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生活保護バッシングは弱いものいじめ

2023年10月22日 | 日常
最近京都で生活保護受給者による生存権を求めるデモが行われた。
そのメッセージのなかで「たまには旅行にもいきたい、オシャレもしたい、ウナギも食べたい」ということだけが切り取られて強調されてしまったため、いろいろ物議を醸し出している。
とくに「朝から晩まで働いても、旅行にも行けない、ウナギも食べられない人なんていっぱいいるのに、働いてない人がそんなこと言うのは間違っている」という主張が多い。
今日はこれについて僕の意見を書いてみようと思う。

まず、物価高が家計を圧迫するなか、それに応じて生活保護費も上げてほしい、というのと、真面目に働いているのに少しの贅沢も出来ないことは、全く別のことである。
生活保護受給者が自分の権利として、たまには少しくらいの贅沢もさせてくれ、と主張するのは何も間違っていない。
なので、労働者も、こんなに頑張って仕事しているのに給料安すぎるのは間違っている、たまには旅行も行きたいし、ウナギも食べたいぞ、とデモをすればいいのである。
労働者が怒りの目を向けるのは生活保護受給者ではなく、企業や国や社会そのものでなければならないのだ。

僕はこういう、強いものには何も言えないくせに、弱い立場の人ばかりバッシングするのは弱いものいじめ以外の何者でもないと思う。
そんなんだから、日本の経済は成長せず、賃金も上がらないのである。
週5日か6日、朝から晩まで働いても全く余裕がないワーキングプア状態を受け入れて、それが当たり前だと思っていてはいけないのだ。
労働者がそれを認めるというのは、出来るだけ安い労働力が欲しい企業側の奴隷になることを意味する。

何年か前、「アラフォーの会社員です。
主は手取り14万円です…
都内のメーカー勤続12年で役職も付いていますが、
この給料です…
何も贅沢出来ない生活
日本終わってますよね?」
という投稿が話題になっていた。
日本が終わってるというより、こんな発展途上国みたいな賃金で働らかせている企業と、それを許している社会が悪いのである。
それなのに、堀江貴文を筆頭に「努力をしていないおまえが終わってる」とかいい出す輩が溢れて出てきて、これこそ日本が終わってる象徴みたいな状態になったのだった。
本来、メーカー勤務の役職付きが12年も働いたら、手取りは25万〜40万くらいになるものなのだ。
この訴えた人はまったく終わってないし、間違ってもいない。
そして当たり前だけど、この件について生活保護受給者は関係ない。

もう一度いう。
生活保護受給者が自分の権利として、たまの小さな贅沢を希望することと、労働者の賃金が安すぎることは、まったく別の問題である。

いよいよ老眼

2023年10月22日 | 日常
最近は以前にもまして老眼が酷くなってきた。
とくに昨年の入院時から悪くなった気がする。
相変わらず普通の視力は1.5くらいあるので、クルマの運転とか普段の生活には全く影響はないのだが、本を読むときとか、ギターの弦を張り替えるときとか、その他細かい作業をするときは老眼鏡が必須となるのだった。
そういうとき、老眼鏡を目より少し下にずらしてかけると、細かい手元を見るときは老眼鏡を通して見て、遠くを見るときは裸眼で見えるので便利である。
そう、昭和のオロナミンCのポスターの大村崑みたいに。
このポスターを撮ったときの大村崑って、まだ老眼が必要な年齢ではないはずなので、彼はギャグとしてやってただけなのだろうか。

老眼は文字を読むのも困るけど、書くのも困る。
最近は字を書くということ自体が少なくなったけど、それでも時々ペンで書かねばならないことはある。
例えばライブハウスで、セットリスト表なんかを書かなければいけないときとか、薄暗いと本当に見えなくて困る。
それと、実はもう一つ切実な問題があって、それは漢字が書けなくなってきたことだ。
下手すると小学生レベルの漢字すら厳しいときがある。
簡単な漢字がわからなくて、いちいちスマホで調べたりするのはかっこ悪いんだけど、仕方がない。
ということで、最近はユキちゃんに書いてもらったりしている。
僕が焦っているのを察知して、そっと「私にまかせて」と買いてくれる。
優しいなあ、感謝してます。