクに入ってこない(趣味性、大衆性が高いもの)、という性格を持ったランキングとなっている。

結果を見ると、半分くらいは私が聴いていないアルバムであった。とくに黒人音楽はほとんど聞いていないに等しい。黒人音楽やヒップホップは、いまやロックという音楽カテゴリーの中の大きな一画を占めているのである。100枚のうち、多くのアルバムがランク入りしているアーティストは、ビートルズ(6枚)、ボブ・ディラン(5枚)、ザ・ローリング・ストーンズ(4枚)、デヴィッド・ボウイ(4枚)、ブルース・スプリングスティーン(3枚)、レディオヘッド(3枚)であった。

著者の川崎大助は、ロックに対する日本独特の評論について下記のような批判をしている。

52位の「リメイン・イン・ライト(トーキング・ヘッズ)」への評論について、次のように述べている。
『ところで、どうも世界じゅうで日本でだけ、本作へのバッシングがおこなわれていた、らしい。「白人のロック・バンドが黒人音楽をあからさまに導入するのは間違っている」のが理由だという。意味がわからないのだが、もしそう考える日本の人がいるのなら、その人は洋楽を聴いてはいけない。「他民族」がやっているのが洋楽なのだから。また日本人の演奏でも、それがロックなら聴いてはならない。トーキング・ヘッズの「このやりかた」こそが、ロックの原点から脈々と流れ続ける思想に基づいているものだからだ。』
これは、川崎が以前ライターをしていた音楽雑誌「ロッキン・オン」の社長、渋谷陽一に向けた痛烈な批判だ。

また、4位の「ペット・サウンズ(ザ・ビーチ・ボーイズ)」について、批判をしている。
『本作は、明瞭な保守反動性につらぬかれていた。...それでもいい、という考えかたはもちろんある。だがこの「反動性」は、たとえばボブ・ディランやブルース・スプリングスティーンのようなロックとは水と油で、まったく相容れないものだ。しかし日本では、村上春樹を筆頭に、これらの全部を「同等で等価のもの」として並べるのが格好いいと「誤解」する人が多く、音楽評論家もそんな人ばかりのようで...僕は不思議でしょうがない。だれも歌詞を聴けないのだろうか?英語圏においては、僕はそんな人、ひとりも見たことないのだが。』
このアルバムは日本の玄人筋では非常に評価が高い。しかし、私にはプラスティックな、オモチャのような音楽にしか聞こえなくて、心から好きになることができないでいたので、このような批評をする人がいることを知って心強く感じた。

僕の読書ノート「増補改訂 アースダイバー(中沢新一)」

2019-10-20 16:52:03 | 書評(その他)


アースダイバーの初版が出たのは2005年、それから13年を経て2018年に増補改訂版として出たのがこれである。地質学的な面で、想像が事実であるとの誤解を招きかねない記述があったところが訂正され、新たに海民の概念と下町のことが付け加えられた。中沢新一が東大に入学した当初は生物学を目指していたらしい。本書を書くに当たっては動物行動学者ユクスキュルの「生物が内側から見ている世界」が助けになったというし、「ヤンキー」についてはドーキンスの「ミーム」という概念で説明している。おそらくレビー=ストロース流の構造主義が彼の思考法の最大の骨格になっているのだろうが、それについてはとくに触れられていない。それから、中沢の頭の中の妄想やエロスがあふれ出てくる箇所もある。本書は、論理的な思考と想像の力が混然一体となった論考である。

「アースダイバー」という言葉はどこから来たのだろうか。そのまま、訳せば「地球に潜る人」ということになるが、アメリカ先住民の「アースダイバー」神話というのがあるという。まだ陸地がなかった世界で、カイツブリが水に潜って水底からつかんできた泥を材料にして陸地がつくられた、という話である。

地質学の研究によって、堅い土でできている洪積層という台地と、それより一段低い平地の、1万年ほど前から川や海が運んできた砂が堆積してできた沖積層があることがわかっている。縄文時代には沖積層まで海が入り込んでいた。縄文時代から弥生時代にかけての遺跡はこの沖積層と洪積層の境界部分に多く残っているが、現代に至ってもこういう場所には、神社、寺院、墓地などが存在しており、このような死とつながりのある霊的な何かは時代を超えても影響を及ぼし続けているということである。縄文時代の海岸線と現代の地図を重ね合わせたものがアースダイバー地図であり、そこに見える縄文時代における岬や半島状の突端部を、霊的な「無の場所」と呼んでいる。

通常、都市の中心には王宮などのなにかが「ある」。ところが、東京の中心の緑の小島「皇居」にはなにも「ない」。皇居という「空虚な中心」の周りに環のようなかたちに発達していったのが東京の都市構造である。しかし、このような東京のかたちは、偶然にできたものではないという。縄文時代の村はドーナツ状をしていて、自分たちの住む小屋をまあるい円環状に並べ、その中に広場があり墓地があった。こういう習俗は、日本人だけでなく、アメリカのインディアン、中国大陸、メラネシアの島々でも広く行われていたらしい。この汎環太平洋的な円環構造が、東京という都市に流れる時間とエネルギーをいまも決定づけているとしている。

四谷というと、四谷怪談の実在した恐ろしい土地だと子どものころから思っていた。四谷怪談を芝居でやるときには、祟りがないように必ずお岩稲荷にお参りしたとも聞いていた。しかし、本書によれば、江戸時代に実際にいたお岩さんはとてもよくできた奥さんで、怪談話は鶴屋南北が作り上げた創作だったという。お岩さんの後代の田宮家は、その芝居を見てびっくりし、抗議を申し入れたほどだった。

大学は埋葬地に作られていることが多い。慶応大学、早稲田大学、青山学院大学、東京大学、しかりである。一つの理由は、古代からの埋葬地は、人が立ち入ることを避けてきた「アジール(聖域、逃げ込み場)」であり、なんとなくそこに人家や畑を開いたりするのがはばかられていたため、明治政府が土地を民間に払い下げるのに都合がよかったということもある。そして、中沢がとくに考える理由は、大学には死者から注がれる視線がなくてはならないということだ。死のことを意識しない知性には、深みも重みもない。学問や知性には、死の感覚が必要で不可欠であり、生者の権力から自由な空間にアジールが作られるのがふさわしいということである。

おもしろかったのは、「ヤンキー」に関する論考だ。文化が模倣によって伝わっていく作用のようなものを、遺伝子に似た働きをする「ミーム」と呼ぶことができる。「ヤンキー」も「ミーム」の働きで伝わってきたものとして説明している。もともと漁で暮らしを立てていたのが海民であるが、江戸下町の海民的気質の表現である「イキ」「イナセ」「キャン」といったものが形を変えて近代に再生をとげているのが「つっぱり」であり「ヤンキー」であると述べている。日本で長いこと支配的であった水田的世界観とは異質な心性を発達させてきたとする。ヤンキーの現代における最大の生息地域は、海民文化の一つの中心地である茨城県であるという。ちなみに私は高校まで、茨城県の内陸部に住んでいた。高校は進学校に入ったつもりだったが、生徒の半数くらいはヤンキー(当時はつっぱりとか不良と呼ばれていた)であったことに愕然としたものである。そして、首都圏最大のヤンキー文化地帯が、大田区の沖積地に発達した下町から、川崎・横浜へと続く京浜地帯だとしている。

本書に書かれていることの多くは、私自身の経験上おおむね正しいと実感できることであった。今私が住んでいるところは、横浜の洪積層の突端に近いところであるが、まさに縄文遺跡が発掘された場所である。ここから沖積層のほうに下りていくと、そこは海にもつながるヤンキーの街である。海に近づけば今でもアナゴの漁師町がある。一方、洪積層の奥へ進んでいけば、東横線沿いの上品な住宅地なのである。とうぜん、沖積層のほうは祭が盛んであるが、洪積層のほうでは派手な祭は見当たらない。そんなこともあって、中沢の慧眼にあらためて感心したのである。

東京パズルデー「ナゾ解きパズルラリー」の答

2019-10-18 22:22:51 | 博物館・科学館・図書館
前回ご紹介した東京パズルデーの「ナゾ解きパズルラリー」問題をやってみた方はいますか?

その答をお教えします。

問題2:カレンダー
問題3:ヒヤシチューカ
問題4:カレールー
問題5:しょうがやき
問題6:おうだんほどう
問題7:ひこうきぐも
問題8:③
問題9:コトバ
問題10:2019
問題11:めいたんてい(これは超難問!)
問題12:ヒバリ
問題14:コクゴ
問題16:かうんたーでおりがみくださいといってね

いかがだったでしょうか。


問題の周りに集まる人たち。



東京パズルデー(三菱みなとみらい技術館)

2019-10-12 20:26:40 | 博物館・科学館・図書館
三菱みなとみらい技術館のイベント「第7回東京パズルデー 2019 in 横浜」に行ってきました(2019年10月6日)。


15:30-16:30開催、家族チーム対抗の「ジグソー早組み大会」への参加が最大の目的で、午前中に行って整理券をかろうじてゲットしました。定員25組のところ、最後の25番目の整理券ということで、ギリギリ間に合いました。他にもパズル関係のいろんなイベントをやっていましたが、その大会の時間までは娘と二人で「ナゾ解きパズルラリー」に挑戦しました。


「ナゾ解きパズルラリー」は、会場のあちこちに貼ってある問題を解いて、このカードに答を書いていって、全てそろったらくじを引いて賞品が当たるというゲームです。

撮影した問題をこれから並べていきますので、みなさんも答を考えてみてください。なかなか難しいですよ。

問題2


問題3


問題4


問題5


問題6


問題7


問題8


問題9


問題10


問題11


問題12


問題14


問題16

私が分かって娘にヒントを出して考えてもらったり、娘が自分で解いたり、係員の人のヒントを聞いて考えたり、よそを周ってから同じ問題に2度3度と挑戦したり、頑張ったあげくなんとか全ての問題を解くことができ、くじを引いて賞品のパズル型手紙セットをもらいました。
上の問題の解答は次のブログでお教えします。


そして妻と合流して、家族で「ジグソー早組み大会」に挑みました。
これから解くジグソーパズル25セットが並んでいます。


パズル組み立て中。150ピースです。


出来上がりましたが、久しぶりにやったので30分くらいかかりました。


1位の家族は12分でパズルを完成させ、写真の1000ピースのジグソーパズルを景品にもらっていました。1位から3位までは景品が出ました。参加者も全員、今回組み立てた柴犬ジグソーパズルを頂きました。
この後は、娘と私がミニ算数検定を受けてみたりと、もりだくさんの1日でした。

僕の読書ノート「天才と発達障害(岩波明)」

2019-10-05 08:50:41 | 書評(発達障害)


同じ著者の「うつと発達障害」を読んだ流れで、本書も読んでみた。
真の天才とは優等生ではなく、不穏分子である。彼らの才能は、周囲になかなか理解されない。むしろ、一般の人からは、扱いにくい異物として目をそむけられやすい。じつはこのような天才たちの能力が、何らかの発達障害や精神疾患と結ぶついていることは珍しくない。「天才とは狂気そのもの」とする学説もある。本書は、そうした天才や傑出した異能を持つ人々を集めて、発達障害や精神疾患の視点から論じている。最後に、そうした異能の人たちを生きにくくさせている日本の社会について問題提起している。

それぞれの障害や疾患のカテゴリーに当てはまると考えられる下記の人たちを論じている。

[ADHD(注意欠如多動性障害)]
うつの原因とも考えられているマインド・ワンダリングが、とくにADHDにおける創造性に関係しているとしている。
例:
野口英世
南方熊楠
伊藤野枝
モーツァルト
黒柳徹子
さくらももこ
水木しげる

[ASD(自閉症スペクトラム障害)]
ASDの特性を持つ人は、思考や問題解決の方策において常人とは異なる側面があり、そうした独特な視点によって科学的、文化的に重要な課題の解決をもたらすこともあるとしている。
例:
山下清
フランコ・マニャーニ
大村益次郎
島倉伊之助
チャールズ・ダーウィン
(毎日決まったリズムで生活し、それが狂うと体調が悪化し頭痛や嘔吐などのさまざまな症状が起きた。1日4時間以上は仕事ができなかった。散歩に長い時間をとった。)
アルベルト・アインシュタイン
(生涯を通じて孤独や孤立を好み、「わたしは、どんな国にも、友人たちの集団にも、家族にさえも、心から帰属したことはありません。これらと結びつくことに、常に漠然とした違和感を感じていて、自分自身の中に引きこもりたいという思いが、年とともに募っていきました」と語った。)
ルートヴィッヒ・ヴィトゲンシュタイン
エリック・サティ
コナン・ドイル
江戸川乱歩

[うつ病]
創造的な才能は、うつ病や躁うつ病との関連が大きいことが以前から指摘されてきた。
例:
ケイト・スペード
ウィンストン・チャーチル(ADHDの特性も)
アーネスト・ヘミングウェイ
テネシー・ウィリアムズ
ヴィヴィアン・リー
夏目漱石
芥川龍之介
中島らも

[統合失調症]
統合失調症が芸術や科学における創造性と関連するのであれば、それは発症の直前の潜伏期か、発症間もない時期に限定されるだろうとしている。過去の文献では、ASDが統合失調症と見なされてきた可能性が大きく、統合失調症と創造性の関連は、実際は限局的かもしれない。
例:
ジョン・フォーブス・ナッシュ(ASDの可能性あり)
石田昇
島田清次郎
中原中也

[誰が才能を殺すのか?]
・同質性を求める傾向の大きい日本社会は、平均から外れた個人に対して不寛容となることが多い。これは傑出した才能には、必ずしも生きやすい環境とはいえない。安定した対人関係が持てない子供や、突飛な行動を繰り返す子供は、「変わった子」とレッテルを貼られ、教師からも周囲からも排除の対象になりやすい。このため発達障害の特性を持つ子供は、優秀な能力を持っていても、いじめの被害者となりやすく不登校の比率が高い。その結果として彼らは自己肯定感が低くなり、さらにその後の不適応につながりやすい。
・国連児童基金(ユニセフ)は、2007年に先進国に住む子供たちの「幸福度」に関する調査報告を発表した。それによると、「孤独を感じる」と答えた日本の15歳の割合は29.8%と、対象国の中で第1位で、ずば抜けて高かった。「自分がぎこちなく場にそぐわない」と答えた子供も、日本が18.1%で最も高率だった。さらに「単純労働を希望している」15歳の比率は、50.3%と最も高率であった。この結果は、日本の子供たちは自分の能力に自信がなく、職業に希望が持てない状態であることを示している。
・傑出した能力を持つ子供の才能を開花させ、成人後も孤立させないようにするために、国家プロジェクトとして能力開発を重点政策としているのが、イスラエルである。例えば、物理学やプログラミング言語を教える幼稚園がある。その後の義務教育においても、ソフトウェア開発やサイバーセキュリティの教育が行われている。子供のときのIQ試験で優秀さが認められると「高IQコース」に選抜され、一般の生徒とは違う、進度の速いレベルの高い教育が受けられる。才能のある生徒に対する「特別支援」が行われることと、「徹底的にほめること」がイスラエルの教育の特徴だという。同様の支援は、米国でも行われている。
・現在、日本には特別支援学級という制度があり、知的障害、発達障害の子供が対象となっている。著者は、今後さまざまな子供に対応できる個別指導態勢の確立の必要性を提言している。高い能力を持つ子供には能力のアンバランスがあることが多く、その能力を開花させるには、適切な大人による保護と訓練が必要だからだとしている。私もその通りだと思う。

本書では多くの天才、異能の人たちが紹介されており、それなりに興味深かったが、一つ注文を付けるとすれば、取り上げる人数を1/3程度に減らしたほうが、それぞれの人の病理・人生・インパクトのより深い理解につながってよかったんじゃないかと思った。