wakabyの物見遊山

身近な観光、読書、進化学と硬軟とりまぜたブログ

スーパースター・ヴァーゴ(横浜港大さん橋)

2017-07-30 15:34:25 | その他クルーズ客船
先日、横浜港大さん橋に寄港したスーパースター・ヴァーゴを見てきました(2017年7月16日)。

横浜スパークリングトワイライト 大さん橋プレミア花火を見に行ったおり、スーパースター・ヴァーゴが停泊していました。このクルーズ船は7月9日から11月26日まで毎週日曜日に横浜港に寄港して、上海へのクルーズを毎週繰り返します。大阪にも寄港して吉本の芸人もショーをします。香港のゲンティン・グループが運営するスター・クルーズが保有する最大の客船です。もともとシンガポールやマレーシアでクルーズをしていましたが、夏から秋にかけて日本を拠点としてクルーズを始めるようです。1週間のクルーズで、一番安いインサイド・ステートルーム、つまり海が見えない内側キャビンで、時期により128,000~188,000円なので、けっして安くはありません。おそらく中国人客が多いと思うので、どれだけ不快感を感じないですむかが、このクルーズに乗るかどうかの鍵でしょう。

船の基本データは次の通りです。
スター・クルーズ所属、1999年竣工、総トン数75,338t、全長269m、乗客定員1,804人、スタンダード・カテゴリー。


バスが並んでいます。乗船客はこれから近郊のツアーに出ます。


船名は英語と中国語が併記されています。


こういう派手なペインティングがされています。


バルコニー付客室はけっこう多い造りです。






ここは正面玄関みたいなところ。
マーライオンみたいな置物が、中国というよりはシンガポール(東南アジア)の雰囲気を出しています。


ツアーに出る客層は、中国や東南アジア系が大半のように見えます。












飛鳥Ⅱなんかより大きいので、中型船ですがけっこうりっぱに感じました。

 Carpenters - Superstar


横浜スパークリングトワイライト2017 大さん橋プレミア花火

2017-07-22 21:07:56 | 横浜
横浜スパークリングトワイライト2017 大さん橋プレミア花火を見に行ってきました(2017年7月16日)。

これは、7月15日(土)と16日(日)の2日間行われた花火大会ですが、16日の大さん橋国際客船ターミナル屋上の自由席チケットを入手して家族で行ってきました。19時30分に始まって約30分間という短い時間でしたが、途中で途切れることもなく、次々と目の前の海上から打ち上げられる花火をまじかで見れるとあって、なかなかの感動を感じさせてくれるイベントでした。


大さん橋横の海上に打ち上げ船が来ています。


これは、テーブル席。


自由席は大さん橋屋上の「くじらのせなか」になります。
16時開場で、私たちはこの階段状デッキに陣取りました。
ここで花火が始まるまで、ビールとつまみを楽しむもよし、大さん橋ホールのショップやクルーズ船を見に行くもよし、のんびりできます。ちょうどスーパースターヴァーゴが来ていたので、今度紹介したいと思います。


19時30分近くになり、大さん橋屋上は見物客でいっぱい、海上には観覧船が並びました。


はじまりました。








ドラえもんか?
































おわりです。
花火の種類にたいへんバリエーションがあって、あっという間でしたが堪能しました。

Indoor Fireworks Elvis Costello at BBC, 1996


書評「ポケットに名言を(寺山修司)」

2017-07-15 21:25:18 | 書評(文学)


言葉の魔術師の寺山修司である。唐十郎は彼を魔王とよんでいた。そんな寺山の選んだ名言だから、そうとう癖があったり、謎であったり、人間の裏側をえぐり出していたり、そんな言葉たちが並べられている。ただし、ほとんどの場合、並べられた「名言」について寺山の解説はないし、元の文章から切り取られた「名言」たちの背景や脈絡がわからないので、なにを意味しているか分かりにくいものも多いのが難点だ。一度読んだらしばらく寝かしておいて、また読んでみたら味わいがわかってくるのかもしれない。

寺山は「名言」などは、所詮、シャツでも着るように軽く着こなしては脱ぎ捨ててゆくものだと言う。一方で、言葉は世界全部の重さと釣り合うこともあるだろう。そして、そんな言葉こそが「名言」ということになるのであると言いながら、次の言葉を紹介している。
『学生だった私にとっての、最初の「名言」は、井伏鱒二の
   花に嵐のたとえもあるさ
   さよならだけが人生だ
という詩であった。
私はこの詩を口ずさむことで、私自身のクライシス・モメントを何度のりこえたかしれやしなかった。
...言わば私の処世訓である。』
この詩は、寺山にとっては既成概念や常識に対する決別を意味しているが、すなおにとらえれば無常観を表しているよい言葉だ。

『心は一種の劇場だ。そこではいろいろな知覚が次々に現われる。去っては舞いもどり、いつのまにか消え、混じり合ってはかぎりなくさまざまな情勢や状況をつくり出す。 デイヴィド・ヒューム「人生論」』
現代の脳科学が明らかにした脳のはたらき、雑念が次々とかってにわき上がってくる状態「デフォルトモードネットワーク」を言い表しているようだ。

『ここがロドスだ、ここで跳べ! ギリシア故事より』
私が鬱屈としていた高校生時代、あきらかに私とは違う元気で生意気な同級生たちは、この言葉をスローガンに学園祭を開いた。きっとこの本から見つけてきた言葉なのだろう。

「忘却」という章の「私のノート」において、寺山はこう述べる。
『私には、忘れてしまったものが一杯ある。だが、私はそれらを「捨てて来た」のでは決してない。忘れることもまた、愛することだという気がするのである。』
私たちの常識的な感じ方をくつがえそうとする寺山らしい、これも名言じゃないだろうか。「忘れる」ことで思う、寂しさやはかなさを転じて、「愛」だと表現しているのである。

最後に寺山自ら作った言葉を紹介している中から二句を。
『なみだは人間の作るいちばん小さな海です 「人魚姫」』
『草の笛吹くを切なく聞きており告白以前の愛とは何ぞ 「歌集」』
こんな、純で切ない言葉も紡ぐ人だ。

ところで、寺山修司の言葉で思い出すのは、
『死ぬのはいつも他人ばかり』
もとはマルセル・デュシャンの言葉だそうでとても印象深く覚えているが、なぜかこの本には載っていなかった。
この言葉の解釈の仕方としては、単に、他人の死はたくさん見てきたが自分の死は一度も見たことがない、ということでもいいのだが、生きていると他人の死をたくさん経験しなくてはいけないので人生はさびしいものだ、というとらえかたもできる。私は、自分はいつになっても死なないなどと思っていると、とんでもないしっぺ返しを食らうよ、すぐ目の前に死が待っているかもしれないよ、という警鐘ではないかと思っている。

カルメン・マキ 時には母のない子のように


さようなら、リュウタ

2017-07-12 10:12:36 | 猫・犬
うちの猫のリュウタが亡くなりました(2017年7月9日1時半)。

私が札幌に出張中の出来事でした。1か月半ほど膵炎と闘病した末の死亡です。13歳でした。前のシルバーがやはりローマに出張中に亡くなりましたが(もっとも実家に預かってもらっていたのでもともと離れて住んではいたのですが)、今回も私の出張中あたりが危ないなと感じていた通りとなりました。
リュウタは、捨て猫だったのを拾ってくれた人から妻がもらい受けてきたオスネコですが、かなり知能が高く、かんたんな言葉「ごはん」や「おはよう」を言ったり、人との間に心の交流ができていると感じさせてくれるような特別な子でした。同じネコでも、そうとう脳が発達していた個体だったと思います。妻は神猫と呼んでいました。
そんなリュウタでしたから、亡くなるまでの数日間には特別なことがありました。そのあたりのことは、落ち着いたら書いてみたいと思います。いまは悲嘆にくれています。





Penguin Cafe Orchestra - The sound of someone you love who's going away and it doesn't matter


書評「哺乳類誕生 乳の獲得と進化の謎(酒井仙吉)」

2017-07-02 15:13:34 | 書評(進化学とその周辺)


哺乳類の起源と進化が書かれた本を読みたいと思い探したところ、この10年くらいで出版されたそういった分野の本は意外と少なく、本書くらいしか選択肢がなかったので購入した。読んでみると、興味深い内容がたくさん盛り込まれていたが、なんとも文章が読みにくい。著者は、獣医学の大学教授として家畜育種学を教え、泌乳生理学を研究していたかたである。だから進化学を専門としていたわけではなく、大学での講義や研究とは別に、著者が勉強して得た知識がたくさん披露されている。「はじめに」で、「理系の研究者は論文作成で結果を正確に文章化することに気を遣い、分かりやすさを重視することはほとんどない。筆者も例外でなかったようで、その性癖にブルーバックス出版部、なかでも熊川佳子さんからの助言で気づくことが多かった。努力したつもりだが、読みやすさについては読者の皆様に判断を仰ぐことにする。」と述べている。私見ではあるが、分かりやすさを重視することは理系の文章としてとても大切なことであるし、それ以前に、内容が正確に文章化されていないのではないか、という疑念を感じることが多かった。事実の記述のあとに、筆者のコメントのような文章が入るのだが、意味不明の文章が散見された。内容としてはおもしろいことがたくさん書かれているので、もったいない話ではある。進化全般や人類の進化を書くすぐれた書き手はたくさんいそうだが、哺乳類の進化の分野は意外とニッチなのかもしれない。

本書は下記のような構成になっている。
「第一部 遺伝の仕組みにあった進化の根源」では、進化全般のメカニズムを遺伝学から説明している。
「第二部 新天地を求めた動物」では、水中で生まれた動物が水中から陸上へ移動したいきさつや、鳥類や哺乳類の出現と進化について説明している。
「第三部 進化の究極-乳腺と泌乳」では、著者の専門である乳と乳腺についてくわしく解説している。

哺乳類の進化について、とくに興味をもったポイントをまとめてみた。
・哺乳類の最大の特徴は胎盤と乳腺にある。哺乳類は最初は卵生であり、有袋類で初めて胎生となり子を出産、乳頭が出現した。
・単孔類のカモノハシは2億年前に出現し、有胎盤類と異なる方向に進化した。タマゴを産むことでハ虫類にちかく、乳で子育てすることで哺乳類にちかい。ハ虫類から進化したことを示す生きた化石である。親にはまだ乳頭と乳房はなく、乳区というものが腹部に一対存在する。孵化するころに乳腺が完成する。この部位からしみ出したクリーム状の乳が毛の密集しているところに集まり、それを子がなめるという最も原始的な哺乳様式をとっている。
・有袋類のカンガルーの妊娠期間はわずか約30日で、胎盤が不完全で未熟児状態で出産する。生まれた子は、育児嚢に入り乳頭に吸い付く。有袋類では卵黄嚢を通じて母体と物質交換をおこなう卵黄嚢胎盤を有するため、ヘソはない。
・有胎盤類(真獣類)において、外細胞塊から胎盤を誘導する遺伝子がPou5flである。ハ虫類、鳥類、単孔類、有袋類にあるPou2という遺伝子が重複してできた。Pou5flと遺伝子転写因子のCdx2が協働することで胎盤形成にはたらく。
・汗腺には、脂肪、タンパク質、糖分、その他微量要素を含んだ分泌物を出して、皮膚の保護と体毛の維持にはたらくアポクリン腺(皮脂腺)と、99%の水分を出すエクリン腺(いわゆる汗腺)がある。アポクリン腺が乳腺の基になった。プロラクチンというホルモンは、魚類にも存在し母性行動を誘発する。鳥類では抱卵中に高濃度となる。ハトではそ嚢乳で子育てするが、これはプロラクチンの刺激で作られる乳様物質である。哺乳類ではプロラクチンが乳成分の合成を調節している。
・哺乳類は生後、短期間で強度を備えた骨にするために、カルシウムとリン酸を大量に与える必要があった。これらの運搬をカゼインが負っている。ハ虫類の単弓類のキノドン類はカゼインの祖先型遺伝子を有していた。カゼインは元々、骨、歯、卵殻にカルシウムを運んでいた。哺乳類は祖先型カルシウム結合性タンパク質遺伝子をカゼイン遺伝子に進化させ乳腺で発現させた。
・乳には乳糖が存在するが、αラクトアルブミンが乳糖合成に関与する。ニワトリの皮膚や卵白には殺菌作用を持つリゾチームが存在する。哺乳類はこれの遺伝子重複、それに続く塩基置換によってαラクトアルブミンを進化させた。
・マウス乳腺にはアミノ酸酸化酵素があり、遊離アミノ酸を分解して過酸化水素を発生させる。牛乳中にはこの酵素はなく、未知の低分子化合物が過酸化水素を発生させる。できた過酸化水素はただちに過酸化水素分解酵素によって、チオシアン酸からチオシアナイトとなり、微量で強い殺菌作用を示す。
・ラマルクの獲得形質については、DNAに記憶されている潜在能力の遺伝によって説明できるとしているが、正直私には意味が分からなかった。
・本来ヒトは肉食性であったが、雑食性に変化した。ヒトを含めた真猿類では、ビタミンC合成酵素であるグロノラクトン酸化酵素が働きを止めた。それでビタミンCを野菜や果実から摂るようになった。ヒトは植物からビタミンCを摂るようになり、一緒にデンプンやセルロースも摂取することになった。セルロースは栄養にならなかったが、デンプンを消化する酵素アミラーゼを持っていた。胃はデンプンを消化できず、滞在時間が長いために満腹感が持続することも受け入れられる要因となった。
・ヒトはこの200年間で、10億人から70億人に増えた。人類は多くの動物を絶滅させてきたが、ヒトの人口爆発は食糧不足を招き、自らの滅亡に導くことを著者は恐れている。

Radiohead - No Surprises