wakabyの物見遊山

身近な観光、読書、進化学と硬軟とりまぜたブログ

僕の読書ノート「猫はこうして地球を征服した(アビゲイル・タッカー)」

2021-04-25 21:21:54 | 書評(進化学とその展開)

 

著者のアビゲイル・タッカーは、米国のスミソニアン誌の記者である。子供のころからネコとともに暮らしてきた大のネコ好きなのだが、ネコへの偏愛とはほど遠いとてもクールな視点で、現代のネコの繁栄について分析している。

ネコの繁栄ぶりはたいへんなもので、世界のイエネコの個体数は6億を超え(英語版原著発行2016年の時点)、さらに増え続けている。全世界のイエネコの数は、ライバルのイヌの数の3倍に達しており、その差は広がっていくだろうとしている。米国でペットとして飼われているネコの数は1986年から2006年までのあいだに1.5倍になり、1億匹に近づいている。一方で、ネコに対する人間社会の対応は矛盾だらけだ。米国の一部の州では「ペット信託」によってイエネコが数百万ドルもの遺産を法的に相続できるが、別の場所では屋外に住むネコが害獣と分類されている。米国では毎年何百万匹という健康なネコが安楽死させられている一方、ニューヨーク市では最近、迷い込んだ2匹の子ネコを助けるために巨大地下鉄網の広大な部分で運転を止めたという。

人間とネコとの関係は昔からあった。昔は、人類はネコの食糧だった。ネコ科の動物たちは人類の祖先を洞窟に持ち込んだり、森のなかでガツガツ食べたり、内臓を抜いた死骸を巣穴に隠したりしていた。実際、ヒト属のものとされる世界最古の完全な形で残されていた頭蓋骨は、グルジアのドマニシにある洞窟から見つかったが、そこは絶滅した巨大チーターのピクニック場のような場所だったらしい。今でも、殺された霊長類全体の3分の1以上が、ネコ科の動物の犠牲になっていて、ヒョウの糞からローランドゴリラの足の指や、ライオンの糞からチンパンジーの歯が見つかっている。

イエネコの祖先となる野生のネコ科動物は、1種類なのか、それとも複数の種類なのかわかっていなかった。2000年代のはじめ、カルロス・ドリスコルは、10年をかけて世界中の1000匹のネコからDNAを回収して解析した結果、すべてのイエネコはたった1種のヤマネコ、それもリビアヤマネコという亜種の子孫であることがわかった。リビアヤマネコは、トルコ南部、イラク、イスラエルという中東を原産とし、今でもその地域に住んでいる。

Felis silvestris lybica 1.jpg(リビアヤマネコ、Wikipediaより)

では、どうやってリビアヤマネコはイエネコになったのだろうか。野生のネコ科動物はヤマネコも含めてほとんどすべて、たいてい人間をひどく恐れていて、野生のリビアヤマネコもほとんどは人間を避けているが、ときには変わり者がいて、人間を追いかけ、ペットのネコといちゃついて異種交配を繰り返している。そうした一部のリビアヤマネコの性格の変化=遺伝子の変化ー敵意のなさ、恐怖心のなさ、大胆さーが、ネコと人間のあいだに生まれる絆の源になったのだろうと考えられている。

飼いならされた動物の多くは、共通した特有の身体的特徴を持っていて、例えば斑点模様の被毛、小さい歯、幼く見える顔、垂れた耳、丸まった尻尾などがある。これらの特徴を「家畜化症候群」と呼ばれているが、進化生物学の難問の一つだともされている。ダーウィンもこの現象には気づいていて、垂れた耳は飼いならされたイヌ、ブタ、ウサギにはごく当たり前に見られるが、野生動物ではゾウを除いてまったくない。しかし、イエネコは必ずしもこのような外見を持っていないところが興味深い。家畜化症候群は神経堤細胞(多様な細胞・組織へと分化する細胞群)のわずかな欠損や機能低下で生じる可能性があると考えられている。神経堤細胞は、胎児の発達中に体のさまざまな部分に移動し、頭部形態、軟骨形成、毛色などたくさんの要因に影響し、この細胞のちょっとした欠損が、奇妙な色や垂れた耳、曲がった尻尾といった結果を導く。イエネコにおいて、家畜化症候群の特徴は一部だけに限定されてあらわれていることは、ネコの神経堤細胞がまだ欠落の途上にあり、飼いならしの過程がまだ進行中であることを意味しているということだ。

ネコは人間にとって実用的にはなんの役にも立たず、家畜化しても意味はなく、ネコは自ら進んで飼われるようになったが、目に見えるようなサービスはほとんど提供してこなかった。ある意味、ネコは人間に魔法をかけたらしい。ネコと人間の共通の祖先がいたのはもう9200万年も前のことだが、ネコは不思議なほど人間に似ている。とくにネコは人間の子どもに似ている。オーストリアの動物行動学者(本書では「民俗学者」と誤訳されている)コンラート・ローレンツはこれを「ベビー・リリーサー」と呼んだ。ベビー・リリーサーとは、私たちに人間の子どもを思い出させてホルモン分泌の連鎖反応、オキシトシンの幸福感を起こす、身体的特徴のことを言う。こうした特徴には、丸い顔、ぽっちゃりした頬、大きな額、丸い目、小さな鼻などがある。

さて、ネコの特徴はいいことばかりではない。悪いところは、地球の生物多様性の破壊者としての側面だ。つまり、ネコは生き物の絶滅に関与しているということだ。スペインの研究では、世界中の島で姿を消しつつあるすべての脊椎動物のうちきわめて控えめに見積もっても14%でネコが一因となっているとしている。また、オーストラリアの絶滅種、絶滅危惧種、近危急種(準絶滅危惧種)に該当する138の哺乳動物のうち、89種の運命にイエネコが関与しているとしている。それは、生息地の消失と地球温暖化よりも、はるかに切迫した問題だという。このため、一部の地域ではネコ駆除作戦が実行されている。ただし、ネコを殺してほしくないと思っている人たちは多い。ネコの命が大切か、絶滅危惧種の命が大切か、私たちには公正に判断するのが難しくなっている。

ネコを飼っていると私たちの心や身体によい影響を及ぼすのかどうかについても、どうもよい報告は少ないようだ。イヌの飼い主やペットを飼っていない人に比べて、ネコの飼い主は、心臓病患者の生存率、なんらかの医師の診療を受ける頻度、精神的なヘルスケアを求める割合、血圧、体重や全般的な健康上の障害など、様々な調査で悪い結果が出ている。イヌと比べてネコを飼うことによる、運動量の少なさ、触れ合う時間や心理的な交流の少なさなど、理由を見出そうとしている。(個人的な思いつきであるが、もともと心身になんらかの問題がある人はネコを飼う傾向があるということはないだろうか?ネコの社会性の低さは、人間の自閉スペクトル症候群(ASD)に似てはいないだろうか?)

ネコは孤立して生きる動物で、人間と暮らしても社会的協調を身につけなかった。人間はネコに自分たちのやり方を教えることはできない。逆にネコが主導権を握って私たちを手なずけるようになるのだという。私たちが自分に対するネコの愛着や愛情だと思っているものは、条件づけされたものであり、食べものをねだっているのだとしている。また、ネコは生まれつき同種の仲間を嫌い(私が飼っていたネコがとくにそうだった。久しぶりに実の母ネコに会っても嫌悪感を示していた)、直接のアイコンタクトを脅威とみなし、互いに見つめ合うことを嫌う。ただし、ネコは順応性の高い生き物でもあり、ネコ同士や他の動物と仲良くしている場面を見ることもあるが、例外的なのだという。そして、ネコにとって大切なことは、不変性と、予測可能性だという(このあたりもASDのようだ)。エサの時間がいつもと少しずれるだけでネコはイライラする。

ネコの品種改良が進められている。それは、イエネコと野生種とのハイブリッドによって、野生に見えながら飼いならされている美しい品種を創ることが目指されている。まだあまり日本には入ってきていないかもしれないが、そうして創られた品種が、ベンガル、トイガー、パンサレット、チートーである。チートーはアジアのヒョウとイエネコのハイブリッドで、雄の中には14キログラム近いものもある。

チートーってどんな猫?性格と特徴から考える飼い方のコツ!

(チートー、shutterstock.comより)

ネコはインターネットで大人気である。有名な人気ネコにリルバブがいる。いつも舌を出していて嬉しそうに見えるというのだ。(私はネットでリルバブの写真を見たら、病的な異様さがあって可哀そうになってしまった)実際のところ、リルバブは歯が1本もなく、下顎は未発達で、大腿骨は曲がっていて、膀胱もときどき機能障害を起こすのだという。人間は常にネコを擬人化したくなる。人間に似た特徴と表情の空虚さのせいで、ネコの心を「読み取りたい」という気持ちは抑えがたくなる。そして、ネコの写真に説明文をつけるという娯楽がオンライン上で広まっている。いまや世界に浸透している日本生まれのハローキティについても述べられている。ハローキティには口がないのが特徴だ。

本書を読んでみると、ネコは人間との間で心の奥底でつながっている神秘的で愛すべき存在だという、私たちネコ好きが思っていた気持ちは、もしかしたら勘違いだったのか?と思わせる内容であった。ネコ好きにとっては他にもちょっと残念な内容が多かったが、これは平均的なネコの話であって、あなたや私の大切なあのネコはもっと進化した特別なネコなのだと思うことにしようではないか。


哺乳類進化研究アップデート No.7ー哺乳類進化の研究法ー化石か分子か③

2021-04-17 12:48:43 | 哺乳類進化研究アップデート

哺乳類科学という雑誌の哺乳類進化研究の特集から、今回は3番目の分子系統学からの総説ー長谷川政美.哺乳類科学,60(2):269-278,2020「分子情報にもとづいた真獣類の系統と進化」ーを紹介します。著者の長谷川氏は、著名な分子系統進化学者で、最近は著書をいくつも出されています。本総説では、哺乳形類の中の哺乳類の中の真獣類に絞って論じています。

前回紹介した古生物学では、真獣類の中の真主齧類ローラシア獣類を分けて記載するようですが、分子系統学ではこれらをまとめて北方獣類として論じることも多いようです。近年のDNA塩基配列解析の第一の大きな成果として、真獣類はアフリカ獣類(下図左上の紫部分)、異節類(左下の黄色部分)、北方獣類(右の水色部分)という3大グループに分けられることの発見だとしています。第二の大きな成果は、分子進化の速度は一定ではなく変動することを考慮に入れることで、この3大グループの分岐は超大陸の分断だけによるのではなく、分断後も海を越えた漂着などによる生物相の交流は続き、その後に3大グループに分岐したと推定するようになったことです。第三の大きな成果は、現生生物のゲノム情報から祖先の生活史形質や形態形質を推定できることだとしています。系統樹には、矩形(長方形)と円形の表現法があるが、円形系統樹だと下図のように中心部で共通祖先から放射状に生物種が進化してきた様子を表現することで、まわりの広いスペースに多くの写真や絵を張り付けることができ、著者らが考案した「系統樹曼荼羅」が知られています。

(ちなみに、この長谷川氏を総監修者とした「系統樹マンダラポスター制作チーム」は日本進化学会の2020年度教育啓蒙賞を受賞しています。ポスターとして販売されていて、私も下図の真獣類ポスターを購入して部屋に貼っています。)

さて、従来の形態学による間違った分類を修正するのに、分子系統学は大きな貢献をしたとしています。クジラ(実はカバに近い)やコウモリ(従来は霊長類に近いと言われていた)など形態的に特殊化した動物の系統的な位置づけには、分子系統学が不可欠であったし、キンモグラとモグラ、ハリテンレックとハリネズミなどの間で見られる形態的な類似性は、分類群としては大きく異なるものの収斂進化によって似た形態になったことを明らかにしたということです。

3大グループと大陸の分断を見てみると、地球上の陸地はパンゲアという巨大大陸でまとまっていましたが、1億4500万年前の白亜紀が始まるころに北のローラシアと南のゴンドワナに分裂を始め、1億500万年前にはゴンドワナが分裂しアフリカ南アメリカに分かれました。そこからは、真獣類のなかで最初に北方獣類が他から分かれ、次にアフリカ獣類と異節類が分かれたことが予想されますが、分子系統学からはそのような結果にならないのだといいます。3大グループは同時に、9000万年前くらいに分かれたという推定が得られています。そのことから、大陸の分断後もしばらくの間はそれぞれの大陸の間の距離も近かったので、動物相の交流が可能だったのだろうと予想されています。

分子系統学では、その解析方法によって結果が違ってくることがあります。例えば、DNA配列データが長ければいいというものではなく、約2800個の遺伝子を一つながりの塩基配列として解析すると(連結モデル)、間違った結果が出てきてしまう。一方、それらの遺伝子の進化速度が異なることを考慮すると(独立モデル)、やや現実に近い結果が出るということです。さらにこうした問題を克服する方法として、解析に用いるサンプル数(種の数)を増やすことが有効だとしています。

最後に私の感想として、土地が分断されて生物間の交流がなくなることが種(や、もっと上位の分類群)の分岐を推し進めてきたことは確かなようで、それは現代の分子系統学も否定していないことであり、ダーウィンが160年前に「種の起源」に書いていたことが証明されつつあるのだなと感じました。ここまで、3編の日本語総説を読んできましたが、近年注目をあびている人類化石からのゲノム解析のような古生物学と分子系統学のコラボレーションはどのように行われているのかといったところの言及はなく、こうした新しい分野での研究は日本では遅れているのかなとも感じました。


4月の入江川せせらぎ緑道

2021-04-10 20:55:30 | バイオフィリア(身近な生き物たち)

4月の入江川せせらぎ緑道の様子です(2021年4月3日)。今年の桜は早く、まだ4月のあたまですが、けっこう花が散っています。

 

今日は、大口駅近くの入江川中流域から上っていきます。

 

中流域にはカメが集まっている場所があります。

 

入江川せせらぎ緑道に入りました。まだ少し桜の花が残っていて、雰囲気を味わえました。

 

川幅が広くなって池のようになっているところです。1月に来たときには、たくさんコイがいたのですが、今日は1匹しか見当たりません。コイの持ち主がいて持ち帰ってしまったのでしょうか。黒いコイしかいないときもあったりして、なぜか種類と数が変化しています。

 

かわりに小さい魚がたくさんいました。モツゴ(クチボソ)でしょうか。

こちらはメダカのようにも見えますが、近くで見ると違うようです。

 

違う場所ではアメリカザリガニが出ていて、釣っている親子連れがたくさんいました。

 

ここは都会の中の身近な自然で、景観もいいのです。


哺乳類進化研究アップデート No.6ー哺乳類進化の研究法ー化石か分子か②

2021-04-03 20:33:49 | 哺乳類進化研究アップデート

哺乳類科学という雑誌の哺乳類進化研究の特集から、2番目の化石研究についての総説ー西岡佑一郎,楠橋直,高井正成.哺乳類科学,60(2):251-267,2020「哺乳類の化石記録と白亜紀/ 古第三紀境界前後における初期進化」ーを読んでみました。

生物の分岐分類学や古生物学における重要な用語が二つあります。一つがクラウン・クレードで、ある分類群を構成する子孫とそれらの祖先のうち派生形質を共有する種を含めた単系統群(クレード)を意味します。私はこれを、原生する多くの種を派生したおおもととなった群と解釈しました(下図でいうと、真獣類、後獣類、アウストラロスフェニダ類)。もう一つがステム・グループで、クラウン・クレード以外の祖先、つまり同分類群に含まれる、あるいは近縁であると考えられるが、明確な共有派生形質をもたない種を意味します。私はこれを、原生する多くの種を派生せずにどん詰まりで絶滅してしまった群と解釈しました(下図でいうと、真獣類、後獣類、アウストらロスフェニダ類以外の群)。

我々人類を含む有胎盤類のクラウン・クレード、すなわち現生哺乳類の系統(現生目)が,白亜紀(中生代)と古第三紀(新生代)との境界(=K/Pg 境界約6600 万年前)にある絶滅イベントの前に放散したのか、後に放散したのかという問題は哺乳類学における一大研究トピックであり、今なお論争の真っ只中であるとのことです。恐竜全盛期には哺乳類はこそこそ隠れながら生活していたのが、恐竜が絶滅したことで生活の場が広がり、様々な土地、生活様式に適応して種が多様化したと考えるのが理にかなっていそうです。

近年は、現生種の遺伝子情報と化石を含む形態情報を統合して解析し、複数の化石記録を参照して各系統の分岐年代を推定する「ビックデータ分析」が主流で、O’Leary et al.(2013)によるScience誌(本総説の引用文献では間違ってNature誌と書かれている)に掲載された研究が有名だということで、本総説では彼女らの論文がひんぱんに引用されていることからも、この分野における一つの到達点であり、今後に向けた参照点としての重要性がうかがわれます。彼女らは各目レベルのクラウン・クレードの最古となる化石記録に基づき推定分岐年代を算出した結果、有胎盤類の起源と放散はK/Pg 境界後に起きたと結論づけているそうです。さらに、最近の研究では、有胎盤類のクラウン・クレード(異節類やローラシア獣類など)の起源は白亜紀(中生代)で、目レベルでの放散は暁新世(新生代)に起きた可能性が示されていて、現状ではそれが化石記録と分子系統の折り合いをつける最適な解釈だろうとしています(下図では、真獣類(=有胎盤類)のラインが白亜紀にやや太くなって、新生代でさらに太くなっていることで示されています)。

分岐年代の推定には、分類が明らかでかつ産出年代の定まっている化石種が用いられます。しかし、古生物学的な証拠は断片的で、化石の分類や年代値が再評価されることも頻繁にあるため、「最古の化石記録」がどのような裏付けに基づいており、どの程度信頼できるデータなのかという点を明確にしておくことが現代の哺乳類学研究者にとって重要な情報だとしています。つまり、古生物学的な証拠は信頼性が重要ではあるものの、時代を経ることで再評価される可能性もあるので、その時点における暫定的な結果として捉えておいたほうがいいのかなとも感じました。

 

ここから先は、各論に入って非常に細かな記述が続くので、私なりにポイントをピックアップしていきます。

・クラウン・クレードとしての哺乳類とそれに近縁なグループを含めて哺乳形類と称します。現時点での最古の化石記録から、哺乳形類は2億3000万年前までにキノドン類から分岐し、そこから哺乳類が現れたと考えられていますが、中生代の三畳紀からジュラ紀にかけてのどの年代だったかは不明だそうです。ハラミヤ類は哺乳類の多丘歯類の姉妹群で、三畳紀から出ているので、この時代には哺乳類が出現していたという説と、ハラミヤ類は哺乳形類のステム・グループであるという説(上図の位置)があります。このことから、哺乳類の出現した年代がいつなのかは、ハラミヤ類がどこに分類されるかにかかっているところがあります。先日の「哺乳類進化研究アップデート No.4ー哺乳類への中耳の進化」で紹介した論文では、中耳の形態からハラミヤ類は哺乳類に含まれると主張していました。

・中生代の哺乳形類は主に臼歯の形態に基づき、上図のように分類されています。

単孔類アウストラロスフェニダ類に含まれます。現在の単孔類はオーストラリアにのみ生息していますが、アウストラロスフェニダ類の中生代の化石はアフリカ、南米、オーストラリアで知られています。

後獣類有袋類)と真獣類有胎盤類)の分岐がいつ起こったかは、哺乳類進化研究の重要なテーマの一つです。近年、その分岐はジュラ紀だという説が出ていますが、まだ証拠不十分で確定していないとのことです。有胎盤類の起源・多様化の時期に関しては3つの仮説、短期結合モデル、長期結合モデル、爆発的放散モデルがあります。分子系統学は、短期結合モデルか長期結合モデルを支持していて、有胎盤類は白亜紀(約1億年前)に出現し、目レベルでの多様化は短期間(短期結合モデル)、または1億年前から6600万年前までの長期間(長期結合モデル)で起きたと考えています。一方、古生物学は、有胎盤類の化石が中生代から発見されていないというO’Leary et al.(2013)などの主張から、爆発的放散モデルを支持していて、K/Pg 境界(6600万年前)の直後に原生目が出現したと考えています。しかしながら、ゲノムの変化の後に形態的特徴が定着するため、分岐年代は分子生物学による推定値よりも化石記録に基づく年代値の方が当然若くなるということも考えられています。

・我々が入っている有胎盤類の真主齧類の中の霊長目について、分子系統学においては白亜紀の約8500 万年前あたりに分岐したとされています。また、霊長目が出現した場所としては、古生物学者は北半球のテチス海周辺(現在のカリブ海~地中海~東南アジアに及ぶ地域)、分子生物学者は見は南半球の大陸(アフリカか南米)と考えています。

 

以上をまとめると、化石による物的証拠と分子系統樹という計算による予測の間では、それぞれの分類群の分岐の年代において様々な食い違いがあることが分かりました。また気づいた点として、①本総説において真主齧類とローラシア獣類をまとめて北方獣類とする記載は出てこないことから、北方獣類という分類群は分子系統学に特有なもののようであること、②本総説には約100報の論文が引用されていますが、日本人によって報告された論文は1報もなく、この分野の研究ー古生物学的手法による哺乳類進化の研究ーは日本においては低調な状況であることを感じました。