Music Mania

No Music No Life

宝くじと所得

2013年07月13日 | 日常
「もし宝くじが当たったらマイホームを買って、海外旅行にいって、フェラーリ買って、美味しいものいっぱい食べたいなぁ」
なんて考えたことはないだろうか?
僕なら、まずは家のローンを完済して、ついでにリフォームもしたい。
しかし、僕の場合、万が一にも当たることはないだろう。
なぜなら、宝くじを買ったことがなく、おそらく今後も買うことはないからだ。

一説によると、低所得者であるほど宝くじをたくさん買う傾向があるという。
口の悪い人は「宝くじは貧乏人が自主的に払う税金」とか、もっと口が悪くなると「宝くじは頭の悪さに対する税金」とまでいう人がいる。
これは宝くじは、総売上の50パーセント以上がテラ銭(簡単にいえば税金)として取られるからだという。

少しまえに、低所得者であるほど、喫煙率が高く、肥満の人の割合が高く、野菜摂取量が低く、日ごろスポーツなどをしていない人が多い、というリサーチ結果を見たことがある。
ここに「低所得者であるほどギャンブル好きの人が多い」を付け加えてもいいだろう。
つまり、低所得者であるほど健康意識が低く、文化レベルが低い人が多い、ということだ。
病気などにかかると「やはり健康が一番」などと身にしみて思うことがあるが、高所得者の人は日ごろからそれを意識しているのに対し、低所得者の人は病気が治れば健康面よりも目の前にある欲が優先されるのかもしれない。

こう書くと、まるで高所得者は賢い人、低所得者はバカと言ってるようで、非常に腹立たしい。

ここは一つ、低所得者であっても文化度は高いんだ、とか、民度は高いんだ、と書きたいものだ。
「中卒だけど最近、勉強が面白くてたまらないんだ」という人はいないのか?
「ファミレスでバイトだけど、毎週、美術館まわりをするのが趣味なんです」という人はいないのか?
「おれ、派遣だけど、土日はクラシックの楽団でチェロを弾いてるんだ」という人はいないのか?

金持ちどもに好き勝手言わせてはいけない。
立ち上がれ、我らの庶民!
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魚釣り

2013年07月07日 | 日常
僕には魚釣りの趣味はない。
別にそれは不思議なことではなさそうに思えるが、僕の場合はちょっと違う。

僕の住む三重県は、県の外周の半分が海ということもあり、釣り趣味の人はかなり多い。
ゴルフ場の数もかなりあるが、ゴルフ趣味の人より釣り趣味の人のほうが多いと思う。

僕の父は釣り趣味というより、釣りマニアで、昔風にいえば釣りキチだった。
雨ではない休日はほとんど釣りに出かけていた。
海釣りのみならず、川、池、釣堀にも出かけ、同好会のような倶楽部を主宰し、自ら会長をやっていた。

というわけで、僕も子供の頃は釣りをしていた。
やはり学校の友人たちも釣り好きの人が多く、休みの日は釣り竿をもって出かけることも多かったと思う。
マンガ「釣りキチ三平」も読んでいたし、自分自身、大人になっても釣りを趣味にしているだろうと思っていた。

結局、僕の場合、釣りよりも音楽のほうにのめり込むことになる。
幼少期から釣りの知識を教えられ、高価な釣り道具を自由に使える身であったが、バイトして貯めたお金で買ったギターには叶わなかった。
もし、父親がギター趣味で、子供の頃からギターに触れ、いつでも高価なギターが使えたのなら、僕はギターを弾いていないかもしれない。

大人になってからも、何度か釣りに行くことがあったが、ここ20年くらい行っていない。
今年の正月、実家で父に今も釣りをしているか尋ねたところ、もう全然行ってないという。
なんとなく、釣りを再開しようかな、という思いが僕の心の奥底で芽生えた気がしたのだった。
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ブラック・サバス「13」

2013年07月06日 | 音楽


ブラック・サバスのニューアルバム「13」が発売された。
僕は発売日に新作が聴きたかったので、早めに予約をしてあったのだが、通販の発送が遅れに遅れて、1週間前に届いたばかりだ。
それはいいとして、今週は「13」がヘヴィ・ローテーションだった。

オジー・オズボーンがブラック・サバスのメンバーとしてアルバムを発表するのは1978年の「ネバー・セイ・ダイ」以来35年ぶり、ブラック・サバスのスタジオ・アルバムとしては1995年の「フォービドゥン」以来18年ぶり、事実上のブラック・サバスであるヘヴン・アンド・ヘルのスタジオ作「ザ・デヴィル・ユー・ノウ」から4年ぶりとなる。
かなり期待が大きかったようで、英米ともに初登場1位という快挙を記録した。

内容は、どこから聴いてもオジー時代のブラック・サバス以外の何者でもない、紛れもないサバス・サウンドだ。
ヘヴィでスロー、そしてダイナミック。
彼らの1枚目「黒い安息日」から3枚目「マスター・オブ・リアリティ」あたりの音といっていい。
前作にあたるヘヴン・アンド・ヘル「ザ・デヴィル・ユー・ノウ」がモダン・ヘヴィネスを狙った現代的なものだったのに対し、こちらはかなりの過去回帰だといえる。
伝説のバンドとして、「あのオジー・サバス」の新譜は、あくまでも伝説の延長線でなければならなかったのだろう。

僕がこれを聴いてとくに感心したのはオジーの歌メロだ。
前作では、アイオミのリフは相変わらずヘヴィで邪悪なサバス節なのに、ロニー・J・ディオの歌メロがピンとこなかったが、今作はオジーのメロディ・センスが光っていると思う。
なんといってもアイオミの奏でるギターとの相性がいい。
オジーバンドのどの歴代ギタリストよりも、アイオミとの組み合わせにはかなわない気がする。

今回のアルバムでは、いたるところに過去作品からの引用がある。
1曲目の「エンド・オブ・ザ・ビギニング」は「ブラック・サバス(曲)」、3曲目「ロナー」は「N.I.B.」、4曲目「ツァイトガイスト」は「プラネットキャラバン」だ。
そして本編ラストの「ディア・ファーザー」のラストには「ブラック・サバス(曲)」のイントロの雨と雷のSEが流れる。
これはネタ切れになったからこうしているのではなく、ファンに「あのブラック・サバスが帰って来た」と思わせるための手法だろう。

70年代後半、アルコールとドラッグでボロボロになったオジーはバンドを抜け、その後はメンバーチェンジの激しい時期もあったが、アイオミはサバスの看板を背負い続けてきた。
1997年オジーを含むオリジナルメンバーでのリユニオンがあり、それからは自ら「サバス・ブランド」の地位を高めるための活動を行っていたように思える。
そんな状況の中、多くの期待を背負って発表されたこのアルバムは、大成功だといっていい。
オジーは次作もあるような発言をしているが、僕はこれがラストでいいんじゃないかと思う。
有終の美で終わったほうがいいと思うのだった。


Black Sabbath - Dear Father
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